第6話 電脳想像

 ───早朝と言われたが、正確な時間がわからないため6時に公園に来た。

 夜が明けたばかりでまだ少し暗く、公園には霧が差しかかっている。

 公園ではライヤーだけが待機していた。

「おーい!ウィシュ!」

 遠目で気づいたのか手を振ってきた。

「他の皆んなは?」

「ミカとローズはもう行ったよ。ジョンはまだ来てないかな」

「もう行ったって………。もしかして、暗殺に?」

「うん。二人とも、覚悟が決まったみたいだ」

「そっかローズはもう………」

 天使の性能ちからとしっかりしたプランさえあれば、暗殺は他愛ないはずだ。

「………ローズ、お前に謝ってたよ。カッとしてごめん、って」

「そんな……謝るのは無神経だったわたしの方なのに」

「あいつ、結構ミヤコちゃんと仲良くなってたんだ。ローズがミヤコちゃんと一緒にオシャレを学んでるって、嬉しそうに言ってた」

 ………知らなかった。わたしの話を聞いて、真摯に接し方を考えてくれたのか。

 あんな無神経だった自分に、腹が立つ。

「罪悪感を抱く必要はないよ。ローズにも言ったけど、これは本当に難しくて、辛い話なんだ」

「………ライヤーはどう思ってるの?」

「俺は……仕事を遂行すべきだと思ってる」

「それは………なんで?」

 ごくり、と唾を飲む。

「いつだったか、ヒトの幸せについて話したよね」

 ヒトの幸せは死ぬことだと。だからこそ、我々は死を届けるのだと。

 わたしはそれは間違っていると思う。

 だって、幸せを手に入れるために生きてるのに、死が幸せなんて、そんなの皮肉すぎる。

「俺はアレ、あながち間違いじゃないと思う。幸せを手に入れるために生きるのは、とっても辛くて、苦しいはずだ。それこそ死にたくなるくらいに」

「どうしてライヤーにはわかるの?」

「そりゃ、見てきたからだよ。水野ユウマというニンゲンを」

 ────そこから始まったのは、悲惨で、報われない物語だった。

 死んだ親の莫大な借金を課せられ、それを返すために汗水垂らして働く日々。

 繰り返される地獄。永遠に訪れない希望。死すら楽園に思えるだろう人生。

 眼の光なんて、もうとっくに修復不可能なくらいに黒ずんでいた。

「………だけど、彼は踏ん切りがつかなかった。楽園の片道切符を握りしめたまま、使わなかった。それはきっと、人生から逃げることが怖かったんだと思う。そんなヒトたちの後を押すのが、きっと俺たちの役目だ」

 ライヤーはそう言って、どこか遠くを見上げた。

「………つまり、わたしたちの仕事はヒトの幸福に本当に繋がってる、ということ?」

「そう。きっと俺たちは、死んだ方がマシなほど不幸なヒトを限定的に救うために、遣わされたんだ」

「でもハルカは違う。死にたいだなんて一言も言っていない」

 遥香はそんな悲惨な人生、送っていない。


 ─────いや、本当にそうだろうか?


 遥香の友だちの態度。バイトの話。

 わたしから見ても、優れているとは決して言えない環境だ。

 ……身体から熱が消えて行く。

 無意識に、遥香は幸福だと思っていた。

 けど、それはわたしに見せてくれた側面の一つに過ぎなかったというショックが、体を縛った。

「一応これでもリーダーだ。みんなの対象も一通り調べたよ。例外なく、どれも悲惨な人生だった。………本題から少し逸れたね。とにかく、俺は、殺す。覚悟はとっくに決まってる」

 迷いなく、真剣な眼差しで答えた。

「ミカも殺すと決めたらしい。きっちりと、割り切れたみたいだ」

 ミカの、リョウスケについて語っている時の顔を思い出す。きっと、断腸の思いだっただろう。

「ウィシュはどうする?俺は───お前の答えが聞きたい」

 ライヤーが真っ直ぐな顔で問いかけてくる。

「わたしは────」

 まだ、答えは出てない。

 今の話を聞いて、もっと答えが出しづらくなった。

 遥香の考えてること。分かっていたつもりなのに、もう何も分からなくなってしまった。

 ………だから─────────、


「聞いてみる。ハルカは幸せかどうか、死にたいと思ってるか、答えを聞いてから、全てをハルカに教えて、一緒に考える」


 朝の公園に静寂が流れる。

 ここまで来て、まだ決断しきれない優柔不断な上、自分だけの責任にしないのは、ただの卑怯だと分かっている。

 また叱られるかもしれない。

 それでも、遥香とじっくり話し合った上で、決断したいのだ。

 死ぬかどうか決める権利は天使でも、女神様でもなく、そのヒトにあるはずだ。

 この数日で、いくら女神様の命令でも、わたしたちがやろうとしていることは無理強いとしか思えなくなった。

 勝手にこっちの価値観で「可哀想だ」と決めつけて殺すのは、ただの傲慢だ。

 だから、腹を割ってお互いに話し合ってみようと思った。

 それが最適な答えだと信じた。

「………ウィシュ、それがどれだけ難しいことか分かっているのか?」

 ライヤーの表情は固い。当たり前だ。

「分かってるつもりだよ。時間がかかるかもしれないし、リスクもある。もしかしたら、より悪い方向に傾くかもしれない。けど、わたしは──────!」

「話、なげぇんだよ」

 最後の一言を言おうとした瞬間、背後から不意に叩かれた。

 いつの間にか来ていたジョンの仕業だ。

「ちょっと、何するのジョン!もうすぐ終わるんだから待っててよ!」

「ライヤー、こいつは馬鹿だ。そして熱が入ったら話を全く聞かない。こんなヤツに説教するだけ時間の無駄だ。潔く折れた方が楽だぞ」

 わたしに指を差しながら、そう言った。

「はぁ!?馬鹿っていう方が馬鹿ですよばーか!!」

「ほらな」

「あははは!こりゃ参ったわははは!」

 ライヤーが目に涙を浮かべながら爆笑した。

「何笑ってんのライヤー!こっちは真面目な話してたんだよ!」

 まだヒクヒクしていて笑いを隠しきれていない。 

「あー、もうどうでも良くなっちゃったじゃんか。確かに、馬鹿につける薬はないな。ウィシュのやりたいようにやってくれ」

 ライヤーが許可してくれた。

「い───やったぁぁ!!」

 嬉しくて思いっきり飛び上がった。

「うるさい」

 また叩かれた。そろそろたんこぶが出来そうだ。

 しかし、これで初めて一歩進めた気がした。

 小さな一歩だが、わたしにとっては大きな一歩だった。

「またね!ライヤー、ジョン!」

 わたしは公園を後にした。



「はっ。騒がしい女だよまったく」

 ジョンが悪態をつく。

「ちなみにジョン、お前はどうするつもりだ?」

 ジョンとは唯一の男友だちだが、いかんせん考えが読めない。

 さっきの、ウィシュへの助け船だってそうだ。 

 俺が思うジョンならば、面倒臭がって介入はしなかった筈だ。

 何故、手を貸したのか。

「───まさか!」

「?」

 電撃が走った。一つの答えに至った。

「もしかして────お前もウィシュを狙っているのか!?」

「どうしてそうなる」

 は?といった顔だ。違ったらしい。

 ほっと胸を撫で下ろした。

「ライヤー、ひょっとしてあんなちんちくりんに惚れてんのか?病気だぞ」

 ジョンはうげーとした顔をしている。

「失礼だな。一目惚れだったんだぞ。心臓が止まって死ぬかと思ったよ」

「あれのどこがいいんだよ」

 どこがいいか、と聞かれると答えに悩む。

「そうだな………、全部だ」

「そうかい、ご幸せにな」

 面倒臭くなったのか、話を切り上げられた。

「それより、ジョン。なんでウィシュに助け舟を出したんだ?」

「………もしかしてそれだけで関係疑われたのかよ。まぁ、二人だけで話したいことがあったからな。さっさとあいつには帰って欲しかっただけだ」

 ジョンから話を持ちかけてくるとは珍しい。

「この話はいろんな偶然が重なって入手したモノだ。今のメンタルで耐えられるのはライヤーだけと確信しているからこそ話す」

「────いいだろう。聞かせてくれ」

「あとから後悔すんなよ。───僕が今から話すのは、使だ」









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