天使の少女はきらきら星の夢を見る
べやまきまる
プロローグ
雨が降り
空は黒く、地面は灰色。
とある5階建てのマンション。
駅から近いながら、都内では比較的格安で、一人暮らしには打ってつけだ。
その部屋の住人も、そんなメリットを感じてこのマンションの一部屋を購入していた。
「ごろじで……、おねがい。ばやぐ、殺して!」
目の前で悲鳴を上げるその住人の女性。
引き金をもう一度引く。1度目は逸れて、右肩に当たってしまった。
────2度目は失敗したくないな。
その願いが通じたのか、今度は完全に激しい音とともに、目の前のヒトの命を刈り取れた。
赤い血飛沫が飛び散って、新調したての白い服が真っ赤かになってしまった。
今回はもともと配布されていたヒトの世界に存在する、"銃"という文明利器で殺した。
普通に殺すより効率よく、痛みなく、そして自分の手を出来るだけ汚さないように殺せると思っていた。
しかし命を絶やすことはそんなに甘くはない。扱うには、それ相応の技術が必要だ。
なければ、今みたいに銃弾のある限り、出来るだけ狙いを定めて死ぬまで撃たないといけない。
それでは結局、いつも通り聞きたくも無い悲鳴を聞かなければいけなくて。それが本当にイヤで無意味で無慈悲で─────────。
「…………」
悲鳴を聞きつけた隣の住人が不審に思い、通報したのだろう。窓の向こうにパトカーが到着したのが見えた。
倒れた死体を見つめる。
工藤マナカ。女性で歳は27。数日後に有名な大手との商談を任されてることを誇りに思い、寝る暇も惜しんで働いた立派な社会人であり、ひたむきな努力家、つまりは善い人だ。
そんな善人の、心の陰にある"辛い、疲れた、死にたい"という願望が月日を重ねるごとに増していたのは知っていた。
ヒトの世界によくある過労というやつだ。或いはニンゲン関係の軋轢というやつかもしれない。
だがそんな死にたいという気持ちと同時に、"まだ生きていたい"という願いもあったのも知っていた。
知ってしまっていた。知っておきながら、わたしは前者を叶えた。
マナカのために。
何より、もう何が正しいかわからなくなってしまった自分を肯定するために。
「───ごめんね。バイバイ」
アパートを出ると同時に透明化する。こうすることで足がつかない。
この数日一緒に暮らしただけ女性。そう、ただそれだけだ。わたしはヒトではない。
ヒトに幸せを届ける仕事を生業とする生き物。
死んだ彼女にも仕事があるように、わたしにもヒトを救済するというお仕事がある。
仕事は仕事だ。割り切らないと。
だから、これは仕方なくて、本当に仕方なくて、シカタナクッテ、シカタナイカラ───。
「───早く、帰ろう」
血が飛び散ったフードを被る。何となく被りたくなった。
背中に神経を集中させる。それと同時に、背中からヒトとは決定的に違う器官が生え広がる。
白い白い羽。美しく対称的に広がる翼。
ヒトで言うところのそれは、まさしく天使と呼ばれるような姿だった。
わたしは無心に、まだ白いはずの重たい翼を羽ばたいて、大空へと飛び立った。
雨は轟々と降り頻る。わたし達を見つめず、ただ映すだけの雨粒を零しながら。
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