5章 第7話 お話
「うん。わたしは決めた。わたしの"夢"はヒト───いや、人と天使を救うこと。みんなが幸せになれる方法で」
自分の夢を高らかに宣言する。わたしはもう迷いはしない。
これが、わたしのやりたいこと。
わたしの─────"夢"だ。
「みんなが幸せになれる方法?」
ライヤーが眉を顰める。
「うん。わたしもどうやったらみんなが幸せになれるか考えたの。それにはやっぱり────"話し合う"しかないんだ」
あの時、遥香としようとしていたこと───しっかりと話し合うことが間違いじゃなかったって、やっと気づいた。
お互いに腹を割って話し合って、納得するまで語り合えば、あんな悲劇は起きなかったかもしれない。
色んな人たちとの会話を通して、わたしはその"答え"に至った。
「話し会う?そんなもので─────」
「確かにそんなものでは、世界から不幸は消えないかもしれない。それでも、少しずつでも前へ進めるはずなんだ」
天使が苦しむのも、バザーとカレンがしっかり話せていたら。
この戦いだって、バザーとわたしたちがお互いを理解し合えたら。
ライヤーの苦痛も、もっと早くわたしとジョンが知っていたら。
「わたしたちに足らなかったものは、"話し合い"なんだ。しっかり相手の顔を見て、ありのままを話す。わたしは不幸な人や死にたい人としっかり話して、自分の道を選んで欲しいんだ」
ただ死の救済を信じるのではなく。
一人を犠牲に、全てを救うのではなく。
今が辛い人に、ただ寄り添って"夢"を語り合う。
その先に、どんなことが待っているかは分からない。
けど、これこそがみんなが納得出来る救済だと信じる。
「カレン。お願いがある。わたし以外の天使のスペックを人間と同じにして。何もかも───寿命も含めて。そして、みんな自由にさしてあげて」
「………正気かい?堕天使化のリスクは少なくなるけど、それ以外のアドは─────」
「天使には、人間らしい生活を送って欲しいんだ。生まれたからには、自分の"夢"を見つけて欲しい」
天使は機械じゃない。
それぞれが自分らしい"夢"を持って、自由に生きて欲しい。
これが────天使への救済。
「わたしは人も救う。カレン、わたしのスペックを─────最大にして」
これが、────人間への救済。
「ウィシュ、まさか神にでもなる気か!?」
「ううん、そんな大層なものじゃない。わたしが出来るのは、せいぜい"お話"だけだよ」
この機械を介して、死ぬほど辛い人や、死にたい人が発見出来る。
わたしはそこに向かって、どうしたいか話をしたいだけだ。
「ライヤー……」
ライヤーの方を振り向く。
「………駄目だ。これは俺の役割だ。そうじゃなかったら………俺はミカとローズに一生顔向け出来ない」
───ライヤーは、今にも泣きそうな顔をしていた。
そして、ライヤーらしからぬ弱気な声音だった。
「顔向けも何も死んでるからもう会えないよ?」
空気の読めないカレンを睨みつける。
カレンは素知らぬ顔だった。
根本的に、カレンは人間にしか興味がないのだろう。
おそらくわたしたちも道具か手段としか見てない。怒るだけ体力の無駄だ。
「………ライヤー、わたしを信じて。わたしは絶対に不幸を無くしてみせる」
「………それに、一体どれほどの根拠が」
ライヤーが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「今ライヤーとは腹を割って話し合えた。少なくともわたしはそう信じてる。ライヤーが信じてくれれば、根拠になるよ」
「………それがどれほど大変で、苦しい道のりなのか分かってるのか?」
ライヤーが顔を手で覆い、強く苦悩する。
………ライヤーの気持ちは、わたしには痛いほど理解出来た。
(………きっと、本当に辛かったんだよね)
自分に使命が出来てしまったこと。
リーダーとして、役目を全う出来なかったこと。
絶望する人間を、わたしたちは見てきた。
ライヤーはそこに使命感を覚えてしまった。
他でもない、自分こそが救うしかないと。
だからこそ、わたしはライヤーの問いにハッキリと答える。
「───うん。でもそれが────わたしのやりたいことだから」
「─────!」
どれほどの苦痛が待ち受けていようと、わたしは諦めない。
使命感ではない。誓って言える。
これが、本当にわたしがやりたいことなんだ。
「……………」
「絶対に叶えてみせるよ。この"夢"はわたしの、本当の気持ちだから」
ライヤーが俯く。
わたしは黙って、ただそれを見守った───────。
───あれからお互いに静寂が続いた。
どれほどの時間が経ったか分からない。
もしかしたら一、二分だったかもしれないし、丸一日だったかもしれない。
───ふと、ライヤーが口を開いた。
「ウィシュ……覚えてるか?俺たちが初仕事の日の朝、二人で話し合ったことを」
「もちろん、覚えてるよ」
あの朝、優柔不断ながらも、遥香と対話したいとライヤーに言い切った。
今でもわたしは覚えている。
「あの時のウィシュはさ、俺には眩しくて直視できないほど、輝いて見えたんだ。もしかしたら、星さえも掴むんじゃないかってほどに」
「………やっぱり、ウィシュには敵わないな」
ライヤーは爽やかに微笑んだ。
その目には、涙が滲んでいた。
「俺の負けだ。信じてなんて言われたら、そうするしかないだろ」
「……ごめん」
「ははっ。何謝ってんだ」
ライヤーが軽快に笑った。
その顔は、これ以上になく清々しいものだった。
「───ウィシュ。言ったからにはやり切れよ」
「うん、絶対に」
「感動的なシーンのとこ悪いけど、ウィシュので決まり?」
空気を読めないカレンが割って入る。
「うん。わたしのやり方で人を救いたい」
「OK☆私も異論はないけど、一応聞いておくね」
カレンが真剣な表情になる。
「───罪滅ぼしじゃないよね?」
本当に、やり切れるかどうか探るような眼差し。
今までカレンはわたしを見てきた。
だからこその問いだ。
「うん、わたしの決めた────"夢"だよ」
「それだけじゃない。人間はキミが思ってるほど単純な生き物じゃない。汚い部分も相応に持ち合わせてる。それでもやり切れる?」
「もちろんだよ」
わたしは人間の綺麗なところも汚いところも含めて好きだから。
聞いた途端、カレンは表情を戻した。
「なら大丈夫。君ならやれるさ。……これで私の計画は完了かな。久遠君に謝りに行かないとね」
「そう言えば、レイナたちは無事!?」
「安心して。今のところみんな無事だよ」
「良かったぁ……」
胸を撫で下ろす。
「じゃあ、セットは完了したから。もう少ししたら反映されると思うよ。私は上に行くね。………色々あったけど君たちには感謝してるよ。死ぬほどね」
そう言うと、カレンは手を振って行ってしまった。
………最後まで不思議な人だった。
「最後まで女神様の計画通りだったのは気に食わないな」
ライヤーが、カレンがいなくなった今だからこそ愚痴る。
「それはどうでもいいよ。それよりカレンスタイルいいし、胸デカいしそっちの方がすごーく気に食わなかったんだけど」
出るところは出てるし、胸も豊満だ。
バザーがメロメロになったのも納得がいく。
何処からか「違うぞ」という声が聞こえたが気のせいだ。
わたしもああいうのに生まれたかった。
というか、わたしの体は最大スペック───多分不老不死にされた。
つまり、これ以上の成長は見込めない。
絶望感に拍車がかかる。
なんだか悲しくなってきた………。
「ははっ。ウィシュらしいや。───でも、俺はウィシュの方が好きだよ」
「そんな慰めは要らないよ………。今からでも変えてもらおうかな」
「………結構本気だったんだけどな」
「ん?何か言った?」
声が小さくて聞き取れなかった。
「────。いやなんでも。それじゃあウィシュ。しばらくのお別れだ」
死ぬほど不幸な人は沢山いる。
わたしはこれから忙しくなるはずだ。
それを見越しての発言だろう。
「───うん、"夢"を叶えてくるね」
───世界はまだ、不幸で満ちている。
それでも、その痛みは分け合えば。
しっかりお話すれば、不幸は少しづつでも無くなっていくかもしれない。
そんな希望をわたしは胸に、"夢"を叶えたいと思った───────────。
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