第2通 盲目の老婆

 ソラナが消息を絶った日からちょうど1か月経過した。1ヶ月間、街の自警団を中心となって街中探し回ったが、ソラナのカバンが家の近くで見つかっただけで、捜索も打ち切りになった。

 あの日以来、ルクスはカーテンも閉め切り、薄暗い部屋の中に引きこもったまま無気力な状態が続いていた。

 今も目をつぶると別れ際のソラナの屈託のない笑みが脳裏に浮かび、ソラナはどこへ行ったのだろうか。無事なんだろうか。そのことばかり頭の中をめぐっている。

 コンコン、とノックの音と共に部屋のドアが開いた。

「ルクス、お昼ご飯の用意できたけど…」

「……」

「……じゃあご飯ここに置いておくから、食べ終わったら部屋の前に出しておいてね。」

 リアは寂しそうな声でそう言いドアをそっと閉じて部屋から出ていった。

「何やってんだ僕は…」

 自分で自分が嫌になる。母さんに心配ばかりかけて、何も成長できてないじゃないか。

 ルクスは自身に毒づきながら、母の用意した食事を手に取りテーブルまで移動させようとすると、食事の載っていた盆の上から紙きれが落ちた。

 母さんからの手紙だろうか、とルクスは落ちた紙を拾い上げ、書かれた内容を読んだ。


『ルクスへ


 ソラナ君がいなくなったことで、どんなに落ち込んでるかは母さんには想像もつかないくらいだと思うわ。私もお父さんがいなくなったときはものすごく悲しかったもの。私はいつでもあなたの味方だから、一人で抱えきれなくなって辛くなったら、いつでも頼ってね。


                                            母より』


 手紙を読み終えると、ルクスの頬には涙が伝っていた。

 ルクスは荒々しく涙を拭き、母の用意した食事を急いで口の中にかきこみ、水で流し込んだ。

 食事を食べきったルクスはペンと紙を用意し、母への感謝の手紙を書き始めた。

「よし。こんな感じでいいかな。後はこれをお盆の上に食器と一緒に置いて…あっ…」

ルクスが手紙を書き終え、盆の上に紙を置こうとした時、手がコップにあたって床に落として割れてしまった。

やってしまった、とルクスは思い、床に散乱したコップの破片を拾おうとした時に既視感を覚えた。

「そういえば、あの時のボトルメール…。あの後どこに行ったんだろう?」

 ルクスは割れたコップを見つめながら、あの日の事を思い出そうとした。

「急に目の前に現れたボトルメール、意味の分からない手紙、ソラナが事件と同じようにいなくなった…」

 到底無関係に思えなかったルクスは床に散らばったコップの破片を急いで片付けて、食器と手紙を乗せた盆を食卓まで運んだ後、母のいる居間に向かった。

 母はちょうど居間の掃除をしているようだった。

「母さん!コップ割っちゃったごめん!あと、今から少し出かけてくる!」

「え、ちょっ、ルクス!?」

 ルクスは顔だけのぞかせ、それだけ言うと足早やに玄関に向かった。居間の方から母の騒がしい声が聞こえていたが、ルクスは懐かしいような心地よい気分に浸りながらクスッと笑みをこぼしながら外へ駆けだした。

 玄関先には、小さなスイートピーが花開こうとしていた。




 家を飛び出したルクスはソラナの家に向かって歩いていた。

 ソラナの消息を絶った手がかりになりうるボトルメールがソラナの家にあるかもしれない、とルクスは考えたからだ。

「はぁ、はぁ、こんなにソラナの家まで遠かったっけ。ものすごく遠い気がする…」

 ソラナがいなくなったことを考えてしまうと、ルクスの足取りはソラナの家に近づくにつれて重く感じられた。

 ソラナが居なくなった日の夜、泣き崩れていたソニアの姿が思い出される。親友がいなくなることがこれほど辛いのだ。我が子であれば、その辛さは自分の比ではないだろう。 

 やがて長く感じた道のりは終わりを告げ、ソラナの家の前にルクスはたどり着いた。

 ルクスは呼吸を整えて、家の戸をたたく。ルクスは戸を数度叩いたが、応答はなかった。いつも通りならソニアが明るい笑顔を浮かべて出てきてくれるはずだが、まだ立ち直れてないのだろう。 

 ルクスが諦めて踵を返して帰ろうとした時、ギィ..と戸が開く音が聞こえたので振り返ると、絵本に出てくる魔女のように杖を持ち黒いローブを纏い、フードを深々と被った老婆が立っていた。

「あ..「ルクスの坊やだね。そろそろ来る頃だと思ってたよ。」

「え…?どうして僕の名前を…?」

 ルクスは何度もソラナの家に来たことはあったが、この人を見たことはないし、名乗った覚えもなかった。

「なに、あの時はルク坊はまだ小さかったから覚えていないだろうさ。」

 フッフッ、としゃがれた声で老婆は笑いながら答える。

「ソラナの家に何か用事でも?」

「そうだねぇ…ルク坊と同じ理由さね。それじゃあ、あたしは用も済んだし帰るとするさね。」

 ルクスの頭の中で?が浮かんだ顔をしていると、老婆は杖で足元を探りつつどこか覚束ない足取りでルクスの横を通り過ぎた。

「お婆さん、もしかして目が…」

「昔色々あってねぇ。こっちのは見えなくなっちまったのさ。」

 悲しむ顔どころか、薄い笑みを浮かべながら答える老婆を見てルクスは寒気がした。

 そうそう、と盲目の老婆が手を差し出してきた。手には首からかけられるように紐を通した布製の小袋が載せられていた。

「もし、ソラ坊を探そうしてるなら、この小袋をお守りとして持っているといい。」

 ルクスは差し出された小袋を受け取り、中身を取り出してみると、中には丸の中に十字が刻まれた赤い宝石のようなものが入っていた。

「これは…?」

 と、ルクスが顔を上げたときには、その老婆の姿はもう既になかった。 

 ルクスの頭の中はわからないことだらけで混乱していると、ソラナの家の方から声をかけられた。

「おぉ、ルクス君じゃないか。どうした、そんなところに突っ立て。」

 ルクスは後ろから聞こえた野太い声のする方を振り向いた。

「あ、ロイおじさん。こんにちは。」

 野太い声に大きな体躯の、ソラナとは正反対な漢らしい男性が戸の近くに立っていた。

「実は、少し聞きたいことがあって来ました。」

 そうか、とロイはつぶやき、言葉を続けた。

「ただ、今は少し家がごたついててな。俺が答えられる範囲でよければ答えるがそれでいいか?」

 ロイは申し訳なさそうな顔で答えた。

「僕はそれで大丈夫です。おばさんの気持ちも理解できてるつもりです。それで、聞きたいことというのは、ソラナがこのくらいの瓶と便箋がありませんでしたか?」

 ルクスは一か月前にソラナと見たボトルメールについて尋ねた。

「瓶と手紙…?いや、家の近くで見つかったソラナのバックの中には入ってなかったが…それはソラナがいなくなったのと何か関係あるのか?さっきの魔女みたいな婆さんも言っていたが。」

「え、さっきのおばあさんが?いえ、関係あるかわからないんですが、ソラナがいなくなったあの日図書館からの帰り道で偶然拾ったので、もしかしたら何か手がかりになるかなと…」

 さっきのお婆さんが?、とまた謎が増えてルクスが困ったような顔をしていると、ロイが話し始めた。

「それじゃあ、何か見つけたら連絡しよう。ルクス君、くれぐれも危ない真似はするんじゃないぞ。お母さんが心配してしまう。」

「はい。もちろんです。」

 ルクスの真っすぐな眼を見て、ロイは優しい表情で「それならよろしい。」といつもより小さな声で答えた。




「結局、手がかりはなしか…」

 いや、ソラナの家で会ったお婆さんが何か知ってそうな雰囲気だったっけ。家に帰ったら何か知ってないか母さんに聞いてみようか。と考え事をしている内に家についていた。

「お帰りなさい、ルクス。」

 家の前ではリアが仁王立ちで待ち構えていた。笑っている母の後ろに鬼が見えるのはきっと気のせいだろうと、ルクスは精一杯の笑顔を作りながら答える。

「母さん、ただいま。」

 この後めちゃくちゃ説教をされ、母さんの背後から阿修羅がいなくなってからしばらくした後、俺は昼間にソラナ家で出会った魔女のような老婆について尋ねてみた。

「母さん、黒いローブを羽織った魔女みたいなおばあさん知ってる?」

 先程まで百面相のように活発だった顔が嘘のようにピタリと止まった。

「どこでその人と会ったの…?」

「ソラナの家に行ったときに出会ったんだけど、僕のことを知ってるみたいな口ぶりだったから気になって。」

 ルクスは正直に答え、母の顔を窺うと、少し間を開けてリアが口を開いた。

「...いや、母さんは知らないわ。そうね、もしかしたら、お父さんの知り合いだったかもしれないわね。」

 リアは下を俯きながら、歯切れ悪く答える。

 ルクスが生まれてすぐに病で亡くなったと聞かされていたし、父さんについての話になるとリアが悲しい顔をするからあまり触れてこなかった。

「ルクス…あまり母さんを心配させないでね。」

「うん、気を付けるよ。」

 ルクスは心の奥がもやもやしたまま、部屋に戻り、机の上にあの婆さんからもらった石を置いてベットの上に寝転がった。

「ハア…どうしたもんかな。母さんからあの婆さんについて聞きたかったけど、あの感じじゃ何も聞けそうにないしなぁ。ソラナどこ行ったんだよ…」

 ソラナの事や今日出会った老婆の事を考えている内にルクスは眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る