2章 第6話 真夜中に
────端的にまとめると、理恵はいじめを働いていた。
そして、驚くべきことにその対象は、まさかの遥香だった。
遥香が死んだことによって、理恵の悪行は明るみになったらしい。
今まで取り巻いていた友だちも、危機を察知して理恵から離れていったとか。
それから理恵は学校に通わず、家に引きこもり始めた。
───こうした背景を経て、現在に至る。
「全く、初めて知ったときは、膝から崩れ落ちたわ。……遥香ちゃん、理恵の大切な幼なじみだと思っていたのに」
理恵の母が深いため息を吐く。
それは娘への落胆ではなく、ショックに近そうだった。
この話が本当だとすると、理恵の態度に納得がいく。
理恵が
理恵からすれば、わたしは遥香の友だち。
復讐をしに来たと思われても、なんら不思議なことではない。
(……警戒されたらどうにも出来ない。どうやって警戒心を解こう……?)
そうこう考えていると、理恵の母がわたしの頭にポン、と手をのせた。
「こんな辛気臭い話でごめんね」
「いいえ、ありがとうございます。………聞きにくいですけど、リエのこと、あなたはどう思っていますか?」
純粋な疑問だった。
親は子に対して何を思うのか。
子が悪いことをしたら、"その気持ち"は変わってしまうのか。
「もちろん、私の可愛い娘よ」
一片の曇りのない眼で、理恵の母は言った。
「……それが、悪いことをしたとしても、ですか?」
「
親失格だけど、と理恵の母は自虐的な笑みをこぼした。
「……なるほど」
「ウィシュちゃんのお母さんも、きっとウィシュちゃんを大切に思っているはずよ。親って、そういう生き物なの」
(わたしの、お母さん………)
顔も知らないが、きっとそうなんだろうか。
そんなことを考えていると、理恵の母が思い出したかのように口を開いた。
「あっ、そう言えばウィシュちゃんは今晩どうする?もうあたりも暗いし泊まってく?それとも家まで送ろっか?」
家はない。強いて言えば、あの部屋があるが、帰る気にはならなかった。
「すみません。泊めてくれると助かります」
理恵の母の厚意に甘えて、一室使われてない部屋を借りることにした────────。
夜も更けた頃。
薄暗い部屋の中。
布団の上で、わたしは今回のことを整理していた。
天使は睡眠を必要としない。寝れば人間と同じで疲れは取れるが、不可欠ではない。
こうして夜遅くまで起きていても、疲れは溜まるが、眠気は襲ってこない。
(まさか、ハルカがいじめられていたなんて……)
驚きと同時に、深い無力感に襲われる。
また、気づいてやれなかった。
遥香のことを、全然知らなかったと思い知らされるのはもうこりごりだったのに。
(……駄目だ。わたしは機械だ。そう、機械だ)
このままでは泥沼だ。
今は仕事について、集中しよう。
理恵の母の話が本当なら、理恵は遥香をいじめていた。
それが明るみになり、罰が下った理恵は引きこもりにらなってしまった。
ここまでが聞いた話だ。
なぜ、いじめていたかはわからない。
母も、口にしてくれなかったと言っていた。
これは気になるところだが、ひとまず置いておく。
問題は、理恵がわたしを警戒していること。
遥香の復讐をしにきたと思い込んでいるのか、なかなか意思疎通が出来ないのが現状だ。
(本当に、どうしよう……?)
──────独り考え込んでいたところ、ふと、足音が聞こえた。
(なんだろう……?)
足音は廊下の方から聞こえる。
近づいてきたかと思ったら、そのまま過ぎ去ってしまった。
ドアをおそるおそる開き、音を立てないよう、慎重に後をつける。
ついていくと、玄関前で人影を発見した。
「理恵………!」
「………げ。アンタかよ」
そこに立っていたのは、外出の服を着て、今まさに家を出ようとしている理恵だった。
「何で外に?」
「……そういう気分なのよ。言っとくけど、ついて来ないでよね」
「うんわかった」
「………絶対ついて来るわねコイツ」
半ば諦めムードになった理恵は、ついていくのをしぶしぶ了承した─────────。
今日は夜風が強いせいか、肌寒かった。
周りに人はいない。深夜だから仕方のないものの、寂しさに拍車がかかる。
街灯に照らされた夜道を、わたしたち二人は歩いていた。
「……ちょっと寒い」
「そんぐらい我慢しなさい。というか帰って」
理恵がふてぶてしく返す。
「ん、我慢する」
呆れ顔の理恵だったが、それ以上は何も言わなかった。
「何でこんな時間に散歩してるの………?」
「……昼間だと人の目があるのよ」
「あ、そうか」
今理恵に対する目は厳しい。
人気が少ない夜の方が安心するのだろう。
それにしても、本題に入りたいとこだが、流石に難しい。
ここは何か、世間話から入ろう。
「……あのさ、初めて会ったときリエの他にもう一人いたよね。あの子は?」
取り止めのない話題のつもりだったが、それを聞いた途端、理恵は顔色を変えた。
「復讐するつもりか知らないけど、私にはもう関係ないから」
あ。我ながら失言に気づくのが遅かった。
ただでさえ寒いのに、空気は冷気を増した。
「……えっと、ごめん」
理恵がため息を吐く。
言葉を発す口が重たい。
「………アンタを見てるとアイツを思い出してイライラするわ。いつも私についてきて。そのくせ、辛気臭い顔して、被害者面で」
理恵が憎々しげに言った。
アイツとは、おそらく遥香のことだろう。
「ハルカをいじめていたのはなんで?」
「………はっ、ママから聞いたのね。簡単よ。遥香が大っ嫌いだからよ」
「………ハルカが死んだときも、本当にそう思ったの?」
「…………。やっぱり私、アンタのこと、嫌いよ」
理恵はわたしから顔を逸らした。
わたしも、気まずくて顔を俯かせた。
「………」
「………」
お互い冷たい沈黙がしばらく続いた。
「………はぁ。結局アンタは何しについてきたワケ?」
痺れを切らしたのか、めんどくさそうに理恵が聞いてきた。
このまま話せず終いなりそうだったが、まさかの理恵の方から尋ねてきた。
「……えっとね、わたし天使なの」
「は?ふざけてる?」
理恵が素っ頓狂な声をあげて睨む。
まぁ、それが妥当な反応だろう。
「ふざけてないよ!……それで、わたしの仕事はヒトを殺すことで、その対象がたまたま理恵で………。だから、復讐とかじゃ……!」
「……仮にそれが本当だとして、何でそれを私に言ったの?メリットは?というか、殺したいんなら、話なんてせず殺せばいいじゃない」
「それは………」
何故なのだろうか?
三田亮介のときもそうだった。
………もしかしたら、たいした意味なんてなくて───────。
「そうした方が、いいと思ったから」
「あっそ、話はもうお終いよ。着いたわ」
気づくと理恵の家の前に立っていた。
家に入ると、そのまま何も言わずに別れた。
わたしは、何も考えられず、ただ眠りについた──────────。
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