4章 第1話 招集
─────あれから数日が経った。
仕事が一件もなかったため、訓練に月日を費やした。
おかげで、レイナのお墨付きを貰えるレベルにまで、戦闘技術は上達したのだった。
「いいね。サマになってきた」
「レイナほどじゃないよ」
レイナとは数日を通して、さらに親しい存在になった気がする。
本当に、姉妹になったかのような感じだった。
「ふぅー」
レイナが伸びをした。
しなやかなボディラインが強調される。
それはもちろん、胸も含めて。
「………」
「……ウィシュ?」
じっと見つめるわたしに、レイナが訝しむ。
「レイナって、胸あるよね」
ローズほどではないが、見た目の歳には不相応な発達具合だった。
「まぁね。そういうウィシュは壁だね」
いつものように、ノンデリ発言がわたしを襲う。
「わたしがそれコンプレックスだって知ってるよね?戦争だよレイナ」
「キミが話題を振ってきたんじゃないか………って、不意打ちは卑怯だよ!」
「不意打ちは奇襲の基本なんじゃないの?ほら、その胸わたしがむしり取ってあげる」
こんな風に、前よりかは明るい生活が送れている────気がする。
そんな生活も束の間。
ある日、わたしたちは招集の命令が送られた────────。
───会議室。
「これで大天使全員の招集が完了した。それでは議題に入る」
突如招集の命令が出されたことを訝しみながらも、わたしたちは会議室にやって来た。
会議室の中には、複数人の大天使らしき者たちが集まっていた。
知ってる顔はバザーだけだった。
「お待ち☆その前にやることがあるんじゃないカシラ?」
性別不詳のオネエ口調の者が声を上げる。
「………何だ?」
「"自己紹介"よ☆ンもぉ〜新しく入ったコ紹介してよね☆」
「………ふん、手短に済ませろ」
素っ気なくバザーが了承した。
「りょーかい☆アタシはカプチーノ。番号はNo.2。これからよろしくね☆」
カプチーノと名乗ったオネエ口調の者が手を差し出してくる。
わたしはそれを握り返した。
思いの外、すごく滑らかな手だった。
「よろしく……」
底なしに明るい印象を受けるが、ずっと微笑んでるのが逆に怖い。
「それにしても可愛いらしいお顔☆それに、滑らかな髪。どこのシャンプー使ってるのカシラ?」
「その……えっと……」
「カプチーノ。フレンドリーなのは構わないけど、ボクのバディを困惑させるのは頂けないなぁ」
レイナが庇うように前に出た。
「アラァ?怖がらせちゃったカシラ?ゴメンなさいね☆悪意はなかったのよ☆」
そう言うと、カプチーノは引き下がった。
「それにしても、あのレイナちゃんにこんなに気にかけるコが出来たなんて。アタシは嬉しいわァ☆」
「言い方が引っかかるけど、褒め言葉として受け取っておくよ」
少し変だけど、悪い天使ではなさそうだった。
「次は俺か。No.3ダンゾウだ。よろしくな嬢ちゃん」
そう言うと、ニカっと口角を上げた。
大分老けているように見えるが、歳を感じさせるような弱々しさは見当たらない。
強面だが、見かけによらず優しそうな感じだった。
「おおまかな話はバザーから聞いてる。見かけによらずやるようだな」
皮肉とかではなく単純に褒めてるだけのようだ。
「どうも、これからよろしくね。で、次は………」
「………ふひひっ。No.4のラフだよ。ヨロシクね。ウィシュタリアちゃん……」
ねっとりとした声に背筋が凍る。
薄汚れた姿に、あごに携えたもじゃもじゃな無精ひげ。
ニヤつくような不気味な笑みは、わたしに恐怖を覚えさせた。
「よ、よろしく……」
「………ふひひっ」
(やっぱり怖いって……!)
「コイツには関わんない方がいいよ。ロクな目に遭わないからね」
レイナが横から助言した。
言われなくとも、あまり近づきたくない天使だった。
(とりあえず、これでここにいる全員名前は分かった)
No.1バザー。
No.2カプチーノ。
No.3ダンゾウ。
No.4ラフ。
そして、No.6レイナ。
「………終わりだな。本題に入る」
バザーが進行を続ける。
バザーの自己紹介は省略らしい。
「こうして我々大天使が集まることは、まずそうそうない。集まるとしたら────余程の事態だということを頭に入れておけ」
含みのある前置きに、皆の顔が真剣になる。
「結論から話そう。No.5がテロを起こそうとしている」
「───!!」
以前大天使に裏切りがあったと聞いた。
わたしが大天使になったのも、その穴埋めとしてだ。
番号的に、"No.5"はその裏切り者に該当するはずだ。
その天使が、テロを?
「………それは確かな話なの?」
カプチーノが、さっきまでの明るさが嘘だったかのように真剣に尋ねた。
「ああ。ヤツはすでに何人もの天使を唆し、我々に刃を向ける用意をしている」
「チッ。あの坊主本当にコトを起こす気かよ……」
ダンゾウが舌打ちした。
「……天使を唆した?ちょっと待って!どういうことなの!?」
その天使は何をしようとしているのだろうか。
「あ、ウィシュちゃんは知らなかったのね。バザーがてっきり話していると思ってたけど……まぁ、そんなお人好しでもないわね☆順を追って説明するわ☆」
カプチーノが説明を始めた。
「まず、アタシたち大天使はちょっと前まで、ここにいるウィシュちゃんを除いた五人と、もう一人で構成されていたの。ただ、あのコはアタシたちとは違う別の信念を持っていたのよねェ」
「別の信念……?」
「そ。アタシたちはヒトを幸せにするのが生きる意味。けど、あのコは違った。あのコは天使を幸せにすることこそが至上命題だと謳った」
天使を、幸せにする?
「あのコにとって、悲観すべきは"不幸なヒト"じゃなく、ヒトを幸せにするために使い潰されてる"天使"だった。それをどうにかしたかったようだけど………アタシたちのもとから離れて行方不明になった。そして結果的に、他の天使を唆して、こうしてテロに走ったってワケ」
「じゃあ、No.5の目標は天使の解放……?」
「おそらくそうでしょうね。ま、続きはバザーが知ってるわよね☆」
カプチーノがバザーに話を戻す。
「………カプチーノの話通りだ。問題は、そのテロをどう打ち砕くか、だ」
「てか、バザーはそれ誰から聞いたの?ソースは?」
レイナがめんどくさそうに尋ねる。
「唆されて行方不明になっていた天使を捕獲した。そいつが吐いた情報だ」
「……ちょっと待って。バザーはその天使をどうしたの?」
わたしはバザーを睨んだ。
「………生かしてはいる。少なくとも、ソイツはもはや敵だ。同情の余地はない」
バザーがわたしを睨み返した。
「バザー。悪いが話を進めてくりゃあしねぇか」
ダンゾウがなだすように言った。
「………得られた情報は2つ。テロの目標とその計画だ。目標はこの廃病院の占拠だ」
(この廃病院……?)
「なんでここなんかを占拠しようと?」
「我々大天使の廃絶と天使の解放が主な目的のようだ」
なるほど。
言われてみれば、ここには全てが揃っている。
「日時は今日の深夜11時。人数と配置も把握している。ヤツらが配置につき次第、そこを我々で各個叩く」
「……それは、殺すってこと?」
「………その通りだ。それ以外の何がある?」
「いくら敵でも、わたしたちと同じ天使でしょ」
「だから何だ?」
「堕天使化もしてないのに、殺すのは………」
「お前はレイナから何を学んだ?敵への同情は死に直結する。お前がその気でも、向こうは殺す気で来るぞ」
バザーが刺し殺すかのように睨みつける。
一瞬足が震えたが、なんとか持ち直す。
「………それでも、だよ。わたしは何も生まない殺害はしたくない」
「─────。反吐が出るほどのお人好しだな。やはり、お前を大天使にしたのは間違いだったようだ。………話は以上だ。配置の情報と襲撃場所は後で送る。これで解散だ」
そう言うと、わたしたちには目もくれず部屋を出た。
「……ふひひっ」
続いてラフも席を立った。
………去り際にわたしを見つめて嗤ってるような気がしたが、気のせいだろう。
「バザー相手に啖呵切るたぁやるな嬢ちゃん」
そう言うと、後ろからダンゾウがガサツに頭を撫でて来た。
「い、痛い……!」
「ン〜本当にアナタも変わったコね」
カプチーノが首を傾げる。
「どうだい?ボクのバディは凄いだろう?」
なぜかレイナが胸を張った。
「ええ、なかなかだったわよォ。そうね、これに免じて、アタシも裏切った天使たちは無力化で済ましてアゲる☆」
カプチーノが満面の笑みで言った。
「本当………!」
「俺も乗るぜ。ま、出来る範囲で、ってのは念頭に入れといてほしいがな」
ダンゾウがボリボリと頭を掻きながら同調した。
「ダンゾウも……!」
「もちろんボクもさ。なんたって、バディだからね」
レイナも当然のようについて来てくれた。
「みんな、ありがとう!」
みんなの厚意に感謝する。
これほど有難いことはない。
「バザーとラフは………」
「それは諦めなさい。あの二人を止めようとしたら、アナタも殺されかねないからね。分かった?」
カプチーノが目を細めた。
笑っているのは顔だけだ。
その言葉には、絶対にするな、という強い意志が感じられた。
「それよりもウィシュには聞きたいことがあったんじゃない?」
「あ!そうだった!」
すっかり忘れるとこだった。
聞きたいことは二つ。
ライヤーとジョンの行方。
そして、女神様や天使、仕事について聞いた。
「その二人に関しちゃ知らないな」
カプチーノもダンゾウも本当に知らないようだった。
女神様も二人とも会ったことはないらしい。
天使や仕事についても、レイナの知ってることと大体同じだった。
「仕事について、何か思うところはある?」
「ン〜特にないかな☆アタシは血も涙もないロクデナシって自覚してるからね☆」
「カプチーノに同じくだ。大天使はそんなヤツが大半だろうな」
「ま、何か知りたいならバザーに聞くことね。彼が管理してるようなカンジだカラ☆」
やはり、真相を知るにはバザーから聞くしかないらしい。
こうして、わたしたち大天使による会議は幕を閉じた───────────。
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