2章 第5話 夕飯を囲む

「いやーねぇ理恵ったら。友だちが来たんならちゃんと入れてやりなさいな」

「だ、か、ら!!友だちじゃないんだってばママ!!コイツ私をどうにかしようと────」

「ウィシュちゃん。ご飯はまだまだおかわりあるからねぇ」

「聞けって!!」

 今、わたしは理恵と、その母と思しき人と一緒に夕食の席に着いている。

 ───ことの顛末てんまつを話そう。

 理恵の母(多分)の登場で、あの場はなんとか収まった。

 だが、そこからせっかくだし、とひょんなことに夕飯にまで誘われてしまった。

 断る理由もなく、了承した結果が現状である。

「ん、私の顔に何かついてる?」

無意識に理恵母(多分)を見つめてしまっていた。

 雰囲気は全く違うが、顔の輪郭だったり、目元だったりが理恵によく似ている気がする。

「あ、いえ……。その、理恵のお母さん、ですよね?」

 それを聞いた途端、理恵母(多分)の目が光った。

「そうよ〜。やっぱりこの子と似てるかしら?」

「ママそういうのいいから!」

「あら〜。この子ったら照れちゃって」

 くったない笑顔を浮かべる理恵の母とは対照的に、理恵のこめかみには青筋が浮き立っていく。

 なんというか、真逆な性格の親子だ。

(いや、むしろニンゲンにとってはこれが普通なのかな………?)

 天使には女神様という偉大なる母がいる。

 だが、こうして夕食を囲ったり、言葉を交わしたりする機会はない。

「パパ心配してたわよ〜。ほら、理恵ったら部屋からほとんど出ないじゃない。今は仕方ない、って言ってたけど、見るからに顔がゲッソリしてたわよ」

「………ママがなんとしてよ。こっちだって合わせづらいよ」

「ママは何も出来ないわよ。パパは理恵に会いたいって思ってるんだから」

 だから、こういう"親子"の関係は、わたしにとって新鮮なものに見えた。

「美味しいです。おかわりいいですか?」

「はい、いっぱい食べる子は育つわよぉ」

「おい、何さりげなく食ってんのよ」

山盛りによそってもらった白飯を受け取るのを、理恵がジト目で睨んでくる。

「いいじゃない。ほら、理恵もおかわりしない?」

「……はぁ、もういいや。ごちそうさま」

そう言うと、そのまま席を立った。

「───あ、コイツは絶対私の部屋入れないで。絶対だから」

最後にそう吐き捨てると、とうとう行ってしまった。

「……ごめんねウィシュちゃん。理恵ってば、ずっとあんな態度で………」

 理恵の母が申し訳なさそうに謝った。

「いえ、大丈夫です。それよりリエはどうしたんですか?何かあったんですか?」

 ずっと気になっていた。

 なんであそこまで暗い顔をしているのか。

それを聞くと、理恵の母が驚いたように口を開けた。

「あら、ごめんなさい!てっきり知った上でここに来たのかと……。えーっと、なんて説明しようかしら。それとも言わない方が………」

 考え込むようにぶつぶつと、理恵の母は独り言を始めた。

「わたし、知りたいです。リエに何があったのか。そうじゃないと、リエと話せないから……」

 理恵のことを知らない限り、何も進めない。

 聞けることが一つでもあるならば、ちゃんと聞いておきたい。

 理恵の母がこれ以上にないくらい真面目な顔で向き直る。

「本当に、大丈夫?理恵を嫌いになったりしない?」

 とても心配そうな声色だった。まるでこれ以上離れていってしまうのをひどく恐れるような。

「平気です。絶対に見捨てたりしないと誓います」

 万が一、嫌いになっても絶交だとかは決してしない。

わたしと一番仲が悪かったジョンでも、決して消えて欲しいなんて思ったことは、多分なかった。

 そこは言い切れ、とどこからともなくツッコミが聞こえたような気がしたが、気のせいだ。

「──────。ウィシュちゃんって、優しいのね。理恵にも見習わせたいわ」

(……優しい、か)

それを聞くと、ないはずの心が痛む。

 理恵について聞くのは、仕事の一環に過ぎない。

 それに、最終的には理恵を殺すのだ。

 形はどうあれ、わたしは理恵の母を騙していることになる。

 わたしが理恵を殺したとき、この人はどんな気持ちに──────────。

(……いや、やめだ。わたしは機械だ)

 そこまで気持ちを行き渡らせる必要はない。

 まずは、理恵の母の話を聞くことにした。

 


 

 


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