3章 第1話 大天使
────あれから、沢山の人を殺した。
これだけ殺せば、誰を殺したなど忘れてしまうと思っていたが、そんなことはない。
今でも殺した人をしっかりと覚えている。
未来永劫、わたしは忘れないだろう。
───色んな人を殺した。
未来に希望が持てず、絶望に打ちひしがれた人。
やはり死にたくないと縋ってきた人。
中には、犯罪者の人もいた。
自分の犯した罪に耐えきれなくて、死を望んでいた。
その人の安らかな亡き顔は、今でも鮮明に覚えている。
こうして、わたしは冷徹な機械として、救済をし続けた────────。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
─────とある廃病院の一室。
その扉の前に、わたしは立っていた。
病院の名前は下北病院。
わたしの拠点であり、仕事以外では収容所と化してる557号室がある、言わばわたしの家みたいなところだ。
ことの発端は、少し遡る。
先ほど、557号室で待機していたところ、頭に直接命令が送られた。
いつもの仕事かと思ったが、どうやら違った。
下った命令は、この病院のとある一室に来いとのこと。
仕方なく、示された通りの座標に到着したところで、現在に至る。
(あれ、この部屋って………)
以前この病院を調べた際、入れなかった部屋だ。
この病院の入れない部屋はいくつかあったが、大きく分けると2種類だった。
それは─────病室と、会議室。
前者はいくつか入れる部屋はあった。
おそらく、入れなかった部屋は557号室と同じで、他の天使たちがそれぞれ待機しているのだろう。
この部屋は後者────会議室だった。
ノックをして、ドアノブに手をかける。
「失礼します……」
おそるおそるドアを開く。
「No.349ウィシュタリアで間違いないな」
部屋に入った途端、確認するような重低な声が降りかかった。
慌てて声がした方を振り向く。
──────そこには二人の人物が座していた。
厳格な顔つきの男。そして、わたしと同い年くらいの少女。
わたしに声をかけたのは、この厳格な顔つきの男だろう。
高い背丈に、角張ったメガネ。
顔も相まって、厳しそうな性格が伺える。
もう一方の少女は、言葉で言い表せないような──────とっても美しい子だった。
見るもの誰もを魅了するような端麗な容姿。
紫がかった絹糸のような黒髪に、ガラス玉のような碧眼。
今までにない、幻想的な印象を受ける子だった。
少女は、気だるそう机に突っ伏してる。
まるでこちらのことなどお構いなしな様子だ。
(天使かヒト………どっちだろう?)
見た目はわたしたち天使と違う。
わたしたち天使は白い服装で統一されているが、この二人はそれぞれまた違った服を着ている。
「ねぇ、なんか動揺してるけど」
少女がこっちを見ながら呟く。
「………自己紹介がまだだった。No.1だ」
「????」
「いや、番号は自己紹介じゃないでしょ。あっちだって困惑してるし。………ボクはレイナ。で、こっちのしかめっ面がバザー」
少女が面倒くさそうに説明してくれた。
「二人は………天使?それともヒト?」
「………お前の質問に答えよう。我々は広義の意味ではお前と同じ天使だ」
バザーが眼鏡に手を添えながら答えた。
「広義の意味では?」
「厳密には違うということだ」
そんなこと言われても、わたしたちと何が違うか分からない。
「………一から説明してやろう。我々は"大天使"と呼ばれるものだ。呼び方を変えるなら────"堕天使特別討伐班"、と言った方が分かりやすいか?」
────大天使。それに、堕天使特別討伐班。
どちらも、聞き馴染みのないワードだ。
けど、堕天使というのは────────。
「お前も知っているだろ。堕天使の存在を」
同じ班のローズを思い出す。
最後にわたしが会ったとき──────わたしがローズを手にかけたとき、ローズはまるで童話の怪物のように恐ろしかった。
アレをより正しく形容する言葉があるなら、"堕天使"と呼ばれるものだろう。
「お前が手にかけたNo.348ローズ。アレこそ堕天使と呼ばれる存在だ」
「堕天使って何………?ローズはどうしちゃったの………?」
「その名の通り、堕天した天使だ。心が壊れるでもなく、狂うでもない。腐ったときにだけ発現する、不治の病だ」
「………ローズは、あそこで生かす方法はなかったの?」
「結果を悔やむのはやめろ。方法などない。一度堕天使化したのなら、それは天使ともニンゲンとも違う─────意思疎通不可の怪物だ」
「そんな………!」
「正確には、アレはなりかけの幼体みたいなものだったが、"具現化"が使えた。どちらにせよ、取り返しはつかない」
「具現化………?」
またしても馴染みのないワードに困惑する。
「自身を
あのときのことを思い出す。
ローズの周りには茨が生えていた。
「No.348が薔薇を意のままに操れるような完全な堕天使になる前にお前が殺したが、それに関してはレアケースだ。大体の場合、堕天使化を果たして、命が尽きるまで堕天使という生き物は暴れ回る」
「……っ!そんなのどうすれば………!」
「そのための大天使───堕天使特別討伐班だ。構成人数は6人。皆堕天使の固有能力に対抗するための"権能"を有している」
「権能………?」
「お前たち天使との違いの一つだ。"権能"は固有能力を打ち消せる、大天使だけの特権だ」
なるほど。堕天使の固有能力は聞いた限りだと、非常に厄介極まる。
わたしがローズを仕留められたのも、まだ完全に堕天使になっていなかったからこそだ。
そして、この脅威に唯一対抗できるのが、大天使というわけだ。
「ま、その分普通の天使と違って、仕事と
レイナがやれやれと肩をすくめる。
「………余計なことを喋るなNo.6」
バザーがレイナを睨む。
当のレイナは面倒くさそうにそっぽを向いた。
………ここまでの話が本当なら、今まで堕天使が暴れ回ったという話題を聞かないのは、一重に大天使のおかげなのかもしれない。
(けど、それはそれとして─────)
「それで、わたしは何でここに呼ばれたの?」
本題をまだ聞いていない。
彼らが何者かはおおよそ把握した。
しかし、ここに呼ばれた理由は見当もつかなかった。
「…………ここからが本題だ。お前を大天使の一員として迎え入れる」
「…………!」
あまりに唐突な話で、一瞬頭が真っ白になる。
「理由から述べよう。我々大天使は6人いたが、先日その内の一人が裏切った。お前はその補充として大天使となり─────」
「ちょ、ちょっと待って!」
まったく展開についていけない。
「"裏切り"ってどういうこと!?」
「………深く語る気はない。ともかく、そういうことだ」
これ以上の追求は許さんとばかりにバザーが睨みつける。
その強い眼光に、わたしは萎縮した。
「………さっき言っていた、"権能"はどうするつもりなの?わたし、そんなの持ってないよ」
そうだ。大天使になれ、と言われても何をどうすればいいか分からない。
その上、権能なんてモノは持ち合わせてない。
「無くてもやれって話じゃない?そもそも大天使っていう存在自体、初めからそうあれと創られたものだもの。実際問題、代えなんて効かないわ」
レイナが横から口をはさむ。
「そこのしかめっ面が言ってるのは形式の話。通常の仕事だけじゃなく、堕天使も殺せってこと。要はキミの仕事が倍増ってワケだね」
バザーがまたもやレイナを睨むが、本人は何食わぬ顔だ。
「どうしてわたしなんかにそんなことを………」
そこまでして、わたしに固執する理由が分からない。
「………はっきり言おう。お前は"不良品"だ」
「…………!」
「………ついでだ。お前に一つ、テストをしよう。
これで心が壊れるか腐るのなら、命はないと思え」
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