2章 第2話 リョウスケ

「僕を───殺して欲しい。そして、これを最後に─────逃げるべきだ」

「………え?」

 全くの予想外の言葉に、思わず言葉を失う。

 この人は、今なんて言った?

「あ……!すまない、少し語弊だ。君に、これ以上手を汚さす気はない。……君の持っている銃を貸してくれないか?僕はそれで死ぬ」

 そう言い切った亮介の顔は、大真面目だった。

「…………んで。なんでですか!?」

 なんで、なんで死ぬだなんて。

 それも、ミカの選択で殺されなかった命を絶とうだなんて。

「そんなの………あんまりですよ」

「………ウィシュタリアちゃんは優しいね」

「リョウスケさんは………ミカのことをどう思っているんですか。……死んじゃったら、ミカの決意が、想いが、浮かばれません」

 わたしは抵抗されると思っていた。

 そうするのが当たり前だ。

 けど、亮介は自ら死ぬとのたまった。

 ミカが存在意義仕事を捨ててまで導き出した選択を蔑ろにする、最低な行為だ。

 亮介はそのことをどこまで理解して─────。

「………好きだった」

 亮介が口を開く。

「僕はミカのことが………好きだった。歳差が少しあるとはいえ、愛していた」

そう言い切る亮介の眼は、真剣そのものだった。

「だったら、なぜ──────」


「多分、ミカはもうこの世にはいない」


「────!」

「最後に会った日、ミカが、言っていたんだ。『もし明日会えなかったら、もう二度と会うことはない』、って」

 おそらく、それはわたしたちが活動し始めてから三日目の話だろう。

 そして、四日目には亮介のもとにミカは現れなかった。

「でも、それだけで死んじゃったって決めつけるのは………」

「確かに、まだどこかで生きているかもしれない。………けど、どっちにしろミカともう永遠に会えないのなら、僕にとってはこの人生に価値はない。それに、生憎あいにく僕はもう、疲れてしまった」

 そう言うと、亮介は後ろの写真に目を移した。

「天使の仕事は死ぬほど不幸な人の救済、だっけ。なるほど、確かに僕は死にたくなるほど、不幸だ」

 亮介の眼はうつろとしている。

 それはローズの時と同じ──────この世界に絶望した眼だった。


 ──────だからだろう。問わねばなるまいと思った。


「………よかったら、わたしに聞かせてください。なぜ死にたいのかを。そして、リョウスケさんとミカの物語を」

「………なんでだい?言ってはなんだが、君と僕は今日初めて会った関係だ。これ以上、君が深入りする必要はないよ」

 それは、拒絶ではなく、心配から来る言葉だった。

 思えば、天使の話をしてから亮介はわたしを案じて、親身になってくれていた。

 彼にとっては、わたしはまだ年相応の子どもに見えるらしい。

『───逃げるべきだ』

 この言葉も、残酷な仕打ちだと考えたからこそなのだろう。

「リョウスケさん、心配しなくても大丈夫です。確かに、必要のない無意味なことかもしれません。けど、聞かないといけないと思ったんです。それに、わたしはミカの友だちですから」

「…………そうか。やっぱり、君は優しいね」

 長い沈黙の後、亮介は微笑みながらそう言った。


 ─────そして、亮介は語り出した。


 亮介には昔、幼なじみがいた。

 二人はとても仲が良く、時間さえあれば一緒にいた。

 周りからはさんざん恋人だのカップルだの冷やかしを受けたが、それさえ褒め言葉に感じられるほど、亮介は惚気ていた。

 幼なじみも、亮介といるときはいつも楽しそうな笑顔で溢れていた。

 しかし、悲劇は起きた。

 もともと体が弱かった幼なじみだったが、ある日唐突に倒れた。

 そのまま瞬く間に、なすすべなく幼なじみは亡くなった。

 あまりにいきなりで、一瞬だった一連の出来事に、亮介の感情は追いつかなかった。

 しばらくして、この事実に直面出来たものの、生きた心地がしなかった。

 生きる屍というやつだ。いっそ死んでしまってもよいのではと思い始めたとき、奇跡が起きた。

 ミカと出会った。

 もはや運命とさえ感じた。

 死んだ幼なじみに瓜二つの顔立ち、声、心。

 今度こそはと思った。

 今度こそ、大切な子を守り切ると決意した。

 そして、今度こそ永く添い遂げられたらと夢見た────────────。

 

 

「………その結果がこのザマだよ。ごめんね、面白くもない話だったね」

「いえ、面白い話────は失礼ですね。………でも、聞いて良かったと思いました」

 これは、なんの忖度のない言葉だと言い切れる。

「聞いてくれてありがとう。おかげで、なんだかスッキリしたよ」

「………それでも、ですか?」

 勇気を振り絞って、なんとかその質問を口に出す。

「………ああ、それでも答えは変えない。僕にとっての光はもう、消えてしまったんだ」

何を言っても無駄だとばかりに、きっぱり言われた。

「さあ、銃を貸してくれ」

「…………」

わたしにもうなす術はない。

 いや、むしろそれが本来の仕事なのだ。

 わたしは亮介に銃を渡した。

「これが………銃!流石にリアルで見るのは初めてだ。参ったな、ちょっと興奮してきた」

 まるでおもちゃを買ってもらった男の子のように、銃に浸っている。

「本当に良いんですね?」

「………怖くはあるよ。でも仕方がないんだ」

 亮介が銃を側頭部に当てる。

「あ、ウィシュタリアちゃんがまだいるか……」

「わたしはお構いなく。もう、見慣れてますから」

「………ウィシュタリアちゃん。強制はしない。けど、出来ることならこんなことやめて、君は幸せに暮らすべきだ」

 亮介が諭すように言った。

「君は……天使であっても、まだ子どもだ。こんな残酷な目に遭う道理はないんだ!」

「………」

 亮介には悪いが、それは今更だ。

 わたしの心はもう死んでいる。機械となんら違いはない。

「君にやりたいことはあるか?」

「……やりたい、こと」

そんなもの、あるわけない。あっていいわけがない。

「逃げてもいい。君にはやりたいことや夢を望む権利が、あるはずだ」

「わたしは………」

「……………と、説教臭くなってしまったね。僕はそろそろ逝くよ。短い間だったけど、楽しかったよ」

 打って変わって、亮介が今までで一番穏やかな表情をした。


「………さよなら、ミカ」


 発砲音が鳴る。

 同時に目の前の男は崩れ落ちた。

「………わたしの、やりたいこと」

赤い血が床に広がっていく。

 そんな傍らで、わたしは答えの出ない問いを、反芻するのだった─────────。

 



 





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