3章 第4話 堕天使討伐

「─────か、はッ!!」

 腹に重い一撃が叩き込まれる。

 あまりの痛さにうずくまる。

「反応が遅い。実戦だったら死んでたよ」

稽古用の衣装なのか、薄手の黒い服に身を包んだレイナが声をかけた。

 髪を一纏めにしているのが、いつもとまた違う美しさがあった。

「ごめん見惚れてた」

「普段のボクならいざ知らず、鬼教官モードのボクにはそんなの通じないよ。まぁ、見惚れてしまうのは仕方のないことだし、気分はいいからもっと褒めてもいいけど」

「ダメかぁ」

「………あからさまにテンション落としたね。いいだろう、こっからはもっと厳しくいくよ!」

「ひえぇ……」


──────何をやっているのか。

 見ての通り訓練だ。

 新しく増えた仕事────"堕天使討伐"。

 わたしは以前、晴れて───ではないが、堕天使特別討伐班もとい、大天使の一員となった。

 これにより、わたしの既存の仕事に堕天使討伐が加わった。

 ここまではまだいい。問題は、実力不足だ。

 聞いた話、堕天使は"具現化"という未知数な能力を行使する。

 それを討伐するには、大天使のような特別な力が必要だ。

 しかし、わたしは形式として大天使になっただけ。

 そんな特別な力などない。

 バザーが提言したのは、単純に技術スキルを伸ばせという話だった。

 ………今思えば荒唐無稽過ぎる話だ。

 そして、コーチとして、バディのレイナが師事してくれる話だったが──────────。



「ほら、もう詰められた。この間合いに入られたら銃を捨てて肉弾戦に入って」


「暗殺は決して対象に声を上げさせず、一瞬で終わらす。ビギナーはまず喉を潰す方法を考えなさい」


「単純に筋力が足りてない。スクワット500回。それと腕立て200、腹筋300。あと体力も走ってつけといて」


「また転んだね!?一体何回目!?」


 この通り、スパルタの鬼教官だ。

 ……最後のは自分のドジだとかはいらない。

 しかし、レイナが教えることは的確で、非常に分かりやすい。

 自分でも実力がぐんぐん伸びているのを感じられた。

「……ふぅ、今日はこの辺でお終い。続きはまた明日」

「………もうムリ……」

 終わる頃には、立っているのがやっとだった。

「それにしても、なかなか上達が早いね。流石ボクのバディ」

レイナが満足げに頷いた。

「レイナこそ、教えるのが上手。それにめちゃくちゃ強い。レイナは誰かに習ったの?」

正直一番驚いたのは、レイナのその戦闘技術の高さだった。

 実戦訓練では一切の隙がない。

 仕掛けて勝てるビジョンが浮かばない。

 かと言って、引いたらあっという間に距離を詰められ制圧される。

「ああ、この技術は全部バザーから教わったものだよ。ぶっちゃけると、ボクがやってる師事はバザーの真似事さ」

「そうなんだ。でも納得だな」

 このスパルタ具合は実にバザーらしい。

「ボクも最初は血反吐を吐く思いだったよ。ま、ボクは天才だからすらすらものにしていったけど」

「そう言えば、レイナはバザーに"No.6"って呼ばれてたけどあれは?」

バザーや廊下で会った天使は番号呼びが常識のようだった。

 確か、わたしはNo.349だった。

「それは生まれた順さ。まあ、番号呼びは素っ気ないし、お母さんから与えられた名前があるからボクはそっちを使うけど」

「じゃあ、レイナは6番目に生まれた天使ってこと?」

「そう。最初に生まれたのは大天使6人。それ以降は一般天使だね。ちなみに一番最初はバザーだよ」

「それは、どこから生まれたの?」

前から疑問に思っていた。

 天使はどのようにして生まれるのか。

 わたしは気がついたら生まれてこうなっていた。

「ん〜ボクもそれは分からないや。気づいた時にはこの病院さ」

「やっぱりレイナもなんだ」

「ニンゲンはつがいを作って子をなすらしいけど………詳しくはなんなのか分からないや」

わたしも詳しくは知らない。そういう情報はもらっていない。

「ま、お母さんが生んでくれたのは間違いないから。その事実だけで十分だよ」

 お母さん───女神様が?

 でも、だとしたらバザーが女神様を知らないというのが気になる。

 一体わたしはどこから────────。

「それより、ウィシュはボクと姉妹の間柄になるのかなっ?」

 レイナが興奮気味にそんなことを言い出した。

「それは………確かにそうかも」

同じ女神様から生まれたと仮定すると、確かにそうなる。

「ボクが姉で、ウィシュが妹か……!先輩後輩の間柄でもよかったけど、姉妹って、なんだかいい響きだね」

「でも、その理屈だとバザーが兄になるよ?」

 途端、レイナの顔が曇った。

「アイツはお母さんの声を知らないしノーカンよ。他の大天使たちも同じくノーカンよノーカン」

「そう言えば、大天使って全部で6人いるんだよね」

 いまだに大天使はバザーとレイナしか会ったことがない。

「そうだよ。ボク、バザー、カプチーノ、ダンゾウ………あと何だっけ?ああ、あのサディストと裏切ったガイアか」

 レイナが指を折りながら数えた。

(……他の大天使たちならレイナの知らないことも知ってるかもしれない)

 もし会ったら情報を少しでも引き出そう。

 とりあえず頭の片隅に置いておく。

「今日もありがとうレイナ。それじゃあ、わたしはこの辺で……」

「……?どっか行くの?」

「うん。少し用事があるんだ」




 ────外は曇り空。

 景色が灰色に染まる中、わたしは"ある墓"の前に立っていた。

「……これが用事?」

「うん」

レイナの問いかけに答えながら、墓前に花を添えた。

 墓石に刻まれてる名は、"遥香"。

「それって誰の墓?」

「わたしの友だちのお墓。……すっごく、大切な子だった」

 手を合わせる。

 彼女の冥福を祈りながら。

「レイナ、ありがとう」

「ん?何のこと?」

レイナはキョトンとしている。

「いつでも外に出れるようにしてくれたこと。おかげで、こうして手を合わせられた」

 外に出られたのは、ひとえにレイナが提言してくれたおかげだ。

「そんなことか。それくらいはお安い御用さ。それより、それがキミのやりたいことでいいんだね?」

────やりたいこと。

 否定はしないが、本質的には違うかもしれない。

「いや、これはやらなければいけないこと。もちろん、やりたいという意志の下だけど」

「……もしかして、殺したニンゲン全員の墓参りでもする気?」

レイナが眉を顰めた。

「ううん、それはちょっと難しいかも。ただ、この子だけ、わたしにとって特別な存在だったから」

 人間で初めてできた友だちだった。

 そういう意味で、わたしは遥香に会いに来た。

「……またね、ハルカ」

「よかったよ。キミならそういうコト、言いかねないからね」

 やれやれ、とレイナが肩をすくめた。

「じゃ、帰ろうか。それとも、どっか寄り道してく─────────」

 レイナが言い終わるより前に、頭に電撃が走った。

 ───新しい仕事だ。

 しかも、これは──────────。

「堕天使の討伐……!?」

「とうとう来たね。デビュー戦といったところかな」

レイナが伸びをする。

 当たり前のように落ち着き払っていた。

「レイナ……本当に大丈夫?」

「何を弱気になってるのさ。問題ないよ」

そう言って、歩みを進めた。


「なんたって、このボクがついてるんだからさ」


 

 

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