第1話 たんじょう

 ───わたしはだれなんだろう。

 わたしは………天使だ。名前はウィシュタリア。人々の幸福を願う、女神様のご慈悲で生まれた生き物だ。

 ───このきもちはなんなんだろう。

 きもち?ああ、確かそれも少しはある筈だ。

 わたしたちは機械じゃないんだ。

 仕事柄上、自分で考えなきゃいけないときもあるし。

 このきもちは、きっと、嬉しいだ。

 生んでくれてありがとうの、感謝のきもちだ。

 ───じゃあ、このきおくは?

 ……………わからない。なんだろうこれ?

 自分のもののようで違う誰かのもののような気もする。

 吹けば消えてしまうような残滓。

 今はどうでもいいや。

『新たな天使たちよ』

 突然、思わず聞き惚れてしまうほどの美しく、儚い声が聞こえてきた。

 この声の主は、女神様───お母様だ。

 『今からあなたたちには、ヒトに幸福をもたらすという使命を与えます。これから精進して、立派な天使になれるよう励むように。◼️◼️◼️の名の下に祝福を』

 こういう時、何を言えばいいのか分かっている。赤ちゃんが産声を上げるように、それに対して、相応の返事をしなくてはならない。

『祝福を!』

 これは偉大なる女神様の神言だ。

 そして、生んでくれたお母様からの愛のあるメッセージでもある。

 とっても、嬉しい気持ちだ。

 どんな子だって、親に期待などされたら、嬉しくなってしまうものだ。

 期待に応えなければならない。

 さっきより、より一層やる気が増してきた。

「うっ……」

 頭に痛みが走る。

 天使は直に頭に情報インフォメーションや命令が送られる。

 だから脳に負荷がかかり、これがまた痛いのだ。

 送られた情報は言語や現世の知識、身体からだの動かし方のようだ。

 情報に従い、まずまぶたを開けてみる。

 入り込んできた光に、眼を細める。

 そして、ゆっくりと視界を確保すると、自分の身体が見えてきた。

 華奢な手足。

 金色に煌めく髪。

 未成熟なボディライン。

 よわいは14歳あたりといった外見だった。

 持ち合わせている知識も10代前半の一般教養までだったので、丁度見合っているかもしれない。

 だが一点、ここだけは納得いかない。

「……胸小さい」

 良く言えばなだらか、悪く言えばぺったんこだった。

 いくら14歳でも、もう少し膨らみがあるだろう。

 期待はずれもいいとこだ。

 さっきまでみなぎっていたはずのやる気が一気に低下する。

「おっと、こんなことしてる暇ないんだった」

 情報とともに、命令も送られていた。

 バイタルチェック、着服をし、557号室に向かえというものだった。

 まず、身体に異常はない。

 次は用意されてあった服を着る。

 服はフード付きのカジュアルなものだった。

 下はハーフパンツ、長ズボン、スカートと選択できるように用意されてるようだ。

 わたしはスカートを選んだ。



 ドアをおそるおそる開く。外は無機質な廊下が通っていた。

 早く向かわなければ──────、

「どーん!」

 心臓が高鳴る。突然後ろから体重と柔らかい感触が覆い被さった。

「おはよっ!あなたの髪、とっても綺麗ね!金髪で、サラサラで、いい香り。名前は?」

 ぶつかってきたのは、わたしと同じ天使の子のようだ。

 歳は同じくらい。

 紅色の髪と、明るい雰囲気が印象的な子だ。

 というか、天使は重力の概念とかないと思ってたけど、どうやらまったくもって見当違いだったらしい。

「あ、ありがとう。えーと、名前はウィシュタリアです!よろしく!」

「あたしはローズ。ヒトの世界にある薔薇って植物と同じ名前なの!これからヨロシクね!」

 

 それから、話ながら廊下を歩いた。

「ローズちゃんも下スカートにしたんだ。すごい似合ってるね」

「えへへ。そうでしょ、そうでしょ。ハーフパンツとかもいいなぁって思ったけど。ま、あたしは何着ても似合うからね!」

 えっへんとローズが胸を張る。豊かな果実が揺れた。

 ………わたしと生まれは同じはずなのに、なんであんな大きくて揺れるんだろう。

 自分のぺったんこの胸に手を当てて考えてみる。

「………」

「どうしたの?」

 答えが浮かばないどころか惨めな気持ちになってきた。

 そうか。これがニンゲンで言うところの、いわゆる"嫉妬"というものか。

「?どうしてあたしの胸ばっか見るの?」

 しまった。つい視線がいってしまった。

「いや、なんでそんなに大きいのかなって」

 あ。ド直球に聞いてしまった。

「大きいって何が………、!」

 最初は訳がわからなそうなローズだったが、しだいに何かを理解したのか、顔を真っ赤にしながら身を引いた。

「ウィシュタリアのすけべぇ!!」

 びゃぁぁぁ、と泣きながら逃げていった。

 ……やってしまった。

 こうして仲間とのファーストコンタクトは失敗に終わった。



 目的地に辿り着くと、ローズを含む、わたしと同い歳くらいの4人の子がすでに集まっていた。

「よしよし。もう大丈夫だからねぇ」

 奥の方で、女の子が傷ついたローズを宥めているのが見える。

「よし、これで全員集まったね」

「初対面で泣き負かすとか鬼畜かよオタク」

 二人の男子が近づいて来る。

 片方は赤髪が無造作に整えられている清潔感がある子だ。

 もう片方は……なんか残念系だ。

「おい、オタク今失礼なこと考えただろ」

「別に?」

 本当かぁ、という疑いの目を向けているが無視する。

 赤髪の子と目が合った。

「ああ、自己紹介がまだだったね。俺はライヤー。よろしく」

 挨拶として差し出された手を握り返す。女の子とは違う、ガッチリとした感触だった。

「ジョンだ。よろしくな」

 差し出された手に気づかないふりをして、知らないもう一人の方を向く。

 マジかよ!という声が聞こえたが、空耳だろう。

「ミカです。以後宜しくお願いします」

 ミカと名乗る子がペコリと頭を下げた。

 優しそうな細目をしていて、礼儀正しい、凄い好感の持てる子だ。誰かさんと違って。

「はぁ………。分かった、俺が悪かったよ。許してくれ」

「無理」

「ハハッ!仲がいいな!」

 心底愉快そうにライヤーが笑う。

「なわけねぇです」

 わたしとジョンに心外だ、という視線を向けられ、ライヤーは肩をすくめた。

「あと、泣き疲れて寝ちゃったローズちゃんを忘れないでね」

 ローズはいつの間にか電池が切れたように寝息を立てて眠っていた。

 あ、わたしの自己紹介がまだだった。

「わたしはウィシュタリア。これからよろしくね!」

「ウィシュちゃんね。了解」

 ……以降、"ウィシュ"が、わたしの呼び名で決定した。


 ────わたしたちの担当区域は趙糸街という都市だ。

 この街は交通や鉄道、港などが整備されて急激に近代化を遂げた、国内でもそれなりの都市部にあたるらしい。

 そこで暮らすニンゲンたちを幸せにすると………というのが、わたしたちの仕事らしい。



「よし!じゃあ、向かおう!」

「待って、行動力の鬼やめて。まずは色々決めておこうよ。例えば……リーダーとか」

 ライヤーは思ったより活発的な子だった。

「そうだな。じゃあ早く決めよう!リーダーやりたい子!ハイ!」

 まさかのライヤー本人が元気よく手を上げる。

「あたしもやりたい!」

「なぬぅぅ!」

 ローズが続く。ライバル登場の瞬間だった。

「とっとと決めてくれ」

 ジョンが嘆く。

「まぁ、こういうのもいいんじゃないかしら」

 それを、ミカが面白そうに微笑んだ。

 初めは期待と不安が入り混じっていた。

 ─────けど、このメンバーなら、なんとかやっていけそうな気がした。

 何より、この空気は嫌いじゃなかった。

「そういえばウィシュちゃん。仕事の対象───幸せにするニンゲンを確認した?」

 ミカが尋ねてる。

「あ、まだだ!」

 急いで命令を確認する。

「えっと、わたしの仕事は"趙糸高等学校3年生の七瀬ハルカを幸せにるすること"具体的には………」


「"天使の手によって殺して、その子の魂を天に導くこと"?」


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