拝啓 もう一つの世界の君へ

中村 侑生

第1通 始まりの手紙

「夜は危ないから早く帰ってらっしゃいよー」

「わかったよ、母さん! 日が暮れるまでに帰ってくる!」

 よくある平凡な家庭での会話。活発そうな顔つきの黒髪の少年ルクスは幼馴染の親友と遊びに行くところであった。

 ルクスの住んでいる街パークスはリステーリ王国の中でも有数の交易都市で人もモノも溢れており、木造やレンガ造りの家が建ち並ぶ非常に栄えている街だ。街の中心には大きな噴水のある広場があり、大道芸を披露するものや他国の名産品をひっさげた露天商なども多くいて、大いに賑わっていた。

 そんなパークスで近頃、突然人が消える怪事件が起きていた。この怪事件には2つの特徴があった。まず1つ目は通常の誘拐とは異なり、つい先ほどまでそこにいた人がまるで''消えた''ようにいなくなるということ。2つ目は、この事件が夕暮れ時にのみ事件が発生していること。

 街では裏社会の犯罪組織が人身売買目的の誘拐であるとか、神隠しであるとか噂が飛び交っていた。




「ソニアおばさんこんにちは!ソラナと遊びに来ました!」

 ルクスは幼馴染であるソラナの家につき、家の前で掃除をしていたソラナの母親であるソニアに挨拶をする。 

「あら、ルクス君いらっしゃい。今日も元気でなによりね。ソラナー!ルクス君が迎えに来てくれたわよー!」

 ソニアが家に向かって呼びかけると、はーい!とソラナ家の2階から聞こえてくる。少し待つとソニアに似た赤みがかった目と髪が特徴的で、華奢な体つきの、一見女の子と見間違えてしまいそうな容姿の少年ソラナが家の中から走ってきた。

「おはよう、ルクス!今日は何して遊ぶ?」

 ソラナは無邪気な笑顔を浮かべながらルクスに問いかける。

「どうするかなー、今日は図書館にしない?この前面白い本を見つけて続きを読みたいんだよね。」

「図書館かー。少し遠いけど僕は大丈夫だよ。最近夜は危ないってお母さんが言ってたから、日が暮れるまでには帰りたいかな」

 じゃあ、図書館に行こう!とルクスが言い、二人は街の図書館へ向けて歩き始めた。

 パークスの図書館には童話から学術書まで様々な本が揃えられており、一部の書物を除いて閲覧可能になっている。本の種類と数においては国内でも有数の図書館で、人やモノが多く行き交うパークスには子供たちの遊び場はそう多くないこともあって、図書館に通う子供も少なくはなかった。

「ねえ、ルクス。図書館で見つけた本ってどんな本なの?」

 ソラナはルクスの横を歩きながら問いかける。

「んー、一つの世界を神様達が奪い合ってずっと戦ってたんだけど、争いを辞めて世界を二つに分けるって話!」

「へえ~、なんだかルクスがそういう本が好きなのか意外だったよ。もっと、子供っぽい本を読んでる思ってた。」

 ソラナがくすくすと笑いながら答えると、バカにしてるな、と言わんばかりにルクスは頬を膨らませてソラナの顔を見返した。

 そう他愛もない話をしている内に、図書館についた二人は各々読みたい本を手に取りテーブルに座り本を読み始めた。


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 遥か昔の神話の時代、天界の神ゼウスと冥界の神ハーデスの世界の覇権を得るための争いが苛烈極め、互いに死力を尽くし争い続けていた。その争いは千年にも及び、一進一退を繰り返すばかりであった。神々は不毛な争いを避けるために世界を二つに分け、互いの領分を侵さないという盟約を結ぶことで長い千年の争いに終止符が打たれた。二つに分かれた世界は互いに見ることも触れることも出来ないが、我々の住むこの世界の近いようで遠い場所に確かに存在する。

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「…ぇ…ねえ…ねえっ、ルクスってば!」

 ハッと、ソラナの声でルクスは目を覚ました。

「ご、ごめん。俺寝ちゃってた?」

 ルクスは苦笑いでソラナに尋ねる。

「もう。僕が何回も声かけたのに、全然起きないだもん。もう日暮れだよ。」

 ごめんごめん、とソラナに謝って、ルクスは席を立って急いで本を戻しに向かう。

「ねえねえ。ルクスが寝てる間、ルクスが読んでた本を読んでたんだけど、面白そうなお話だったね。」

 と、ソラナが何気なく話を振った。

「そうでしょ?今僕たちのいる世界とは違ったもう一つの世界があるって考えると面白いよね。」

「うん。もしかしたら、最近起きてる事件は本当に神隠しとかなのかもね。」

 ソラナが笑いながら答える。

 さぁ早く帰ろう、と本を戻したルクスが言い、二人は帰路についた。



 空が赤黒く染まりつつ中、ルクスとソラナは近道のために裏路地を小走りで家に向かっていた。

「早く帰らないと、また母さんに怒られる…少しでも帰りが遅くなったらお説教だよ?」

 ルクスは空を見上げながらぼやいた。

「リアおばさん、怒ると怖いもんねー。」

「ソニアおばさん優しいからなー。」

「そんなことないよ。うちだって怒らせたら怖いんだから。ルクスがおばさんを怒らせすぎなんだよ。」

 ぐっ、と痛いところを突かれたといわんばかりの顔をしたルクスとソラナがクスクスと笑ってると、何もない空中から突然小瓶が現れ、そのまま地面にコトっと静かに落ちた。

「「え…」」

 二人の足がピタリと止まる。

 目の前にある小瓶は謎の存在感を放ちつつ、時が止まったような感覚に包まれた。

 ねぇ、とソラナが口を開いた。

「このビン上から落ちてきたわけじゃなかったよね?急に目の前に出てきて…それで、それで、えっと、えっーと…」

 普段取り乱さないソラナが何が起きたかわからず取り乱しているようだった。かくいうルクスもソラナと同じ気持ちだった。

「き、きっと気のせいだよ。落ちてくる瞬間に瞬きをしてて突然現れたみたいに見えたんだって。」

 勿論、こんなこと欠片も思っちゃいない。確かにこの小瓶は急に目の前に現れた。けれど、そう思わなければ落ち着いて何も考えられる気がしなかった。

「そ、そうだよね。きっと急に現れたように見えただけだよね。」

 ソラナもルクスの考えを悟ったのか、同意した。

「あれ、この小瓶の中何か入ってるよ。」

 と、つぶやきながらソラナが小瓶を拾い上げた。

「ボトルメールってやつかな、瓶の中に手紙を入れて海とかに流すやつ。」

 ソラナの持つ小瓶の中を覗き込みながらルクスが答える。瓶の中には丸められた羊皮紙が入っていた。

 中の手紙見てみようか、とソラナが瓶の中から紙を取り出す。丸められた羊皮紙には丁寧に印璽がされていた。ソラナは封を切り手紙を広げ、ルクスもソラナの横から覗き込んだ。


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   おめでとう

   君は選ばれた      


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 宛名も差出人名も書かれていない奇妙な手紙の内容に二人は固まり、静寂が二人を包んでいた。

 静寂がしばらく続いたころ、時を知らせる鐘の音が二人の静寂を破る。

「「あ…」」

「やばい!6時の鐘だ!ソラナ、早く帰ろう!」

「う、うん。早く帰ろう!」

 ルクスは走りだし、少し遅れてソラナはルクスを追いかけた。

 二人とも手紙の意味が気になっていたが、それを振り払うように家に向って走った。

 そして分かれ道でルクスはソラナと明日遊ぶ約束をしたのを最後に、ソラナはいなくなった。

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