2章 第8話 後日談
─────理恵を殺してから、またあの557号室で時を過ごした。
あの後、わたしは跡を残してないのを確認してから、その場を去った。
結局どうなったかは分からない。
ただ、理恵のお母さんは、この上なく、ひどく悲しむことになっただろう。
(…………………)
『………この悪魔め』
理恵の言葉が脳に焼き付いて離れない。
理恵は死にたくないと言った。
その願いに、わたしは応えようとしなかった。
わたしの仕事は、死ぬほど不幸な人を楽にしてあげることだ。
やってることは、善いことで、良いことのはずだ。
だから、これでいいはず、だ。
(─────本当に?)
本当に、本当だ。
これっぽっちも、疑念を抱くな。
(─────本当に、殺すことが救済だったの?リエはまだ生きたいって………。本当に、わたしはヒトを幸せに出来てるの?)
「…………うるさい。………わたしは機械だ。そう、わたしは機械。わたしは機械、わたしは機械……… 」
必死に自分に言い聞かせる。
こうでも考えないと、きっと、わたしは取り返しがつかなくなる。
(ここにいる間は、このことだけを考え続けよう)
理恵が残した傷痕は、たしかにわたしに苦痛を与え続けるのだった────────────。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
──────ウィシュタリアが理恵を殺してから、約二ヶ月。
ここは、とある病院の一室。
そこには、人ならざる者が幾人。
「No.349ウィシュタリア。近いうちに、彼女を我々大天使の一員として迎え入れる。異論はないな」
厳格な顔つきの男が宣言する。
「アンタが言うなら異論は無いが、どういう風の吹き回しだ?大天使は増やさない、って話だったろ?それに、大天使の権能をソイツは使えるのか?」
老けた男が頭をボリボリと掻き毟りながら尋ねる。
「やぁーね、ダンゾウおじいちゃんったら。欠員が出ちゃったら埋めないと組織が回らないでしょ。権能は…………ま、何とかなるわよ☆」
オネエ口調の性別不詳の者が微笑みながら説明する。
「ンな楽天的な………」
「………No.2の言う通りだ。ここはいつでも人材不足だ。権能はどうにか工面する。それと、もう一つ目的がある。────それは、No.349を監視するためだ」
「ねぇーこの話いつまで続けるのー。眠いんだけど。というかボク必要だった?」
気だるげに声を上げたのは、15歳前後の少女だ。
一見、不遜な発言に捉えられるが、それは少女の実力と自信から来るものだった。
事実、この場にいる者の中では、厳格な顔つきの男に次ぐ実力者だった。
「ン〜〜、つまんないのは分かるケド、大人になったらこンなのばっかよ☆慣れなさい☆」
オネエ口調の者がなだす。
「あの髭モジャの野郎は?アイツだけ来ないなんてズルくない?」
「………No.4は仕事だ」
「………アイツに殺されたやつにはどーじょーするよ。きっと原型留めてないでしょ」
うえー、と少女が気持ち悪がるジェスチャーをした。
「まぁまぁ。仲間の陰口は良くないンじゃかしら。さて、さっきの話の続きを──────」
「そう言えば、あの暑苦しいヤツはどうしたの?たしかガイアとか言ったっけ?アイツもいないの?」
「あっ………」
「アラ☆」
少女の不注意な一言に、場にいる者が凍りつく。
「………そいつの名は余程のことがない限り挙げるなと言ったはずだが?」
厳格な顔つきの男が殺気を込めて睨んだ。
並大抵の者なら、泡でも吹いてぶっ倒れるであろう覇気だった。
さっきまで自己中だった少女も、流石に冷や汗を流す。
「…………そうだった……かもしれない。覚えてないけど」
「………次からは忘れるなNo.6」
ガイアという男はこの会議が行われる原因であり、我々から離れた裏切り者だ。
厳格な顔つきの男と、ガイアの仲が最悪なのは、少女を除き、周知の事実だ。
この男の前でその名を出すのは、
「ところで、せっかくだから聞いちゃうケド、あの子どうするの?下手なことでもされたら大変よ」
オネエ口調の者が尋ねる。
「………見つけ次第殺せ。アイツが連れて行った天使もだ」
「おっと、そいつはあんまりじゃねぇか?」
老けた男が反応する。
「危険因子は徹底的に排除する。全ては────計画のためだ」
厳格な顔つきの男は、鋭い目つきで言い切った。
「りょーかいよ☆それで、今度こそさっきの話に戻りましょ☆確か、新人の子を監視するんだっけ?」
「………No.349は例外的な存在だ。ヤツにはしっかりとした"自我"がある。それにも関わらず、すでに18人も殺した」
「ワォ……!」
「そいつは……たまげた」
オネエ口調の者と老けた男が目を見開く。
これは驚くべきことだ。
我々大天使を除いて、一般天使にはほとんど"自我"がない。言わばロボットに近い状態だ。
稀に"自我"のある者も生まれるが、それらは不良品に等しい。
なんせ、そんな天使が人を殺せば、たちまち心が壊れるか堕天使化するのがオチだ。
もし逃げたとしても、仕事を為せなかった自分の存在価値を疑い始める。そうなれば結果は同じだ。
そんな"自我"を持つ天使が18人も殺しておいて、狂ってない。
鋼の心を持っているか。もともと狂っていたか。
そうでなければ説明がつかない。
「監視役はNo.6に任せる。不審な動きをしたら殺せ。………ついでに、お前が持っている殺しの技術を叩き込め」
えー、とダレる少女を無視し、「話は以上だ」と厳格な顔つきの男が切り上げた────────。
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