第3話 思考逃走

 1日目は対象の調査で終わった。

 今は24時。今日と明日の境目さかいめであり、報告会の時刻だ。

「うーん。鈴原って子、ぱっとしなかったわね。なんていうか………暗くて薄気味悪かったわ」

 ローズがう〜んと嘆く。

「そういうこと言わないの。まずは話してみることよ。あぁ、とても優しい殿方だったわぁ」

 なぜかうっとりとしているミカが、ローズに指摘する。

「さっさと始めてくれライヤー。リーダーだろ」

「よし、全員集まったね。じゃあ進捗報告会を始めよう!」

 ライアーがいつもより声を小さくして話し始める。

 現在時刻24時。

 よい子はとっくに寝てる時間。

 近年、子供のいこいの場が減っている都会にしては比較的広い公園で、5人の人が集まっていた。

 否、それは人とは違う、もっと幻想的な種族────天使だ。

「ライヤー、まだちょっと声大きい。ヒトの警察に見つかって補導されたら面倒だよ」

 出来るだけ声を小さくして話しかける。

 無論私たちは透明になっているので、多分見つかりはしない。

 だけど、やはり心臓に悪いということには変わりない。

「すまん。もっと小さくして続けるよ。多分今日はみんな対象を探して接触、もしくは観察しただろう。それの報告をしよう。まず俺から。俺の仕事対象は水野ユウマ。35歳男性の一般的なサラリーマンで家はアパートの一人暮らし。性格は温厚で、困った時によく頼られている。接触はまだしていない。以上だ」

 報告はこの形式で進めるらしい。

「次はあたしがいくわ。仕事対象は鈴原ミヤコ。15歳女性の中学生。性格は……悪い言い方をすると根暗ね。わたしとは馬が合いないわ。接触はまだよ」

 ローズはそのミヤコという子に好感が持っていないらしい。

 確かに好き嫌いは天使であろうと存在するだろう。

 だけど─────、

「やっぱり、話してみないとわからないこともあるよ!もしかしたら、その時たまたま、その、気分が優れなかったとか……」

 第一印象だけで、それも遠目から眺めただけで全てを決めるのは、違うと思った。

「……そうね。ちょっと観察しただけで決めつけるのは良くないわね。反省するわ」

 胸を撫で下ろした。

 伝えたいことを全て伝えられたとは思えないが、言えて良かった。

「次はわたしが。わたしの仕事対象は三田リョウスケ。19歳男性。接触してわかったことは………とっても優しいヒトだってことよ」

 そう言って、ものうつつ気に頬を蒸気させていた。

「またその話?今日何回目よ。なんだか凄い惚気のろけてない、ミカ」

 そう言いながら、ローズが眉をひそめる。

「そう、あれはお昼の出来事。昨日買ったハンカチを落としてなくしてしまったの。その時とっても悲しくて。人目のつかない所で泣いてたら、気さくに彼が『大丈夫かい?』って言いながら無くしたハンカチを見つけて、渡してくれたの!ああ、あの瞬間は本当に忘れられないわ。まるで王子様みたいに……」

「オタク、もしかしてだが、その男に恋なんてしてないだろうな?」

 ミカがびくっと震えた。

「正気かよ。これから殺す相手だぞ」

 ジョンが睨む。当たり前だ。

 仕事上それは決して結ばれない恋なのだから。

「まぁまぁ落ち着こうよ。ほら、ひとまず報告会だ。次行こ次。頼むよジョン」

 ライヤーが仲介に入る。ミカの憂鬱気な顔が気になったが、今は意識しないことにした。

「………はぁ。僕の仕事対象は篠原アキヒコ。5歳男性。接触したが5歳の割に肝の据わったガキだったよ。以上だ」

「ジョンもガキだから仲良しじゃん」

「テメ」

「どうどう。ウィシュもあんまり喧嘩腰にならないでくれ」

 またしてもライヤーが仲介に入る。苦労人だなと思った。他人事ではないが。

「それで?どんな風に接触したの?」

 ローズが興味あり気に問いかける。

「あー……昼ぐらいだったか。あっちから話しかけてきてよ。この公園でちょいと追いかけっこをしたんだよ」

 良かった。

 あきらかに目つきの悪い不審者ジョンが子どもを追いかけたのだ。

 十分通報されていた可能性もあった。

 それにしても、こんないかにも不審者ですよー、といった見た目の年上に話しかけれるなんて、本当に凄い子だ。

「なんだオタク。真顔で黙って見つめられると怖いんだが」

 ジョンがなぜか引き気味に怯えた。

「じゃあ最後、ウィシュタリア」

 とうとうわたしの番が回ってきた。

「わたしの仕事対象は七瀬ハルカ。17歳の女の子。2回会ったんだけど、とってもいいヒトだったよ!」

 1回目はあのカフェで。2回目は今日──厳密には昨日だが──学校からの帰路の途中に偶然を装って接触した。遥香は心底驚いていたが同時に嬉しそうだったので安心した。まぁその後すぐバイトで行っちゃったから話せたのはほんの数分だけだったけど。

「これで全員か。今のところ問題はないか?ないなら今日は解散だけど」

 ミカが気がかりだったが、「心の整理がすぐつかないだけだから大丈夫」とのことだった。

 まだ気になるところはあったが、これ以上の追求はやめてあげることにした。

 結局みんな異議なしだったので、この日はこれで解散した。



「へー。じゃあまだケーキ食べたことないんだ」

「うん。ハルカのカフェ、丁度品切れで食べれなかったんだ」

 ここは都心から離れたとあるカフェテリア。

 遥香いわく、ここはあまり知られていない穴場のカフェらしい。

 舗装されていない坂を登って徒歩30分くらい。

 周りは木々で茂っていて、都会の喧騒や、灯火が干渉しない神秘的な雰囲気があった。

 内装はヒノキを使ったレイアウトで、机や椅子が切り株を模した形状をしている。

 THE森のカフェといった感じで、とてもリラックス出来るところだ。

「そういえばウィシュちゃんは誕生日いつ頃?」

「誕生日は……2日前ぐらいかな?」

 嘘はついてない。

 だけど、質問が質問なだけに、曖昧な答え方をしたせいで罪悪感が残った。

「2日前!?あの時誕生日だったの!?それならそう言ってよ」

 遥香はもーと嘆くと、それから少し考えこんで、

「…………よし!今度わたしがケーキ作ってあげるよ!」

「え、いいよそんな」

「もー!こういうのは気持ちだよ気持ち。わたしが作りたいから作る。借りだなんて思わなくていいから」

「………うん。わかった」

 このまま断り続けても、引き下がってくれそうになかったので受け入れた。

 それに、なによりそう言ってもらえてとても嬉しい。

 人でないわたしが、認めてもらえたような気がした。

「なんかこういうの友だちみたいだよね」

 ふと遥香が窓に顔を向けながら言った。

 死角のせいで、顔はよく見えない。

「?"友だちみたい"じゃなくて"友だち"でしょ」

 少し不安になったけど、なんとか声は震えずにすんだ。

 わたしは天使で、遥香は人。

 遥香はわたしの殺害対象であり、友達。

 …………なんとも酷い矛盾を抱え込んでいる。

 けど、今だけはこの構図を無視していたかった。

「ふふっ。そうだよね」

 遥香が振り向く。

 その目は、心なしか輝いてるように見えた。

「よし!じゃあ、友達のために全身全力でスペシャルケーキを作らしてもらうね!」

「そこまでしなくても……」

 …………どうやら闘志に燃えて、こちらの声がまったく聞こえてないようだ。

 仕方なく、遥香が落ち着いてくれるまで頼んでいたカプチーノを飲んだ。

 少しほろ苦かったが、甘いようにも感じた。



 燃ゆる闘志はなかなか消えてくれず、結局暗くなるまで遥香はケーキのアイデアスケッチを描き続けた。

「暗くなってきちゃったね」

「ごめんね。熱中しすぎちゃった」

「わたしのためにしてくれたんでしょ。なら構わないよ」

 空を見上げれば橙色に段々紫のレイヤーがおおい被さるように侵食していく。

 後もう少し待てば、やがて真っ黒がこのキャンバスを覆い隠すだろう。

「そっかー。友だちってなんかいいね」

「ハルカは今までいなかったの、友だち?」

「うっ………。いるし、友だちぐらい。……少ない、そう少ないだけでいるし!」

 疑念の眼差しで見つめる。

 段々と遥香の頬が蒸気して、やがて真っ赤になった。

「なんか……ごめんね?」

「やめて!その反応が一番嫌なの!!」

 ちょっと興奮している自分がいたが、遥香がそろそろ泣きそうな顔をしているので、止めることにした。

「ひどい!もう知らない!」

 ふん、とそっぽを向かれた。駄々っ子か。

 これでは、どっちが年上なのかわからない。

「ふふっ。まるでわたしがお姉ちゃんになったみたい」

「ふーんだ。何を言おうがお姉ちゃんは私だよー」

 年上としてのプライドなのか、そこは譲らないと一点張りだった。

 それから、少し歩いて駅前近くまで来たところで、

「あ!あそこ今人気のクレープ屋さんだ!夜ご飯大丈夫?大丈夫なら、寄って行かない?」

 目の前にはレンガ造りの店が建っている。

 窓や壁には割引やクーポン、メニュー表がお洒落に散りばめられていて、独創的なお店だった。

「あ、これこれ!新作のチョコいちご大福クレープ食べようよ!」

 目を輝かせながら誘ってくる。

 なんだその美味しいことが約束されたクレープは。

 想像しただけで喉が鳴る。

「もう、ウィシュちゃんったら。顔に食べたいって書いてあるわよ。仕方ないわね。ここはわたしのおごりで────」


「あっれぇー、遥香じゃん。元気してた?」


 遥香が言いかけたその時、後ろから声が降りかかった。

 振り返って声の主を見つける。

 ──────なんか、怖い。

 今まで会った人の中で一番鋭い、まるで獣のように睨み殺すような高圧的な目をしている。

 人数は二人。

 二人とも遥香と同じ制服を着用している。話しかけて来た方はショートで茶色っ気のある髪をしている。もう片方はツーサイドアップの髪で腕に赤いミサンガをつけているのが特徴的だ。

 遥香の友だちなのだろうか。

「この時間あんたバイトあったはずだけど……もしかしてサボったの?あーあ、知ーらない。店長にいいつけてやろ」

「店長さん怒ってるだろうなぁ。今度はあんなのじゃ済まないだろうね」

 いや、違う。本当に友だちならこんなひどいこと言わない。

 種族が違くても、流石にその雰囲気ぐらいわたしにもわかる。

「ちょっと、それはあんまモゴッ────!」

 反論しようとしたその時、遥香に口を塞がれた。

 理由はわからないが、我慢してとばかりに強く塞がれたので抵抗するのはやめた。

「────あー……、忘れてた。店長にはごめんって伝えといて」

 遥香は二人に「やっちゃったー」と言いながら、笑顔を振りまいた。

 ────強がりだ。顔は引き攣ってるし、何より、わたしの口を押さてる手が震えている。

「今すぐ謝ってくれば?もう手遅れだろうけどw」

「それより、何その態度?ちょっと調子乗ってない?」

 遥香は何も言わずにうつむいてる。

 顔は見えないが、どうなっているかぐらいは察せる。

 彼女たちは、遥香のことを嫌っている。

 過去に何があったが知らない。

 だけど、まるで遥香を言葉のナイフのように刺したり、抉ったり、踏み躙ったりしているみたいでなんだか、すごくイヤだ。

 遥香は悪い人じゃない。

 やりきれない感情が心に降り積もる。ヒトはそのゴミ溜めが山になると、やがて激情となり爆発する。

 それは、同じく天使にも言えることだった。


「────ハルカの悪口を言うな……!」


「は?」

「誰?コイツ?」

「ちょっ、ウィシュちゃん!?」

 ちっ、と舌打ちをする。声が小さかったか。

 柄の悪い二人はいぶかしげにターゲットを変えた。

 遥香がギョッとした目でこちらを見つめている。

「ハルカの悪口を言うな!」

「ウィシュちゃん!わたしは大丈夫だから!」

「ハルカは黙ってて!」

 遥香は驚いただろう。こんなわたし、自分にすら見せたこと無かったのだから。

 煽りに弱いのはわたしの短所だが、友達のために怒れるのはある意味長所かもしれない。

 充満していたイヤな気配は霧散した。

 あるのは乱入者に向ける困惑の眼差し。

 そのおかげで、心に多少の落ち着きを取り戻した。

 ………怖いが、まだ戦える。

 こうなったら誰が善いとか悪いとか知るもんか。

 とことんまで遥香の良いところを熱弁してやる。

「ハルカは……そりゃ悪いこともするだろうけど、良いところもたくさんある!何事にも一生懸命で、優しくてそれから、───モゴッ!」

「あー全くもう!しょうがない!逃げるよ!」

 顔を赤らめた遥香が、わたしの手を引いた。

 顔は真っ赤だったけど、なんだかき物が取れたようにも見えた。

「あ、おい、待て!」

「マジで店長にいいつけるからな!」

 わたしは何も言わず、遥香に引かれるままにその場を離れた。



 暗い暗い夜道を手を引かれながら走った。

 後ろから静止の声が聞こえたが、それもだんだんと小さくなり、ついには静寂となった。

 それもそうだ、なんせ──────、

「………はぁはぁ、さっきのカフェまで戻って来ちゃったね」

 周りは木々や草で茂っている。

 がむしゃらに走った結果、さっきのカフェまで戻って来てしまった。

 今の季節は夏と呼ばれるものだ。

 走ったせいでお互いに汗で蒸れていて気持ち悪い。

「ごめんなさい。ついカッとなっちゃって………」

 熱気が冷めて振り返ってみたら、あれはただの蛮勇だった。

 熱くなる意味もなければ権利もない、むしろ遥香の友人関係の溝が深まった分、余計に迷惑をかけたかもしれない。

 遥香が無言で近づいてくる。

 反応が怖くて、目を瞑った。

 もしかしたら、このまま絶交になっちゃうんじゃないか、とまで考えてしまう。

「ウィシュちゃん」

「………ごめんなさい」

「ありがと」

「………え?」

 拍子抜けだった。

 てっきり叱られるかと思った。

「あそこで怒らなきゃいけないのは本来わたしだった。ありがとね、わたしの代わりに怒ってくれて」

 頭をぽんぽんと軽く撫でられた。なんだか、もどかしい気分だ。

「………うん。でも、今度あんな状況になったら、ちゃんと怒るんだよ!いくら優しくても怒らなきゃダメだよ!」

 とりあえず釘は刺しておく。

 そうでもしないと、これからも一方的に痛い目に遭うだろうから。

「う〜ん、まぁ出来るだけ頑張ってみるよ」

 曖昧あいまいな回答だったけど、とりあえずはよしとした。

「あちゃー。真っ暗になっちゃったね。大丈夫?お母さんとか心配してる?」

「わたしは大丈夫。ハルカは?」

「──────うん、こっちも大丈───あ!」

 何か思いついたかのように、突然大声を出した。

「ねぇウィシュちゃんさ、いいこと思いついちゃったんだけど──────」

 遥香が楽しそうにニヤつく。まるで、イタズラする子供のような無邪気な笑みだった。


「今日さ、キャンプしない?」






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