ひとりでも生きていく
はる夏
第1話
広い入り口から差し込む明かりが、周りを薄青く照らす中、片手に剣を掲げながらゆっくりと進む。
北の山中にある廃鉱山は、いつ来ても凍り付いたように冷たい。天井も通路幅も結構広くて、剣を振り回すのに支障はないけど、敵の気配に気付きにくい。
鉱山の奥は山の向こう側に突き抜けてるから、行き止まりじゃなくて、そのせいでいつも風が吹き抜けてる感じ。酸欠にならないのはありがたいけど、いつ何が潜んでるか分かんないから、怖くもある。
この山中でよく見かけるのは、狡猾な猿の群れと、岩肌を這うオオトカゲだ。
オオトカゲは気配がない。天井や壁からこっそり近付いてきて、いきなり襲い掛かってくる。
湿原のワニ程危険じゃないけど、獰猛な肉食で、大きくパカッと開く口に鋭い牙が並んでる様子は、いつ見ても怖い。毒を持ってるヤツもいる。
猿は素早くて、縦横無尽に駆け回り、集団で人を襲う。さすがに人間は食べないけど、倒した獲物とか携帯食料、時々武器や装備まで盗んでくから要注意。
初めて遭遇した時は、せっかく集めた薬草を奪われて、その場にばら撒かれ、踏みにじられてショックだった。
剣を抜いて1匹2匹は倒したけど、その戦いの最中、自分でも薬草を踏んじゃうし。大多数には逃げられるし、ダメージの方が大きい。
地元の人が言うには、毒を仕込んだ肉を置いとくと案外引っかかるらしいけど、それだって全部じゃないし。何より、貴重な肉を猿に食わせるのが、勿体ない気がして仕方なかった。
この辺の感覚は、よそ者独特なのかも知れない。
山村に転がり込むように移住して、数ヶ月。狩りの仕方は平原とそう変わんないけど、気温や環境は随分違う。
今後、もっともっと寒くなるって聞いて、正直ちょっとビビッてる。
冬装備のために、今から毛皮も集めろって言われてるから、猿もバンバン倒したいトコだけど、本音としては出て欲しくない。
油断なく周りの気配を探りながら、1歩1歩確実に進む。
はあ、と吐く息が白い。
水晶草を見つけて採取袋にしまいながら、周りの音に耳を澄ませる。
もう少し先に行くと、別の薬草も生えてるハズ……。そう思いながら立ち上がると、前方でキキッと何かの鳴き声がした。
猿もオオトカゲも、どっちも鳴き声が「キキッ」だから、迷う。地元の人は「いや、分かるだろ」って言うけど、オレにはまだよく聞き分けられない。
今後もっとここに住み慣れれば、分かるようになるのかな?
ふと、平原で狩りをしてた頃のことを思い出し、ぶんぶんと首を振る。平原には、もう戻れない。
大事な思い出が多過ぎて、あそこに1人ではいられなかった。
慎重に慎重に、周りを見ながらゆっくり進む。
村人なら逃げるのもアリだけど、オレはこれでも戦士だし。猿もトカゲも、狩りの対象だ。猿は毛皮、トカゲは肉。どっちも欲しいから、狩ることにちゅうちょしない。
天井、壁、前方。慎重に確認しながら進むと、ふと背後で何かが動いた気がして、ギョッとした。
右手の剣を振り向きざまに一閃して、その「何か」を確認する。
天井からぼたりと落ちて来たのは、いつの間にか忍び寄ってたオオトカゲ。ちゃんと天井も見てたハズなのに、一体どこから出て来たんだろう?
けど、今は考えてる余裕なんてなかった。
踏み込んで剣を振るい、反撃される前に斬り込んで追撃を重ねる。2撃、3撃、そしてトドメ……。
ギッ、と小さく鳴いて倒れ込むトカゲに、安心する間もない。今度は前方の斜め上にオオトカゲが現われて、オレは必死で剣を振るった。
こんな時、もう1人いれば周りの確認も楽なんだけど。
でも、息の合った人じゃないと、逆に相手の気配に翻弄されて、敵に気が付かなかったりするから、パートナー探しも簡単じゃない。
オレが未だに1人で狩りをしてるのは、そういう理由だ。
村に移住して最初の狩りは、村のベテランハンターさんが一緒に付き添ってくれたけど、腕を認められて以降、「一緒に行こう」とは言われてない。
パートナーのこと考えると、今でもちょっと胸が痛い。
さっさと違う人と組んで、思い出なんか早く忘れてしまいたい。けど、そうやってムキになってる時点で、忘れられないでいる証拠なんだろう。
キキッ。キーキー、キキッ。
廃坑の奥に響く鳴き声に、ごくりと生唾を呑み込む。
獲物を盗むすばしっこい猿の群れと、足元に転がる2匹のトカゲ。どっちを取るかは明らかで――。
オレは薬草探しを諦めて、トカゲ2匹を肩に担ぎ、足早に廃鉱山を後にした。
廃鉱山から村までの道も、決して安全って訳じゃないんだけど、幸い何かに襲われることもなく、無事に村に到着した。
肉がぎっしり詰まってるオオトカゲは、1匹でも結構重い。
高さはそんなにないけど、体長は1メートルくらいあって、それを2匹運んでくるのは大変だった。
平原なら荷車が便利なんだけど、岩や木とかでデコボコしてる山道じゃ、荷車なんか邪魔なだけだし。ヒィヒィ言いながら、担いでくるしかない。
こういうので苦労するのも、オレみたいなよそ者ばっかだ。
地元の人達は、小さい頃から薪なんかを背中に担いで、うまい姿勢とか負荷の掛け方とか、そういうのを自然と身に着けるんだって。
腰の曲がったおばあさんだって、オオトカゲをひょいっと背負って運べるし、いつ見てもスゴイなぁって感心する。
オレもいつか、そんな風になれるんだろうか?
そう思うと、また胸の奥がちくんとしたけど、ぶんぶんと首を振って、痛みには気付かないことにした。
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