第4通 招待状

 ルクスはリアと食事を終え、明日からどうしようか考えながら部屋に戻ると、見覚えのある瓶が視界に飛び込んできた。

「まさかこの瓶ってあの時の…なんでここに…」

 夢の中のソラナを思い出し一瞬躊躇ったが、恐怖を振り払いながらその瓶に手に取る。瓶の中にはあの時のボトルメールと同様に丸められた羊皮紙が入っていた。

 ルクスはそっと瓶のふたを開け、手紙の封を切り中身を確認する。


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ルクス・フォン・ドートル君

 初めましてルクス。いきなりだけど用件を伝えるね。

 君の親友であるソラナはまだ生きている。

 けれど、今彼の身に危険が迫っている。

 僕の力だけでは彼を助けてあげることが出来ない。

 だから、君の力を貸してほしい。  

                オプティウラ・クー・リタース

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 前の手紙と違い、宛名も差出人の名前もはっきりと書かれていた。

「ソラナはまだどこかで生きてるんだ…」

 ルクスは安堵の表情を浮かべる。行方不明になってから1か月も経つのだから死んでいてもおかしくはない状況で、ルクスにとってはこれ以上ない吉報であった。

 ただ、オプティウラと名乗る人物やどう助ければよいのかが書かれていなかった。

「オプティウラ……あのお婆さんに聞けば何かわかるかもしれない。」

 ルクスは直感的にそう感じた。

 夜も更けてしまっていたが、居ても立ってもいられず、ルクスは老婆を探しに行くことを決めた。

 ルクスはカバンにボトルメールを入れ、老婆にもらった小袋を首にかけて、リア宛の書置きだけ机に残して部屋の窓からこっそり家を出た。

 家の塀をよじ登り、リアに見つからずに家の敷地からの脱出に成功したルクスは目を見開いた。なんと目の前に、以前と変わらず黒いローブにフードを深く被ったあの老婆が立っていたからだ。

 不思議なことに、黒いローブが月明かりに照らされているからか映えていて、昼間に会った時の不気味さが感じられなかった。

「ルク坊、待ってたよ。」

「どうしてここに?」

「あんたがあたしに用がある頃なんじゃないかと思ってね。」

「もしかして、あのボトルメールはお婆さんが置いたの?」

「いいや、あたしじゃないよ。ただ、あたしにはその瓶がある場所がわかるのさ。」

「婆さん、ボトルメールやソラナがいなくなったことについて何か知ってるんだろ!?」

「そうさね、その手紙やソラ坊のことそれにあんたの父親のことまで知ってるよ。」

 リアはこの老婆を知らないと言っていたが、やっぱりこの老婆と面識があるようだった。

 ルクスはリアに連れられて街外れにある墓地に年に一度足を運ぶだけで、父親との記憶は全くない。知っているのは名前とルクスが生まれた直後に病死したことくらいだった。

「父さんのことも聞きたいけど、今はソラナがどこへ行ったのか教えて欲しいです。」

「そのために老体に鞭打ってきたんだからねぇ。とりあえず、ここではなんだからあたしのうちにいらっしゃいな。」

 ついておいで、と老婆の先導に従って婆さんの家に向かった。



「ささ、好きなところにお座り。今お茶でも出すよ。」

 ルクスは適当に椅子に座り、老婆を眺めていた。相変わらずフードを深々と被っており視界はほとんどなさそうに見える。

「お婆さんは本当に目が見えないの?」

 ルクスは前々から気になっていた疑問を老婆に投げかけた。

「いや、前にも言った通り、あたしは目が見えてないよ。目が見えない生活に慣れるとね、聴覚や嗅覚が鋭くなるのさ。はい、お茶だよ。」

 いただきます、ルクスはお茶を飲み一息ついてから本題に入った。

「それで、お婆さんはソラナの居場所を知ってるの?」

「知らないよ。正確にはソラ坊の居場所は知らないが、どこに行ったかは知ってるってところかね。」

「どういうこと?」

「ルク坊は世界がもう一つあると言ったら信じるかい?簡単に言うと、ソラ坊はこの世界とは違う世界に連れていかれたのさ。だから、あっちの世界にはいるのは知っているが、あっちでの居場所はわからないということさね。」

「違う世界って、そんな御伽話みたいなこと信じられるわけ…」

「それが普通の反応だわね。」

フッフと婆さんが笑いながらお茶を一口すすり、続けた。

「でも、普通じゃない体験はあんたもしただろう?」

「…仮にその話が本当だったとして、そのあっちの世界に行く方法はあるの?」

「あるよ。ルク坊には手紙が届いていただろう?それは言わば招待状さね。持っていれば嫌でも向こうから連れて行ってくれる。」

「この手紙を持っているだけ?」

「その手紙をもってるだけでいいよ。あ、そうそう前に渡した石は持ってるね?お守りになるから持っとくといいよ。」

 うさん臭さを感じていたのが顔に出ていたのか、老婆が笑みを浮かべていた。

「信じられないって顔をしているね。まあ、この老いぼれの話を信じてみるしかないんじゃないかい?他にあてがあるわけでもないんだろ?」

 確かに他に当てもない現状を考えるとルクスはこの老婆の話を信じるしかなかった。

「わかった。それじゃ、とりあえず待つことにするよ。ところで、お婆さんは何者なの?」

「ああ、それはね----------

 老婆が答えようとした瞬間、老婆の顔はぐにゃりと歪み始めた。

 ルクスが老婆ではなく自分の視界が歪んでいることに気づいたのは、自分が今立っているのか横になっているのかもわからない程の猛烈な船酔いに似た感覚に包まれてからだった。

 視界の歪みは更に強くなり、ルクスは湧き出る吐き気を必死に押さえ込む。

「おや、もうお迎えが来ちまったのかい?人が楽しくおしゃべりしてるってのに間の悪いことだねえ。ルク坊、あっちで困ったことがあったらランドルドという男を探しな。きっと助けてくれるさね。」

 老婆が話し終わるころには、ルクスの姿は跡形も無く消えていた。

 老婆はゆっくりとした動きで窓辺に歩み、窓から月を見上げる。

「神のご加護があらんことを。」

 その目は月明かりに照らされて、きらきらと輝いていた。

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