第5話
しばらく進むと、ちょっと広い空間に出た。壁際にヒカリゴケが生えてて、ほんのり明るい。
油断なく周りを見回し、猿もオオトカゲもいないのを確認する。メインの通路よりは暗いけど、狭いから多分、ヤツらの気配も分かりやすい。
一応、念の為に毒餌を入り口に置いて、それから足元にさっき倒したオオトカゲを置く。
改めて空間内を見回すと、ヒカリゴケのわずかな光を反射して、ところどころにキラキラ光るモノがあった。
近付くと、探してた白氷花みたいで、ホッとする。
「あった」
あると思ってよく見ると、その周りにも幾つか生えてて、さっそく全部採取する。
全部っていっても根こそぎ掘り出す訳じゃないから、きっとまたここに生えてくるハズ。
根ごと持ってって村で栽培できないのかって思うけど、薬草にはそれぞれ栽培条件みたいなのがあって、そう簡単にはいかないらしい。
白氷花は、きっとこういう薄暗くて寒々しいとこに生えるんだろう。
1本1本丁寧につみ、採取袋に入れる。
1ヶ所採り終えたら、もう1ヶ所。キラキラの小さな光を目当てに、しゃがんでは採取してると――どこかからキキッと小さな鳴き声が聞こえて、ハッとした。
いつの間にか、採取に熱中し過ぎてたみたい。
猿? オオトカゲ? 慌てて周りに目を向けて、五感を研ぎ澄ませ、気配を探る。
壁、天井、前、左右、ついでにさっき置いた毒餌を確認すると、長い尻尾がちらっと見えた。
猿!? 素早く剣を抜いて追い駆けたけど、ただでさえ素早い猿が、いつまでもウロウロしてるハズもない。毒餌を確認すると、食べた様子は全くなくて、やっぱりダメかってガッカリした。
食堂のオバサンが言ったように、毒餌には引っかからないみたい。
でも、目的の白氷花はいっぱい採れたし、猿を狩りたかった訳じゃないから、どうでもいい。
効果のなかった毒餌を回収し、それからさっきのオオトカゲも――と思ったところで、それがどこにもないのに気が付いた。
「ええっ、ないっ!?」
まさか生きてた? 一瞬そう思ったけど、トドメは刺したハズだったし、毒餌に血もしみこませたんだから、それはない。じゃあ、って考えると原因は猿しか考えられなくて、頭を抱えた。
「うわ……肉……」
やっぱり猿にはパンより肉の方が人気なのかな?
そう思って、ふと背中の背負い袋に手をやると、閉めたハズのフタが開いてる!
慌てて背中から下ろして見ると、食堂のオバサンに作って貰ったサンドイッチがなくなってて、絶望しかなかった。
子供たちに昨日貰った干し芋や干し果物は、ポケットにいれてたから無事だけど、それで「よかった」って気分にはならない。
ガッカリしながら干し芋を1つ口に入れ、とぼとぼとその空間を後にする。
脇道の入り口に置いて来た毒餌も、当然だけど食べた様子はなくて、なんだか余計に落ち込んだ。
先に来てた人たちは、もう採取し終わったのか、気配はなかった。
もっと奥の方からキィキィと猿らしき鳴き声が聞こえて、今頃オレのトカゲを囲んでるのかって思うと、ムカッとする。
猿にせっかくの獲物を取られるとか、最悪だ。けど、これはひとりで狩りをしてるのも原因だから、仕方ない。
ホントは、ひとりで続けるのなんて無茶なんだって、分かってる。オオトカゲの1匹2匹なら倒せても、毒持ちのに囲まれると、きっと逃げるので精一杯になるだろう。
けど、やっぱりオレの相棒は「彼」しかいなくて――。
その「彼」はもう、いなくて。こんな時に慰め合う相手もいないから、ひとりでとぼとぼ村に戻るしかなかった。
廃坑を出るまでの間、干し芋を狙ってか、また猿の群れに襲われた。
けど、もう何も盗られる訳にはいかないから、必死で剣を振り回し、3匹倒して追い払った。
猿から肉は取れないけど、冬装備のために毛皮はいるし。オオトカゲとお弁当の代わりにはとても足りないけど、ゼロじゃないから良しとする。
お金には困ってなくても、お弁当は許せない。
採取に夢中になっちゃったオレも、無防備でバカだったと思うけど、オオトカゲだけじゃなくてお弁当まで盗むなんて、あんまりだ。
毛皮がまた、黒々としてツヤツヤなのがムカつく。
「彼」の髪も黒くてツヤツヤだった、とか、つい思い出しちゃうのもイヤだった。毛皮は色を落としたり、染めたりすることもできるっていうけど、ぜひそうしたい。
この山村に転がり込んでから、数ヶ月。
この山は、あの廃坑は、冬にはどれだけ寒くなるんだろう? やっぱ、平原の冬よりも寒いんだろうか?
街は暖かかったけど……と考えて、ぶんぶんと首を振る。
街にオレの居場所はない。仮に居場所があったって、オレ以外の誰かと幸せに過ごしてる「彼」の姿を見たくない。
ひとりで生きてくって決めたんだから、お腹がペコペコで落ち込んでたとしても、弱音を吐く訳にはいかなかった。
猿3匹を抱えて村に戻ると、昨日と同じく子供たちの群れに出くわした。
「エル、お帰りー」
「今日は猿かぁ」
「1匹よこせよ、運んでやる」
生意気な口調に苦笑しつつ、子供たちに1匹渡す。
「肉はないよ?」
念の為に言ったけど、別におすそ分けを期待しての手伝いって訳じゃないみたい。
「お前がトロくさいから手伝ってやるんだよ」
そんなことを言われて、「そうかぁ」って笑えた。子供たちからみてもトロくさく見えるって、ちょっと情けない。
数人がかりで猿を運んでくみんなの後を歩きながら、解体場へとゆっくり向かう。猿の毛皮を剥ぐ作業は、トカゲの肉を切り分けるより難しい作業だ。
「そういえば、エル。お客が来てたよー?」
「お客? オレに?」
解体場へと向かう道で、そんなことを言われて首をかしげる。
狩猟者仲間かな? それとも、行商人とか? あれこれ考えたけど心当たりはなくて、「へえ」って返事するしかなかった。
「この猿みたいに、真っ黒な髪の人」
誰かにそう言われ、一瞬ドキッとしたけど、黒髪の人なんて別に珍しくないし。「彼」がここに来るなんて有り得ないから、きっと違う人なんだろうと思った。
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