第4話
足りないって噂になるってことは、採取すれば高く売れるってことだ。
別にお金に困ってはないけど、足りないものがあるっていうなら、困ってる人もいるかも知れない。白氷花は、確か熱さましとかの薬に使われる薬草だから、足りない時に風邪とか流行っても困るだろう。
オオトカゲのせいで、ちょっとしか薬草採れなかったし、次は採取をメインにしてもいいかも。
薬屋のおばあさんのとこに顔を出し、欲しい薬草が他にないかを確認する。
ついでに、猿用の毒餌に使う痺れ毒も買って、それから食堂に朝食を食べに行った。
食堂の朝食は、昨日の残りの肉片の入った麦粥と、新鮮野菜のサラダに絞り立てのミルク。狩りに出かける用のお弁当として、野菜とチーズを挟んだサンドイッチも作ってくれる。
「あの、古くなったパンとか、ないですか?」
毒餌を仕込むパンを頼むと、オバサンもよく分かってるらしい。「猿だね」って笑いながら、カチカチのパンを2個くれた。
「最近、猿も賢くなってきて、普通に仕込んだんじゃ食べないみたいだよ」
「うわ、マジですか」
オバサンの言葉に驚きつつ、どうしようって考える。やっぱ、肉の方がいい? それとも、パンに肉汁付けてみようか?
「気を付けて行っといで」
オバサンに見送られ、「行って来ます」って頭を下げる。
カチカチのパンだって、ホントは猿なんかにやりたくないし、勿体ないなぁっていつも思う。オレの腕がもっと上なら、毒なんかに頼らなくても苦戦しないのに。
それか、誰かとペアを組めば――。
そんな思いが一瞬よぎり、慌ててぶんっと首を振る。もう「彼」はいないし、他の誰かを新しい相棒にするつもりは、当分ない。
ひとりで生きてくって決めたんだから、そこに甘えは必要なかった。
廃坑へと向かう道を歩いてると、近場の森に採取に行くらしい、カゴを背負った子供たちの群れに出くわした。
「あっ、エルだ!」
「狩りに行くの?」
「肉? また肉取る?」
わあっと囲まれ、足元にまとわりつかれて、うおっ、と焦る。重いモノを担いでないから、さすがにバランス崩したりはしないけど、ちょっと危ない。
「今日は薬草」
正直に答えると、「なーんだ」って離れてく、ゲンキンな様子がちょっと可愛い。
「ケガすんなよ、お前トロくせぇんだから」
そんな生意気なことを言うのは、昨日焼き菓子をくれた少年だ。
「うん、ありがと」
笑って礼を言うと、ふてくされたようにぷいっとされたけど、嫌われてないのは分かるから、話してて楽しい。
子供たちとわいわい歩いてると、失恋の痛みなんかすぐに忘れるだろうって気分になる。
「みんなも気をつけて」
森の入り口で子供たちに手を振り、「お前もな」なんて言い返されながら、更に山の上へと進む。
長年踏み固められた道は、細くうねうねと続いてる。じきに木々よりも岩の方が多くなり、廃坑の入り口が斜め上に見えて来た。
白氷花目当てかな? 今日は他の狩猟者もいるみたいで、入り口付近に人影がある。
採取の邪魔はしないのがマナーだけど、猿やオオトカゲの襲撃には、一応手助けするのもマナーだ。
街に住む平原の狩猟者たちみたいに、「オレらの獲物を横取りするな」って言うような、尖った人はいない。村では物々交換が基本だからかも。
他の狩猟者に手を振られ、オレもぎこちなく振り返す。白氷花がなくても、他の薬草を探せばいいし。先に採られてたって、別に困ることもない。
この辺の気楽さもこの村独特で、オレは結構好きだった。
先に入ってった人が仕掛けたのか、入り口から中にかけて、ところどころに毒餌らしきものがあった。
今の処、毒餌が食べられてる感じはない。
「あ、薬草……ここにも」
白氷花とは違う、緑色の薬草を見つけてしゃがみ込み、採取袋に放り込む。先に入った人は採らなかったのか、壁際のところどころに結構あった。
たまにはこうして、のんびり採取もいいなぁと思う。
そういえば、「彼」と組むまではオレ、採取ばっかしてたっけ。
『なあ、エルだっけ。一緒に組まないか?』
人見知りで戸惑ってばっかのオレに、声をかけてくれた過去のことを思い出し、きゅうっと胸が切なくなる。
『お前、凄いな。才能あるよ』
そう言っていつも誉めてくれて、オレ、とても嬉しかった。彼と一緒に狩りに出るのが楽しかった。ずっと一緒にいたいと思った。独り占めしたかった。
それが恋だと気付いた時、同時に「彼」の正体も知った。
ただのシドだと思ってた彼の、本名は、シオドリック=アレイ。アレイの街を治める領主様のご長男で……オレとは住む世界の違う人だった。
途中、オオトカゲが1匹だけ襲って来たけど、幸いにもそれ以外には遭遇しないまま、奥の分かれ道の近くに来た。
向こう側にまで突き抜けてて、常に風が吹き込んでくるような廃坑だけど、さすがにこの中心付近はかなり暗い。分かれ道はいくつかあるけど、ところどころに置かれてた毒餌のお陰で、先客のいる道は分かる。
ここの毒餌も食べられてないっぽいから、今日は猿はあまり来てないのかも。
担いで来たオオトカゲを肩から下ろし、分かれ道の入り口にオレの作った毒餌を置く。
勿体ないけど、オオトカゲの血をパンに浸みこませたから、ちょっとは食い付きもいいかも知れない。
「よい、しょっ」
声を上げつつオオトカゲを再び背負い、狭い分かれ道をそろそろと進む。
あちこちに開けられた空気穴から漏れる光で、進むのには困らない。ただ、オオトカゲは壁を這うし、猿の群れは狡猾だ。何の気配もないからって、油断はできない。
こんな時、誰かが一緒なら背後を気にしなくてもいいんだけど。でも、そんなことは考えても仕方ないから、考えない。
右手に剣を構えたまま、左肩にオオトカゲを担ぎ、オレは薄暗い道をゆっくりと進んだ。
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