5章 第5話 No.0

 ───地下室への扉は開いていた。

 階段を下り、やがて、広いスペースに出た。

 中央には、何やら厳かで精密そうな、でかい機械が置いてある。

(これが……"天使を作る機械")


「流石にこの大きさはたまげるよな」


機械の裏から声がする。

 そこにいたのは─────ライヤーだった。

「ライヤー………!?どうしてここに……?」

「抜け道があったんだ」

ライヤーは今ここにいる。

 じゃあ───────────。

「ジョンは………!?」

「安心してくれ。殺しちゃいないよ。まあ、あの様子じゃしばらく動けないだろうけど」

………よかった。

 安堵して胸を撫で下ろす。

「それより、間違いじゃなければ、はずなんだけどな」

「うん。やっぱりライヤーも気づいてたんだ」

「ま、何処にいるかはてんで分からないが──────」


「やっぱり、君たちは優秀だね」


声がした方向を振り向く。

 ─────やはり、はここにいた。


「初めましてだね。私はNo.0。またの名は────カレンだよ」


 歳は20代後半あたり。

 繭のように綺麗でしなやかな髪が印象的だ。

 明るい性格に見えるが、何処か据わっているような気もした。

 "天使を作る機械"を作った人物。

 カレンはやはり、ここにいた。

「あなただったんだね。わたしたちが生まれたとき声をかけた"女神様"は」

「ご明察。誰かしら辿り着くと思っていたけど、まさか二人もいるとは」

 カレンはふふっ、と微笑んだ。

 つまりは──このカレンこそが、女神様の正体だ。

「でもカレンは死んだはずじゃ………」

「うん。人間の望月カレンは確かに死んだ。私は、死ぬ前にカレンが残したカレンのコピー。そこの機械で作られた初の天使No.0よ」

「初の………!」

「そ。だからこうして誰にもバレずにここで全てを見れたってわけ」

 カレンが意味深な言い方をする。

「全てを……?」

「わたしは全てを見渡せる"眼"を持って生まれた。ちょっとした特別製ってだけよ。だからこそ、あなたたちのこともずっと見てた」

カレンが自分の眼を指差した。

「望月カレンは何で死んだの?」

一番疑問に思っていたこと。

 なぜカレンは自殺したのか。

 理由が全く分からない。

「………あれ?君たちならてっきり理解してると思っていたけど。まあいいや。私は記憶も意思も継いでるから説明するね」

 カレンは少し驚いたような顔をしていた。

「望月カレンの目標は、"神がかった善性を持った天使"を作り上げることだった。そのためには、この環境を作るのが最適だと考えた」

「環境………?」

「そう。訳もわからず、特定の人を殺す使命を負った環境。私が死んだのもそのため。この使命に"答え"を出せる者がいないことによって、目的が分からない環境を作りたかった。久遠君には悪いことをしたけどね」

「狂ってる……!」

望月カレンはたかが環境作りのために命を捨てた。

 使命に答えを出せる者。

 ただそれだけを無くすために、自殺して、何もわからぬバザーに後を任せた。

「そこまでして求めたものって……!?」

「だから、"神がかった善性を持つ天使"だよ。望月カレンはこの悪環境の中から、与えられた使命に疑問を持ち、自らの道を選ぶ天使が生まれるのを待っていた。それが─────君たちだ」

 カレンがわたしたちを指差す。

 言ってることは分かるが、理解が出来ない。

 カレンは人の領域を超えている。

 わたしにはとても───────。

「ちょっと嘘が混ざってるでしょ女神様」

声を上げたのはライヤーだった。

「ライヤー……?」

「俺が思うに、真の目的はそれで合ってる。けど、女神様の"答え"を聞いていない」

「女神様の"答え"?」

「なんで、"特定の人を殺す使命"を俺たちに負わせた?」

「それは………疑問を持たせるための建前じゃ───」

「俺の考えは違う。最初は───女神様がそれが正しいと思って天使を作っていたからだ」

「…………」

 カレンは無言を貫く。

「対象は、不幸な人や死にたい人ばかりだった。女神様は当初はそういう人たちを死をもって救済しようとした。俺たちと同じで───とても見てられなかったから」

 ライヤーがカレンを指差す。

「だけど、これが本当に正しいか女神様でさえ分からなかった。だから、第2の計画として、疑問を持つ天使が生まれるのを待っていた。あなたを超える────人を救う術を持つ天使が生まれてくると信じて」

 ………なるほど。

 それなら辻褄が合う。

 望月カレンが持っていた"答え"は、不幸や死にたい人を殺すことによって、人を救済すること。

 ただ───それと並行して、カレンは自分を超えた回答を持つ天使が生まれてくるのも期待していたのだ。

「………出来れば失敗談は黙っていたかったけどな。その通りだよ。私はかつて、死こそが最大の救済だと思っていた」

カレンが観念したように口を開く。

「でも───今まで見てきて、この計画には穴があった。まず、死だけでは本当に救えなかった不幸があった。そして、天使の負担を甘く見ていた。だから、そんな穴を見越して計画していた第2の計画に賭けることにした。その成功例が君たちだよ」

 死だけでは救えなかった不幸は山ほどあった。

 だからこそ、わたしは疑問を抱いてここに辿り着いた。

「真実はこれで全てだよ」

カレンがこの話を切り上げる。


「───その上で聞くよ?二人は私を超えた"回答"を用意出来たかい?」




 



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