5章 第4話 バディ

 ────バディは行ってしまった。

 使い物にならなくなったボクを置いて、行ってしまった。

 ボクには、もう"理由"がなかった。

 戦うだけの、"夢"が無かった。

ボクに───お母さんはいなかった。

 全ては幻で、ボクは滑稽なピエロだった。

 自分でも笑ってしまうよこんな終わり方。


 でも──────あの子は、違った。


 自分のやっていたことに絶望しながらも、そこから前を向いて立ち上がった。

 歯を喰い縛りながらも、目を逸らさず、また歩き始めた。

 ボクにはそんなこと到底出来ない。

 ……………なんだ。ボクよりよっぽど強いじゃないか。

 あの子は、夢を見つけられそうだと言っていた。

 それを、ボクのおかげだと言ってくれた。

 ボクは─────────あの子のバディ、だ。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 ────下北病院1階。地下室へと続く道。

「………威勢だけだったようだな」

「く………ッ!」

天使のバザーが見下すようにわたしを見つめる。

「私も忙しい。とっとと死ね」

「まだ………だよ」

わたしは何度でも立ち上がる。

「しぶといな。アイツもそうだったが、お前らにはつくづく邪魔される。………以前お前らを不良品と呼んだことを撤回しよう。お前らは不良品を超えた害悪だ」

「それも撤回させるよ……!」

「ほざけ。もうお前の負けだ」

 バザーが眼鏡を取り外す。

 本気の合図のようだ。

「バザー………あなたも進む以外道がなかったんだね」

「………何の話だ?」

あの時、真実の絶望に打ちひしがれて気づくことはできなかった。

「ニンゲンのバザーの話だよ。あの時はそんな暇なかったけど………今なら分かる。バザーはカレンさんが好きだったんだね」

「………だから何だ?それはニンゲンのバザーの話だ。俺には関係な──────」

「あなたも記憶があるはずだよ、バザー。用心深いあなたはきっと、記憶をそのままにあなたを作った」

 バザーは自分しか信用していない。

 だからこそ、天使の自分を作ったんだと思う。

 憶測に過ぎないが、確信に近い何かがあった。

「カレンさんが死んで、バザーも絶望したんだよね。そして───託されてしまった。目的さえわからぬ使命を、バザーは継いで────────」


「黙れ!!」


 バザーらしかぬ、荒げた声だった。

「お前と俺を一緒にするな……!反吐が出る……!」

バザーがここまで感情的になったのは初めて見た。

「……同じだよ。わたしと同じで、先の見えない道を合ってるかも分からずただ進んだ。それが正解だと、盲信的に信じて。でも、それじゃだめだよ。わたしたちは、自分で考えて自分で道を選ばなくちゃいけない!」

「減らない口だな。今すぐ息の根を止めてやる……!」

「…………ッ!」

バザーが獣のように唸る。

 射殺すような殺意が向けられるが、決して屈しはしない。

これこそが自分で考えて、選んだ道なのだから─────────!


「ボクのバディに触れるな────────!!」


 ───窓ガラスを突き破り、美しい翼を携えた天使が侵入した。

 神秘的で、幻想的な神々しさを纏った天使は、ゆっくりと立ち上がる。

「───待たせたね。キミのバディは復活したよ」

「レイナ……!」

恐れるものはない、いつもの自信に満ち溢れた少女が、そこに立っていた────────。

「……もう二度と起き上がれないようにしたつもりだったが?」

 バザーが警戒心を込めて、レイナを睨む。

「悪いね、ボクは無敵なんだ。それよりバザー。いつになく感情的だね。何か図星でも突かれたかい?」

レイナが軽口で挑発する。

「来てくれるって、信じてた」

レイナに駆け寄る。

───本当に、美しい眼差しだった。

「………ウィシュ。積もる話はあるけど、キミはこの先に行きたいんだね」

「……うん」

「なら、任せてよ。ボクが無敵ってこと、証明してあげる」

レイナがバザーに目線を合わせたまま、握りしめた拳を差し出す。

「………了解バディ」

拳で返す。

 ここからが、逆転劇の始まりだ───────。

 ───地形は屋内。廊下の一方通行。

 広さはそこそこあるが、先に行くには立ち塞がるバザーを突破するしかない。

 先に仕掛けたのはわたしたちだ。

レイナが携帯している煙幕をバザーに投げつける。

「………ふんッ!」

バザーが速攻翼でかき消す。

 それまでに距離は詰まった。

「………ッ!」

 バザーの拳をすんでで躱す。

 レイナの特訓がここで活きる。

絶えず勢いをつけた回し蹴りが飛んで来る。

「任せて!」

 レイナが盾になり、上手く流す。

「今!」

その隙に、わたしは地下室への道を駆け抜ける。

「させるか────!」

バザーが携帯していた銃を取り出し、わたしの脚めがけて発砲する。

「レイナ!」

「おっけ!」

レイナがナイフを投げつけて銃弾を弾く。

 わたしはそのまま振り向きもせず走り去る。

それは、バディへの最高の信頼故の行動だった。

「あっれぇ〜。今度はボクが門番になっちゃったみたいだねぇ」

レイナが不敵に笑う。

「………お前が一度でも私に勝てたことがあった?」

バザーがレイナを睨む。

 レイナはそれに全く動じない。

「心配ないさバディ。ボクは無敵なんだ───!」

 





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