第2話

 オオトカゲ2匹を担ぎ、ふらふらしながら村に戻ると、村の子供たちがわぁっとオレを取り囲んだ。

「トカゲだ、スゲー!」

「2匹も狩ったの?」

「2匹くらい余裕だよな」

「オレだって余裕だぜ」

 口々に言いながらオレを囲み、足元に群がるみんな。

 剣を構える真似したり、ぴょんぴょん跳ねたり元気だけど、くるくる回るのはやめて欲しい。


「ちょっ、どいて……おおおっ」

 両手は使えないし、足元はフラフラだし、情けないオレが悪いんだけど、前に回り込まれると困る。

「うおっ、ふわっ」

 バランスを崩し、ずるっと肩から滑り落ちそうになるオオトカゲ。それを慌てて支えると、今度は体のバランスが崩れて、うわーっ、となった。


「ちょっ、ちょっ、と、どいてえっ!」

 大声を上げ、子供たちに危険を告げる。けど、みんながどいてくれるより、オレがズデンと尻もちつく方が先だった。

 わあっ、と上がる子供たちの悲鳴。幸い、オレやトカゲの下敷きになる子はいなかったけど、オオトカゲは2匹とも地面に転がった。

「あーあ」

「エル、しっかりしろよ」

「大丈夫? まったくドジなんだから」


 子供たちから次々かけられる言葉に、うへっと笑う。

 ビミョーに辛辣だけど、みんな悪気がないのは分かってるから、構って貰えるのは、まあ嬉しい。

 尻もちをついたままのオレに代わって、子供たちがオオトカゲの片方を数人がかりで持ち上げ、村の中心に運んでくれる。

「あらあら、やられたねぇ」

 通りがかりのオバサンに笑われつつ、オレも慌てて立ち上がり、残りのトカゲを抱え上げた。


 村には一応商店もあるけど、基本は物々交換だ。薬草とかトカゲの皮とかは買い取ってくれるけど、肉はそう長く置いとけないし。野菜やパンや酒と、どんどん交換してくのが普通みたい。

 大量の肉が取れるトカゲは、村のみんなのタンパク源だ。山には鹿や猪もいるけど、そっちは人を襲って来ない分、なかなか狩りにくい。

 オオトカゲや猿に弓矢で戦うのは難しいけど、鹿や猪には弓矢の方がいいんだとか。あと、罠を仕掛けるなんて方法もあるらしい。


 村のみんなが肉を狩れる訳じゃないから、よそから来たオレみたいなヤツでも、割とあっさり受け入れられた。なんで平原からこんな山村に来たのかとか、事情をあれこれ訊かれることもない。

 別に、犯罪を犯したとかじゃないんだし、話してもいいんだけど――やっぱり平気な顔はできないし、説明するのは辛いから、何も話さずにいられるのはホッとする。

「失恋でもしたのかー?」

 なんて、子供たちに無邪気に言われてグサッと来ることもあるけど、その痛みにも、きっといつか慣れる日が来るんだろう。

 そしてきっといつか、新しい恋だって、できる。


「エール、トカゲ、解体するってー!」

 きゃっきゃと周りを駆ける子供たちに促され、「分かったー」と解体場所にオオトカゲを運び込む。

 数人がかりでトカゲを運ぶ子供たちに追いついて並ぶと、「肉、美味いよな」って笑顔で話しかけられた。

「そうだね、肉、いいよね」

「エルもメシくらい作れるようになんねーとな」

 大人ぶった口調でしみじみ言われると、うへって苦笑するしかない。

 ひとり暮らしも長かったし、ホントは料理できないこともないけど、「美味い」って食べてくれる人がいないから、作る気にはなれなかった。


 今は、村の食堂のオバサンの手料理で十分だ。肉を全部渡す代わりに、メシも酒も当分タダにしてくれる。

 街とは比べ物にならないくらい、安い酒しかないし、メニューも代わり映えしないけど、満腹になればうつむきがちなオレでも前向きになれる。

 この山村で狩りをして、ひとりでも生きて行けそうだった。



 トカゲの運搬を手伝ってくれた子供たちに、解体した肉を少しずつお駄賃に渡すと、みんなは「わーっ」と歓声を上げて、再び遊びに戻ってった。

「気前良過ぎだよ」

 解体師のオジサンには笑われたけど、こんなオレが村に溶け込めるのも、構ってくれる子供たちのお陰だし。嫌われるより、寄って来てくれる方がいい。

 それに、お金が欲しいって訳じゃないから、そんなにガツガツしなくてよかった。

 冬を越すための毛皮は集めなきゃいけないし、剣の手入れもしなきゃだけど、猿やトカゲ程度が相手なら、次々装備を新しくする必要もないから、今のとこは困ってない。

 寝る場所は、猟をする男たちが雑魚寝するみたいな大部屋があるし。後は、薬草とかで小遣いを稼いで、3食食えれば十分だった。


 解体師のオジサンにもお礼の肉を渡し、残りの肉を大きな葉にどっさり包んで貰って、村の食堂にまで運ぶ。

 街ではこんな風に生肉を運ぶ機会もなかったから、なかなか新鮮な体験だ。

 ――彼が見たらどう思うだろう?

 ちらっとそんな考えが浮かび、「ないない」って首を振って否定する。


 街の領主様のご子息が、こんな山村を訪れる訳もない。

 オレを探してるハズもなかった。そりゃ、気にされてないとは思いたくないけど、そのうち忘れられるだろうとは思う。

 オレも、気にしない。

 今頃、誰かと派手な結婚式を挙げ、街中の人にお祝いされてるのかも知れないけど、こんな山村にまで、そんな噂は届かないし。見えも聞こえもしないことに、傷付くこともあり得ない。

 時々、胸が引き絞られるようにぎゅうっと切なくなることもあるけど、きっと時間が解決してくれるって、信じてる。


「オバサン、肉っ」

 食堂を訪れ、馴染みのオバサンに肉を渡すと、オバサンは「エル君、毎度っ」って笑顔で受け取り、オレに席を勧めてくれた。

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