3章 第2話 テスト

「………はっきり言おう。お前は"不良品"だ」

「…………!」


「………ついでだ。お前に一つ、テストをしよう。

これで心が壊れるか腐るのなら、

 冷たい目つきでバザーは言った。

 まるで、思い上がるなとでも言うように。

「………テスト?」

「ああ、そうだ。今からお前に"ある真実"を教える。それに耐え切れたら合格だ」

(………内容は簡単そうだけど、"ある真実"って何だろう?)

 それに、失敗したら命はないというのも引っかかる。

 何だか不安になってきた。

「ねぇ、バザー。これって、全っ然フェアじゃなくない?ボクだったらこんなことされたら、願い下げどころか、今ごろキミをぶっ飛ばしてるよ」

レイナがバザーを非難する。

「………寝言は寝てから言え。お前が私に敵うわけないだろう」

 今日何度目か、バザーがレイナを睨んだ。

「そもそも、不良品ってどういうこと………?」

「………お前か知る必要はない」

「流石にボクにも良心はあるよ。あのね、キミみたいな自我が強い天使って珍しいんだ。だから………えーっと、ね?」

自信満々に教えようとした割には、レイナ自体よく分かってなかったらしい。

「………自我が強いということは、その分感情があるヒト寄りということだ。この手の天使は使い物にならなくなるのが早い。"不良品"という言葉が適切な言い方だ」

 バザーが代わりに説明した。

「そう、それ!それが言いたかった!……アレ?でもこれ言ってるとしたら、ボクが酷いやつみたいにならないかい?」

う〜ん、と腕を組みながらレイナが自分の世界に入り込む。

「一般の天使は自我が薄い。大天使は例外的に自我があるがな」

 確かに、病院の廊下で会った天使は、自我が薄いように思えた。

 けど ────────、

「わたしはもう不良品そんなのじゃない。だって、わたしは機械だから………」

 そう、わたしは機械だ。自我なんてない、冷徹な機械だ。

 心など、とっくに死んでいる。

 だから、これに関しては、バザーたちの勘違いだ。


 ─────ふと、視線を感じた。


「な、何……?」

「…………ふーん、"そんな感じ"なんだ」

 視線の正体はレイナだった。

 さっきまでのだらけきった雰囲気とは違う、神秘的な瞳に気圧された。

「ま、知ったこっちゃないけど」

それもたった一瞬で、もとの雰囲気に戻った。

「お前が自分にどのような評価を下しているかはさして興味ない。………テストを受けるかどうかはお前が決めろ。合格なら大天使。不合格なら最悪殺す」

「………このテストに意味はあるの?」

「愚問だな。私は意味の無いことなどしない。これは、言わば大天使に相応しいかどうかの試験だと思ってもらって構わない。受けないのも勝手だ」

 バザーが鋭い目つきで言い切った。

 冷静に考えて、テストを受けるメリットも、大天使になる気もさらさら無い。

 それに、最悪死んでしまうなんてリスキーなテスト、誰が受けたがるのだろう。

「………わたしは受けない。大天使になりたいわけでもないから」


「………そうか。なら、お前はただの不良品だったということだ」


「………待って。今なんて?」

「お前たち5人は不良品だったという話だ」

今、聞き捨てならないことを、この男は口にした。

「────それって、ライヤーたちのこと?」

「………名前に価値はない。だが、お前が想像してる人物で相違ない」

 ………………なるほど。まだわたしにも"怒り"という感情はあるらしい。

「バザーったら怒らせてどうすんのさ」 

「………No.349。これは千載一遇のチャンスだということをお前に示しておこう。このまま受けずに帰っても構わない。たが、そうなれば未来永劫お前は、お前たちは無価値な不良品のまま終わることになるだろう」

 バザーが冷たく言った。

 そこには、一切の感情が込められていない。

 まさに、機械という言葉が相応しい男だった。

「………やっぱり受ける。あなたが決めた価値観に興味はないけど、仲間を馬鹿にされて黙ってられるわたしじゃないから」

 ライヤーたちは、確かに、しっかりとした自我があった。

 だが、それは誇るべきものだった。

 自分で考え、時に他者と笑い合い、慰め合える、そんな素晴らしい仲間たちだった。

 それを不良品だの、無価値だのと言われて、許せる筈がない。

「仲間か………。そんなものに拘るから不良品なのだ」

バザーがわたしを睨みつける。

 だが、ちっとも怖くはなかった。

「ごたくはいいから、とっとと始めて」

「………いいだろう。このテストで伝える"真実"は、そのお前の仲間についでだ」

バザーが一拍置く。


「お前の仲間のNo.346ミカ。つい数週間前に


 ────────────────え。

 ミカが、死んだ?

「殺したのはそこにいるNo.6だ。堕天使化したため、討伐に向かわせた」

「……………嘘だ」

「悪いけど事実だよ。彼女を殺したのはボクだ」

 ……ミカは亮介を殺せず、行方不明になっていた。

 わたしは、微かにながら願っていた。

 まだどこかで生きている可能性を諦め切れていなかった。

 いつか、また出会える。

 そんな、亮介ですら諦めていたいた未来を、わたしは信じていたかった。

 出来ることなら、この夢は、覚めてほしくなかった。

「………そん、な」

呼吸の仕方を忘れたかのように、酸素を上手く取り込めない。

 景色がだんだんぼやけてくる。

「わた、しは…………!」


「機械、なんでしょ」


 ──────ふと、言葉が降りかかる。

 それによって、段々と自分がはっきりしてきた。

「………No.6」

「何?口出しは厳禁だったっけ」

声をかけたのはレイナだった。

 何が目的だったか分からないが、とりあえず助かった。

 今ので、ある程度冷静さを取り戻せた。

(そう、わたしは機械だから。悲観なんてもの、わたしの中に存在しない)

「もう、大丈夫。耐え切ったよ、バザー」

「………及第点としよう」

渋い顔でバザーが言った。

「このテストの意図は、あくまで堕天使討伐中に、心が壊れないか、堕天使化しないかをあらかじめ確かめるためのものだ。お前の実績は疑わしかったからな。こうして直々に確かめた」

 なるほど。理には適っている。が、

「限度があるでしょ………!」

おそらくこの性格だ。

 使い物にならなくなるか、堕天使になるかしたら、おそらく速攻で殺されていただろう。

「ねぇバザー。散々不良品だの言っといて負けたんだよ?ねぇどんな気持ち?今どんな気持ちなの?」

ニヤニヤとレイナがバザーを嘲笑う。

「………負けたわけではない。そもそも勝負などしていない」

「あ、負け惜しみぃ?」

 一向に食い下がるレイナに、バザーは眉を顰めている。

「………バザー。わたしの仲間を不良品と言ったこと、撤回して」

まだわたしはバザーを許したわけではない。

「………それは今後のお前の活躍次第だ」

「このしかめっ面は見た目通り頑固だから。それは諦めた方がいいよ」

レイナが助言を挟む。

 ……納得はしていないが、今すべきことではない。

 いつか絶対撤回させる。

「………兎も角、だ。これでお前は晴れて我々大天使の一員だ」

(あ、そう言えばそんな話だったっけ)

 怒り心頭でテストを受けたが、そもそもこれは大天使になるためのテストだった。

 やっぱり大天使にはならない、そう言おうとした瞬間───────。

「今更後戻りは出来ないぞ、No.349」

しまった。退路を塞がれてしまった。

 今考えると、こうなることを見越して、わたしを怒らせたのかもしれない。

 してやられたことに悔やむが、後の祭りだ。

「お前にはレイナとバディを組んで堕天使を討伐してもらう。勿論、今までの仕事も並行してもらう」

「堕天使を討伐すると言われても、わたしは足手纏いにしかならないよ……?」

わたしは権能もなければ、戦闘技術が高いわけでもない。

 どう考えても足手纏いにしかならい。

「レイナから戦闘技術を学べ。ついでに暗殺技術もだ。真面目にやれば一月で仕上がる」

 レイナの方を向く。

 とても強いとは思えない。どこからどう見ても、戦闘という言葉とは縁遠い少女にしか見えない。

「ボクも不本意なんだよ。教えるのはめんどくさいし、そもそも一人でやった方が早いし」

 心底だるそうにレイナはため息を吐いた。

「………以上が、これからお前がやるべきことだ」

 そう言って、バザーが席を立った。

「ま、待って!最後に聞かせて!わたしたち"天使"ってなんなの?!女神様は本当にいるの?!」

 わたしたちは何なのだろうか。

 天使とは、女神とは根本的にどういう存在なのか。

 わたしは、知らなくてはならない。

わたしの発言に、バザーとレイナが動きを止めた。

 二人とも、驚いたような表情だった。

 意外なことに、バザーですら目を見開いていた。

「………天使とはヒトを救済する生き物だ。それ以上でも以下でもない。それと───────」

 だが、それも一瞬で元の顔つきに戻った。

「──────女神なんてものはいない」

(女神様が、いない………?)

「そんな筈はない。わたしは生まれたとき、女神様の"声"を聞いたよ」

 そうだ。わたしは生まれたとき、確かにその"声"を聞いたんだ。

「………声?やはり壊れているのか?」

 不可解そうにバザーが眉を顰めた。

「違うって────────」

「キミもかい!?」

突然、横から大声で何かが近づいた。

 レイナだ。わたしの眼前まで顔を寄せて、興奮気味に問いかけてきた。

「………う、うん。その、ちょっと近い………」

 引き離そうとするが、全然離れそうにない。

 凄まじい体幹だ。こんな華奢な体のどこからそんな力が湧いているのだろう。

「ほら、バザー!ボクの言ったことは眉唾な話なんかじゃなかったろう?!ボクのはいるんだ!」

「………あぁ、どこかで聞いたことがあると思ったら、以前からお前が吐いている妄言だったな」

 一体、何が何やら分からない。

「ウィシュタリア、だっけ。今日からボクがキミのバディ………いや、姉かな?どっちでもいいや!とにかくヨロシクね!!」

 レイナがわたしに抱きつく。

離そうにも、これまた、わたしの力では不可能だった。

「く、苦しい………」

さっきの素っ気ない態度とはえらい違いだ。どうしてこうなった。

(や、ヤバい。本当にヤバい………。呼吸が………)

「………No.6。その辺りにしておけ」

バザーが助け船を出す。

「おっと。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかも。大丈夫?」

「………ごほっ!ごほっ!」

ようやく、レイナから解放された。

(わたし、これからこの子とやってかなくちゃならないの………!?)

 当のレイナは満足げに口元を緩めている。

 その顔ですら、絵になるような美人なのが憎めない。

「………これで話は終わりだ」

バザーがそう言い部屋を去る。

「じゃ、ボクも。また会おうね、ウィシュ」

レイナも笑顔で手を振りながら部屋を後にした。

「………」

 わたしは一人、その部屋で立ち尽くすのだった───────────。



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