2章 第1話 三田亮介
仕事を完遂してからいくら経っただろうか。
わたしはあれ以降、557号室で待機命令が出ていた。
電池の切れたロボットのように、ただ虚空を見つめる。
そんな時間にも、とうとう終わりが来た。
頭に痛みとともに何かが走る。次の仕事の通達だ。
……………次も………また、殺すんだ。
送られてきたのは救済対象の名前と概要。
分かりきっていたことだ。これからも殺し続けることくらい。
愚かなわたしは、何も考えなくていい。
考えたからこそ、失敗したのだ。
ならば、何も考えず、従順に言われた正しいことをすればいい。
それが、────────"いい子"のする行いだと信じて。
フードを深く被り込む。
次の任務は、仲間の仕事の引き継ぎ───悪く言えば尻拭いだ。
ミカの失踪によって、失敗となった三田亮介の殺害。
これが私に課せられた仕事だ。
………………。
みんないなくなって、わたしだけ残った。
この仕事を為せるのは、わたしをおいて他にいない。
でも問題ない。二人も殺したんだ。
次は、前よりかは幾ばくか簡単に終わるだろう。
そう思いながら、557号室を後にした。
────ミカはわたしにとって………優しいお姉さんのような存在だった。
見かけの歳も、精神年齢もわたしたちとたいして変わらないはずなのに、どこか大人びて見えた。
だからだろう。わたしは心のどこかで、ミカこそが最も天使らしい子だと思っていた。
でも………ミカには出来なかった。
ミカは失敗し、行方不明となった。
今どこにいるのかは全く見当がつかない。
まず、生きていのかさえ不明だ。
だけど、なぜ失敗したのかはなんとなく分かる。
それは────ミカが三田亮介という人に想いを寄せていたからだ。
ミカは亮介に恋をしていた。
それは、恋愛をしたことのないわたしたちからしても、火を見るより明らかなことだった。
しかし、現実は無常だった。
運命の悪戯か、ミカの救済対象は他でもない亮介だった。
その葛藤は、わたしでさえも計り知れない。
いったい、どれだけ深く絶望したことだろうか。
だからこそ、わたしはミカの決断を非難することなんてしない。
むしろ、一縷の希望を抱いてまでいた。
それは───亮介のところにミカがいる可能性だ。
天使の存在意義である仕事を放棄して、恋に生きる。
そんな夢のような可能性を諦めきれずにいた。
………もし。もし、本当にそうだったら、わたしは亮介を殺さない。
すでに友だちを間接的に追い詰めて自殺させ、ローズをも手にかけた。
後戻りは出来ないと分かっている。
けれど、ミカの恋路をどうして私が踏みにじれようか。
ミカは、私が悪い事をしたら、本気で怒り、本気で心配してくれた。
このグループの中で誰よりも天使らしい友だちだった。
わたしに、もう心なんて無いはずだ。
だから、最後のケジメとして、ミカの幸せがそこにあるなら、祝福をしようと思った。
三田亮介の家の前に辿り着く。
インターフォンを鳴らす。
少しして、声とともに扉が開かれた。
「……どなた様ですか?」
出て来たのは、わたしよりも背丈が遥かに大きい青年だった。
顔立ちが整った綺麗な顔だが、なんだか少しやつれているようだった。
「あの、ウィシュタリアと言います。ミカの友だちです。そちらにミカはいらっしゃいませんか?」
「ミカの……!すまない。僕も行方知らずなんだ。………少し話したいことがある。上がってくれ」
青年はさっきより生気を取り戻した顔になり、家に上がるよう促した。
促されるまま家に上がった。
「粗茶だけど、どうぞ」
「ありがとうございます」
温かい。体がポカポカする。
────ふと、青年の後ろにある写真が目に入る。
「すみません。あの写真は……」
「え、ああこれ?………僕の幼なじみの写真だよ」
少し哀しそうな顔で青年は答えた。
──なぜだろうか。なんだかこの写真の人、ミカにすごく似ている気がする。
「……それでは気を取り直して。初めまして。僕は三田亮介。19だ。それで、ミカのことなんだけど……」
三田亮介と名乗った青年は、はやる気持ちを抑えるように尋ねる。
やはり、この人が三田亮介で間違いなさそうだ。
「………その前に、もう一度確認なんですけど、そちらにミカはいないんですね」
「………あぁ。もう二週間くらい会ってない」
「…………」
やはりミカはここにはいない。
それでは─────この人を殺さない理由がない。
「なぁ、君はミカの友だちなんだろ。僕に、ミカについて知っていることを教えてくれないか?」
亮介が真摯に眼を合わせて、頼み込んだ。
………優しく、したたかな眼だった。
「………分かりました」
別に、天使の話を秘匿する義務はない。
わたしは知っていること全部、亮介に話した。
「………なるほど。ミカは天使で、僕を殺すことが仕事だったのか」
「………すんなり信じるんですね」
「他でもない、ミカの友だちの話だ。信じるに決まっている」
「その………悲しくないんですか?裏切られたとか、そういうのは」
「………けど、結局僕は生きている。ミカは僕を選んでくれたんだ」
だから、悲しみも恨みもないと亮介はそう言った。
「ウィシュタリアちゃん」
「………ん!」
突然、亮介に頭を撫でられた。
わけがわからず狼狽える。
「よく……頑張ったね。ミカだけじゃない。君も辛い思いをしただろ」
優しく、包むように撫でてくる。
それからしばらく、わたしはされるがままだった。
…………涙は、出なかった。
ようやくなでなでから解放されると、亮介が口を開いた。
「ねぇ、ウィシュタリアちゃん。君に2つお願いがあるんだ」
「………なんでしょうか?」
「………君の今回の仕事は僕の救済、もとい殺害らしいね」
そこで亮介は一拍置いて。
「僕を───殺して欲しい。そして、これを最後に─────逃げるべきだ」
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