2章 第3話 他の天使
─────あれから、わたしはまた待機命令が出た。
仕事を完遂したら、この557号室で待機するのが規則らしい。
(……待機とは名ばかりの監禁だけど)
この部屋はどういう理屈か分からないが、入った途端ドアがオートロックされる仕様になっている。
このおかげで、外に出る手段はない。
一応窓はあるが、格子があって出入りは不可能だ。
出れるのは決まって、仕事のときだけ。
ここでは何もやることがない。
だから、ただ呆然と時間が過ぎるのを待つ他ない。
(…………)
この部屋は、みんなと初めて会った場所。
まだ仕事に胸をときめかせていた頃の思い出の場所。
───ふと、昔の記憶に思いを馳せる。
ライヤー。ジョン。ローズ。ミカ。
ローズは死んだ。わたしが殺した。
他のみんながどうなったのかは分からない。第一知る由もない。
ただ一つ。紛れもない事実は、誰もここには帰って来なかったこと。
残ったのは、わたし一人だけ。
(…………)
『君にやりたいことはあるか?』
あの時の亮介の言葉が嫌に頭の中に残り続ける。
わたしの、やりたいこと。
そんなものはない。あっていい筈がない。
わたしは人殺しだ。心のない冷徹な機械だ。
今さら自分だけ幸せになって、やりたいことをやるなんて、遥香たちに許されるわけないんだ。
わたしは進み続けるしかない。それしか方法を知らない。
(……ライヤーなら、見つけられたのかな?)
ライヤーはわたしたちの中でも、群を抜いて冴えていた。リーダーシップもあったし、頭の回転も早かった。
それに、優柔不断なわたしと違って、しっかりとした決意を持っていた。
そんなライヤーだからこそ、何か"やりたいこと"を見つけられたのかもしれない。
(まあ、もう………会うことはないだろうけど)
─────どれくらい経っただろうか。
次の仕事が来た。
頭に情報が送られるとともに、ドアが自動で開いた。
いつものように、そこから足を踏み出すと──────。
「……──え?」
"誰か"が通り過ぎた。
慌てて後を追いかける。
「すみません!」
大声を張り上げると、その子は振り向いた。
わたしと同じ服。同じ歳ぐらいの外見の女の子。
見間違いではなかった。
その子は──────おそらく、わたしと同じ"天使"だ。
「………何でしょう?」
感情の起伏のない声が返ってくる。
一瞬呆気にとらわれるが、すぐに気を取りなおす。
「もしかしてだけど、あなたも………天使?」
我ながら素っ頓狂な問いかけだ。
自分から聞いたのにも関わらず緊張が走る。
「……はい」
またもや感情の薄い返答が来た。
「では、これで」
「ちょ、ちょっと待って!」
さりげなく去ろうとするのを、慌てて引き留める。
「えーと、聞きたいことは山ほどあるんだけど……まず、お名前は?」
そう尋ねると、何やらその子は少し驚いた───ようにも見えた。
というのも、その子から表情を読み取るのが難しかった。
まるでお人形のようだった。
無感動で、心のない機械みたいな─────。
(…………!そうか、この子も…………)
「私たち天使に名前など無価値です。番号で呼び合う方が効率的です」
「……番号?」
「…………」
(あ、今の感情は分かった。おそらく呆れだ。こんなことも知らないのか、っていう顔だ)
「……番号は最初に送られた情報に含まれていました」
「……そうだっけ。……そうだったかも」
何も、わたしは送られた情報をずっと記憶しているほどの記憶力の持ち主ではない。
「……私の番号は301。担当区域はここから約20km離れた黒田街です」
「20kmも……!いや、それよりあなたもヒトを……」
「そろそろ行きます」
「ま、待って!最後に一つだけ聞かせて!」
「………」
「あなたはこの仕事大丈夫なの?……もっとやりたいこととかあったりしないの?」
「……一つだけではないですね。まず仕事についてですが、問題は今のところ発生していません」
「そっちじゃなくて、もっと、こう精神的に……」
「そちらも問題ありません。それと、やりたいことについてですが──そんなもの必要ありません」
その子は当たり前かのようにそう言った。
「私たちは女神様の手足であり、機械です。欲望に準ずる感情など、むしろ不要です。──あなたも、それくらいは理解してますよね?」
「わたし、は……」
──その子の言う通り、わたしたちの仕事であり、使命は人の救済だ。
ならば感情は必要なく、機械として徹するのが最もだ。
そう。それがすべきことのはず、だ。
「それでは」
その子は、こちらを気にも留めず行ってしまった。
わたしはただ一人、そこにポツンと残された──────。
───あれから少し、気になって無断で557号室の周りを探索した。
よくよく考えたら、なぜ他の天使がここに居たのだろうか。
調べて分かったことがいくつかある。
まず、ここが病院だということ。
廊下の周りには、557号室と同じようなベッドと仕切りのカーテンがある部屋が沢山あった。
おそらく、これらは病室だ。
いくつか鍵がかかっている部屋もあった。
さっきの子のように、もしかしたらわたし以外にも天使がいるのではないかと、部屋に向かって声をかけてみたりもしたが、返事はなかった。
他にも薬品くさい部屋だったり、手術室らしき部屋もちらほらあった。
しかし、人の気配はこれっぽっちもしなかった。
これらの情報を鑑みて、より正確に言うなら、ここは──────廃病院だった。
いつものように、銃を手にして外に出る。
さっきまで居た病院に目を向ける。
入り口の横には、『下北病院』と彫られたプレートが張り付いていた。
気にも留めたことがなかった建物だったが、今では存在感がより一層増したように思えた─────────。
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