第5話 解散

「───ろ!───おい!起きろバカ!」

 ………うるさい。

 声から察するに、おそらく正体はジョンだろう。

「うにゃぁ。まだ食べられるよぉ」

「そこはもう食べられないだろ、普通。あ、おい!また寝ようとするなオタク!」

 怒鳴られたことによって、目覚め最悪なまま重いまぶたを開く。

 天使は基本睡眠を必要とせず、睡眠欲も人に比べて低いが、寝ることによって溜まった疲れが癒やされるのは人と同じだ。

 だからこそ、睡眠という行為は極めて効果的であると、わたしは提唱したい。

「オタク昨日の報告会サボったろ」

「あ、やべ」

「暇な僕がわざわざ探してやったのによ。ったく、こんなところで寝こけやがって」

 ボサボサと、面倒くさそうにジョンが頭を掻いた。

 あたりを見渡す。

「あれ?ハルカはどこ?」

「ハルカ?……ああ、オタクの担当の。俺が来た時は、この小屋にはオタク一人しかいなかったぞ」

 少し散らかっている木製の机を見る。

 昨日置いてあったはずの遥香のバックはなく、代わりに、置き書きが置いてあった。

 一応、わたしでも字は読める。

 手紙には綺麗な字体で、『ごめんね。学校行ってくる』と、隅にby遥香を添えて書かれていた。

「あ、そっか。この時間、子供はみんな学校に行くんだった」

 なら良かった。

 もし遥香が行方不明にでもなったら笑えない。

「はぁ、まったく。いいか今日は必ず来いよ。ローズなんか朝まで泣き続けて大変だったんだからな」

「………え、なんで?」

「─────はぁ?オタクを心配してたからに決まってんだろ」

 …………心配?わたしのことを?

「そこらへん自覚しとけよ。僕はともかく、みんなオタクのことを心配してたんだ。クレープおごって、しっかり謝っとけ」

「………ん、わかった」

 ───そっか。わたし、みんなに大事に思われてたんだ。

 みんなと一緒にいる時間は長かった。

 少なくとも、心から信頼を託せるぐらいには、仲間だと思っている。

 そんな仲間が行方不明になったんだ。たしかに、心配するのは自明の理だ。

「ジョンも心配してくれたの?」

「馬鹿言え。僕がするはずないだろ」

 顔こそ変化はないが、きっとわたしのことを頑張って探してくれたのだろう。

 心の中で、こっそりお礼を言っておいた。

「そういえば、ジョン今日暇だって言ってたけど、アキヒロくんはどうしたの?」

 ふと気になって聞いてみる。

「────あぁ、あいつは今日遠くにピクニックに行ってるんだよ。家族でな」

 ジョンらしくなく、なぜかやや言葉を詰まらした。

「家族で遠足かぁ。わたしたち天使には家族いないから、ちょっと羨ましいかも」

「………」

 ジョンが押し黙ったかと思うと、突然、

「…………なぁ、ウィシュ。もし僕たちがヒトだったとして。僕たちが仲良くなったやつが天使だったとして。そいつに『あなたを殺します』って言われたらどうする?」

 そう尋ねてきた。

「それは─────」

 凄く、ひどい話だ。

 それは、その人に対する裏切りだ。

 わたしだったら、死の恐怖と、裏切られた衝撃で頭が真っ白になってしまうだろう。

 だが、そう答えることは出来ない。

 なんせ、それこそが、わたしたちが今から彼らにやろうとしてることだ。

 口が裂けても答える資格はない。

「なぁ、どうして僕たちはこれから殺すヒトと話して、親しくなって、そうした上でそいつの命を奪うんだ?」

「それは………仕事だから────」

「なんでそれがヒトの幸せって決めつけるんだ?誰が決めつけたんだ?女神様か?どうして殺す必要がある?どうして………」

 ジョンの顔は暗く、沈んでいる。

 おそらく自分の顔も今はあんな感じだろう。

     『親しくなった相手を殺す』

 これを遂行しなければという使命感に、本能が抵抗の悲鳴を上げている。

「…………四の五の言ったが、それが僕たちの仕事だ。わかってる。仕事に私情を挟むつもりはない。ただ、観察なんてせず、何も知らないまま殺す方が、お互いのためだったかもしれないとは思うがな」

 ジョンの顔から──暗い感じなのは変わってないが──ネガティブな雰囲気が消えて、いつも通りの顔になった。

 …………たしかに、そっちの方が幸せだったのかもしれない。

 けど───────、

「それは………なんか違う。なんていうか………それは、『逃げてる』って思う」

「────そうかよ。ま、今となっては後の祭り。どう思うかは勝手だ」

「なんか………今日はいろいろありがと」

 しゃくだが、思考を止めていたわたしより、ジョンの方がことをよく考えていた。

「は、いいってことよ」

 ジョンがふっ、と口元を歪ませる。

 いや綻ばせたのかコレ。わかりづら。

「なぁオタク、無言の時大体失礼な事考えてないか?なぁ聞いてるか?なぁ?」

 考えないのはもうやめだ。

 近いうちに、この気持ちと仕事の矛盾に、終止符を打たなければならない。

 ……それが例え、どれほど恐ろしいことで、どのようなおぞましい決断に至っても。



 ───3日目夜

 その日一日遥香とは会えなかった。

 夜の公園。天使たちの報告会。

 そこでわたしは─────正座をしていた。

「なんでこんなことになったか理解してるね」

 ライヤーが鬼の形相ぎょうそうを浮かべている。隣にいるミカも、その表情を険しくしていた。

「連絡を取らず、すみませんでした」

 深々と頭を下げる。

 公園にきた直後、わたしは鬼に捕まった。

 その後は説教地獄だ。

 もちろん、この説教は正当な罰だとわかっている。だから、甘んじて受け入れる。

「………はぁ。これからは、連絡を欠かさないでね」

 ライヤーが次からは気をつけろ、と釘を刺した。

「まったく!わたしたちがどれだけ心配したか!」

 ミカがわたしに強く抱きつく。怒りながらも、わたしのことを心配して泣いていた。

 つられて抱きしめると、なぜだかわたしも泣きたくなってしまった。

「ウィシュのことだから、どうせ寝過ごしたんでしょ。心配なんてしてないわ」

 ふん、とローズが殊更ことさらに言った。

「あれ、一番泣いてたのって誰だった?びゃぁぁぁっ、て」

「う、うるさいわね!こういう時は黙ってなさい!あなた絶対モテないでしょ!」

「心外だな」

「モテないのは合ってると思うよ」

「オタクも大概だな!」

「ははっ!やっぱり俺たちはこうでなくっちゃな!」

 ………わたしを想ってくれる仲間がいる。

 その事実が、わたしの心を温かくした。

「よし、ウィシュは全員にクレープ奢るのを忘れないように。それじゃあ報告会、そして殺害計画について話し合うぞ!」

 ライヤーが本題に切り替えた。

「まず俺から。対象とは顔見知り程度の関係を築けた。おそらく、強く頼めば部屋に入れてくれるだろう。無理だったならアパートに忍び込む。そしてこいつで────」

 腰に携えた銃を取り出す。

「一撃さ」

 バーン、と銃を撃つふりをした。

「逃げる時はどうするんだ?」

 ジョンが質問する。

「天使は透明化と翼創造があるだろ。あれを使って逃げるんだ」

「なるほど。そうすれば、まずヒトに追跡されることはないな」

「だろ。いい考えだと思うんだ」

 その発想自体は良い。

 皮肉な話、わたしたち天使は暗殺に向いている。

 それを最大限活かした文句一つ浮かばない暗殺法だった。

「………だけど、ライヤー────いや、みんなはそれが仕事だって割り切れるの?知り合った、ヒトを殺すんだよ」

「知り合ったも何も、そもそも殺すために出会ったんでしょ。それを言い始めたら本末転倒じゃない?」

 ローズがぶっきらぼうに言い放つ。ローズらしかぬ、妙に冷めきった言葉だった。

「ローズはミヤコちゃんと話さなかったの?わたしは………こんなのは────」

「────って」

「?」

「あたしだって、悲しいわよ!!」

 それは耳をかき切るような、悲痛な叫び声だった。

 何か、適した言葉を探し始めたその時─────、

「誰だ!?誰かいるのか!?」

 ローズの叫び声を聞きつけたのか、お巡りさんがやってきた。

 透明化していたおかげで幸い見つかってはいないが、声の発生源を探して、刻一刻と迫り来ている。

「ヤバい、近づいてきたぞ!一旦解散、早朝にここで集合だ」

 ライヤーが小声で指示を出す。

 ローズは我先にと、顔を隠しながら逃げ出した。


 …………わたしには、その背中を追いかけることが出来なかった。















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