第3話

 オバサンに勧められるままテーブル席に座ってると、コトンと目の前に置かれたゴブレットに、なみなみとワインが注がれた。

「無事に帰って来たお祝いだよ」

 にこっと笑いながら背中を叩かれ、「いただきます」ってちょこっとうなずく。

 上等なワインじゃないけど、十分美味しい。

 肉を提供する代わりだから、奢りかどうかはビミョーだけど、狩りの後の1杯はすごく美味い。

 まだ外は明るいから、食堂の中はそんなに混雑してないけど、陽が傾くと暗くなるのはあっという間だし、そろそろ夕飯時だろう。


 ちらほらと客のいる食堂の中を眺めつつ、ゴブレットに口をつける。

 ワインが空きっ腹に落ちると、カアッと胃が熱くなって、何だか切ない感じになったけど、その感覚にももう慣れた。

 ひとりで食事するのにも、もう慣れた。


「はいよー、お待ちー」

 オバサンの陽気な声と共に、目の前にトロトロのシチューが置かれる。

 野菜も肉もゴロゴロ入ってて、定番だけど贅沢な一品。今渡したばっかだから、この肉はオレが狩ったオオトカゲじゃないんだろう。

 鹿かな? そう思いながら木サジで熱々のシチューを食べると、旨味が口の中に広がって、美味しいなぁってほっこりした。

 カリッと焼かれた武骨なパンも、半分に割ると中がふんわりしてて美味しい。街で売る程オシャレじゃないけど、カリふわの食感は、街で売ってるパンにはない美味しさだ。

「うまい」

 思ったままを口にしながら、バクバクとシチューを食べ、パンを食べる。


「この鹿は、あそこの旦那の獲物だよ」

 オバサンに教えられて目をやると、ヒゲを生やした顔なじみの猟師のオジサンが、オレに向かって手を挙げた。

「ご馳走さまです」

 声を掛けてゴブレットを掲げ、おすそ分けを感謝する。


 こういう、狩猟者同士の触れ合いとか、街にはなかった付き合いだ。この村独特なのかも知れないし、田舎では大概こんな感じなのかも知れない。

 街からこの村に着くまで、大小の町や村を通過して来たけど、そこでは獲物を買い取って貰うだけしかしなかったから、雰囲気までは分かんなかった。


 感謝するだけじゃなくて、オレも同じように、みんなに感謝されることもある。

 名前もよく知らない人から、「ご馳走さん」って言われると嬉しい。

 みんながみんな肉を提供してる訳じゃないし、タダで食べてる訳でもないけど、それでも感謝したりされたりするのって、いいと思う。

「エル君、お代わりは?」

「貰います」

 オバサンに声を掛けられ、空になったシチュー皿を渡す。2杯目のシチューも熱々トロトロで、野菜も鹿肉も美味しかった。



 満腹になって食堂を出ると、外はもう随分暗くなっていた。

 山の向こうに夕日が落ちて、稜線をオレンジ色に染めててキレイだ。オレンジから朱色、朱色から茜色……鮮やかな色の空に、もっと鮮やかな雲が浮かぶ。

 平原よりはるかに高い場所にいるのに、空が遠いように感じるのは、地平線が見えないからかな?

 それとも、自由だから寂しく感じるんだろうか?


「あっ、エル!」

 甲高い子供の声に名前を呼ばれ、目元をこすりながら振り返る。声の主は顔馴染みの少年で、こっちにタタタッと駆け寄って来た。

「これ、肉のお礼。かーちゃんから」

 ぐいっと突き出された包みを受け取ると、ふわんと甘いニオイがして、焼き菓子だって分かる。その匂いに頬を緩めると、ペシンと腰を叩かれた。

「それ食って元気出せよ」

「オレは元気だよ」


 にへっと笑みを向けたけど、「ホントかぁ?」って顔を覗き込まれた。

 ズバッと言い当てられた気分になって、ドキッとする。子供って案外鋭い? それとも、オレが笑えてない?

「しょうがねーなぁ、オレがずっと側にいてやるよ」

 生意気なセリフに「ありがと」って答えつつ、一緒に歩くべく手を差し出すと、少年は「ホントだぞ?」ってこっちを見上げ、オレの手をぎゅっと強く掴んだ。

 小さくて柔らかい子供の手は、「彼」の分厚い大きな手と違って熱い。

 そんな感傷から目を背け、夕暮れの村を並んで歩く。その内他の子供たちも何人か来て、同じく肉のお礼だって、干した果物や芋をくれた。


 こういう乾物は、狩りの最中に食べるのに便利だから、有難い。たまに猿に奪われてムキーッてなるけど、それだけ美味しいんだろうとも思う。

 手を振って去ってく子供たちに手を振り返し、雑魚寝の大部屋に戻ると、そこではまた何人かで酒盛りをやってて、わいわいと賑やかだった。


 オレは人見知りだし、いくら顔馴染みでも、なかなか輪の中に自分からは入っていけないけど、こういう賑やかな雰囲気は好きだ。

 隅でぼうっとみんなの話を聞くだけでも楽しい。たまに手招きされて、話に呼んで貰えることもある。

 狩猟者同士で、情報交換するのも結構大事だ。

 街にいる時は、相棒に任せっきりだったけど、今はオレひとりだし、誰にも頼れない。


「今日はどこ行って来た?」

「あ、廃坑です」

 問われるままに答えると、「白氷花あったか?」って訊かれた。

「今、足りねぇらしーぞ」

「オレ最近、奥まで行ってなくて」


 オレの答えに、ふむふむとうなずく狩人たち。

 白氷花は廃坑のもっと奥、途中で横道に逸れた場所でよく生える。ただ、そこに行き着くまでに、猿とかトカゲに出くわすことも多いから、ついでに採ろうとはなりにくかった。

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