第2話 はつしごと
「ここがヒトの住む街……!」
ヒトの街は想像以上に明るくて、ヒトでいっぱいだった。
わたしたちは557号室にあったそれなりの通貨、そして────銃を頂戴して"外"に出た。
「今は夕暮れ時だから。夜はもっと、ヒトで溢れているはずよ」
ミカが補足してくれる。
すごい。まだまだヒトが増えるんだ。
見えるものすべてが新鮮で、煌びやかに見える。
それはもちろん、わたしだけじゃない。
「すごい!あれが電車というものか!物凄いスピードで走って行くよ!」
「はしゃぐな。恥ずかしい」
「なんだよジョンにはロマァンスがないなぁ」
「イントネーションきもいな。やめろそれ」
「何あのお洋服、とってもオシャレ!」
「ええ、とっても綺麗。見惚れちゃうわ」
ライヤーは乗り物に目を輝かせ、ジョンは悪態をつきながらも心なしか楽しそうだ。
ローズとミカは、お洋服の店を見つけては、楽しそうにはしゃいでいた。
「なんかウィシュ元気ないわね。もしかしてつまんない?」
不意にローズが尋ねてくる。
「いや、楽しいよ!ただ、初めての任務に緊張してて。手放しにはまだ楽しめない……のかな?」
「のかな?って。なんであんたがわかってないのよ」
自分でも、なんでこんな気持ちになるのかわからない。
喉に骨がつっかかった感じ。
なんとももどかしい。
「………そうだね。浮かれる前に、ひとまず真面目にグループ内で情報を共有しよう。俺たちの仕事はヒトの幸せを願い、それを与えること。ここまではオーケー?」
ライヤーの言葉に、みんなが気持ちを切り替えて、了承の意として首を縦に振る。
ちなみに、リーダーはじゃんけんでライヤーとなった。
負けたローズは副リーダーという形で落ち着いた。
「具体的には天使が手を下す、だっけ」
「そうだな」
「だけど、殺すとかどうとか言われても………わたしにはその、よくわからないよ。何をすればいいの?」
わたしには、よくわからない。
まず、ヒトの幸せの基準というのがわからない。
ヒトとは、わたしたち限りなく似ている別種だ。
言葉が通じるだけで思想や価値観はおそらく異なっている。わかりやすい感覚で言えば、ヒトは異国民に近い。
仕事から察するに、おそらくヒトは死ぬことが幸せなのだろう。
わたしたち天使からしたら、全くわからない願望だ。
「ホントによくわからないわよね、ヒトっていう生き物は。死ぬのが幸せなんて、天使じゃ想像もつかないわ」
ローズが肩をすくめながら言う。
疑問を抱いたのはわたしだけじゃなかったみたいだ。
みんな口々におかしいと言い合った。
「ヒトは俺たち天使とは価値観が違う。考えたってしょうがねえよ。とりあえず、今は目先の仕事のことだけを考えるぞ」
ジョンが脱線しかけた話を修正する。
「その通りね。実行をいつにするか決めましょう。対象を観察する期間を含めると……4日後くらいが妥当かしら」
ミカの案にみんなが頷く。
それからしばらく話し合っていくつかルールを決めた。
ルールその一 困ったことがあったら相談!(些細なことでも)
ルールその二 毎夜12時に駅前の百合池公園に集合すること!出来なかったら誰かに連絡!
ルールその三 決行は明日から数えて4日目!厳守!
ルールその四 全力で取り組むこと!
これらのルールを破ったら仕事完了後にみんなに駅前のクレープを奢ること!
以上の内容が厳守となった。
ちなみに、最後の一文はわたしが考えた。
みんなと話し合ったおかげか、さっきのもどかしい感じが消えた。
その後、仕事は明日からということに決まり、みんなで街で一番大きいデパートに行った。
ライヤーはデパートのガラス窓から電車が通り過ぎる様をずっと見つめていた。
特に新幹線というのに気に入ったのか、その良さについて目を輝かしながら語ってくれた。正直よくわからなかった。
ローズはミカを連れてファッション専門店をまわっていた。女神様のように華麗になりたいと、のたまいていた。
ミカはローズに振り回されていたが、正味、満更でもなさそうだった。
その光景は、わんぱくな妹と優しいお姉さん、みたいでとても絵になるものだった。
ジョンはインターネット機器を見に行くといってその日は会えなかった。
「オタクら、特にウィシュははっちゃけすぎんなよ」と言っていたが、何気にこいつが一番楽しそうだったかもしれない。
そしてわたしは………………、
「おいしい!これすっごくおいしい!」
カフェに来ていた。
ニンゲンの街で、一度は行ってみたかった場所。
ヒトの幸せはよくわからないが、自分の幸せはごはんを食べる時。
特に、スイーツを食べる時。
実際食べた事はないのになぜか、確信をもってそう言える。
うっすらとした知識にあるスイーツは、ケーキ、チョコ、クレープ、パフェなどなど。
とにかくスイートで、ときにビターだったりサワーだったり、全女子を甘い誘惑に誘う悪魔的な食べ物だとは知っていた。
だが────────、
「こんなに美味しいなんて!」
鼻腔をくすぐる甘い香りと甘味が、これでもかとわたしを優しく包む。
ただ甘味というものは、さりとてやはり飽きが来てしまう。
そんな時に紅茶だ。
口に溜まった甘味を洗い流し味覚をリセットしてくれる。
この永久機関に入ったらもう抜け出せない。
生まれて初めて味覚という感覚器官があることに頭を下げるほど感謝した。
天使が軽率に言ってはいけないだろうがここが天国だ。
「そんなに美味しい?」
ふと知らない女性が話しかけてきた。
年齢はわたしよりちょっと上、だいたい……ヒトで言うと確か高校生というものだろうか。
髪は茶色でショートカットになっていて、左に下げている小さい三つ編みがチャームポイントになっている。
なんだか、小動物のような愛くるしい雰囲気がある。
服から見るに、おそらくこの店で仕事をしている者なのだろう。
「うん、どれもすごく美味しい!」
「良かったー。素直に美味しい、って人に言えるのはすっごい美徳だと思うよ」
そう褒めると、優しく笑顔で微笑んだ。
「わたしはね、美味しそうに食べる子を見つめてるときが至福なんだ」
そう言うと、わたしと視線を水平に合わすよう
「そんなのが至福なんてもったいないよ!いや、他人の幸福を喜ぶことはいいことだけど!だけど……そうだ、店員さんもこれ食べなよ!すごく美味しいよ!」
そう言ってクレープをさしだしたが、
「あははっ、大丈夫。この店のクレープは食べ飽きるほど食べちゃってるから。なんなら、今日も
賄……。
この店で働けばクレープが毎日食べられるのか。
想像しただけでゆだれが垂れそうだ。
「ゆだれ垂れてるよ」
垂れてた。
ひっそりと教えてくれたことに感謝する。
「わたしもこの店で働きたいです!どうすれば入れますか?」
「──────そうね、まずバイトは高校に入ってからだね。えっとあなた今中学の何年生?」
中学……。
ヒトは学校という教育機関で学んだりコミュニティを築いたりすることは知っている。
わたしはぱっと見、中学生に見えるのだろう。
実はまだ生まれて数日です、とは言えないので、2年生だと答えた。
「じゃあ再来年かぁ。ちょっと遠すぎるかな。その頃にはわたしはもうここにはいないかもなぁ」
「そんな……!」
がっくりと肩を落とす。
このヒトがいないなら、話は変わってくる。
バイトをするのはちょっと怖い。
なんせ知らないヒトだらけだ。
そんな環境で、ヒトの身振りができる自信がない。
それに、いるとしても短い間だけなのだ。再来年は待てない。
「あはは、そんなに落ち込むなんて。……ぷくくっ。やっぱりあなたって面白いわね」
腹を抱えて笑いを堪えてる。
なんかムカッとする。
「ははは、ごめん、ごめんって。……あー、こんなに笑ったのは久々だよ。そんなに睨まないで。あ、そういえば名前聞いてなかったよね。せっかくだし、名前教えてくれない?」
「名前は……ウィシュタリアといいます」
こういう時は偽名を名乗れとローズに言われたが、このヒトに嘘をつくのはなんだか
「へー、やっぱり外人さんなのかな?その金髪凄い綺麗だね」
「……友達からも褒められたんですけど、そんなにですか?」
褒められると照れる。
たとえ、髪なんて自分で選べない才能であっても。
「うん、超綺麗。染めてない素の金髪は初めて見たよ」
お姉ちゃんがわたしの髪に触れる。優しく撫でられているようで心地がいい。
「えへへ。ありがとう。お姉ちゃんも髪綺麗だよ────」
「おい、七瀬!早く厨房に来い!」
厨房の方から怒鳴り声が聞こえた。
その声は怒気を多分に孕んでいた。
「あー、やっば。もう行かなくっちゃ。仕方ない、またね!わたし、この店が開いている時はずっといるから。また会おうね!」
どうやらお姉ちゃんは忙しいらしい。名残惜しいが、お姉ちゃんのためにも別れなくてはならない。
─────一つ聞き忘れていた事を思い出した。
「あ、お姉ちゃん!名前は!?」
急いで戻ろうとしてるお姉ちゃんを呼び止めた。
いきなりの質問に、「おっとっと」とつんのめりに止まったお姉ちゃんは振り向いて、
「あ!そっちは名乗ったのに名乗り忘れちゃった!ごめんね!わたしは─────」
一拍、間をおいて、
「わたしの名前は七瀬遥香!またのご来店をお待ちしています!」
その名前は───────。
『七瀬遥香を殺せ』
頭に記録された仕事の対象は"七瀬ハルカ"。
走り去ってゆく女性と、紛れもない同一人物だった。
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