第55話 相談(2)
生徒たちから改まった態度で要望ということだったので、伊織も身構えて聞いたのだが内容は彼の予想とは大きくかけ離れたものだった。
とはいえ、聞き入れられないものもある。
生徒たちから出てきた要望は大きく分けて次の三つ。
一つ目は、この街で何らかの仕事について働いてみたいというものだった。
二つ目は、別の街に移住できなか、という相談である。
三つ目は、ノースレイル王国に侵入して王国の様子を調査したいとの要望だった。
「この街で何らかの仕事について暮らしてみたいというのは俺も賛成だ」
続く、生徒たちの安堵と感謝の言葉を遮って伊織が言う。
「実際に働いて生活をしてみないと異世界のことなんて分からないからな。よく分からない状態でこっちに残るか日本に帰るかの判断を迫るのも何か違うって思っていたところだ」
「実は働き先を紹介して欲しいのよ」
瑞希が代表して言った。
いままでならこの手の代表しての意見や頼み事は大内だったので意外に思った伊織が大内を見る。
「男子生徒は全員、冒険者志望なんだ」
「なるほど、俺の助けは必要ないってことか」
「そこまで傲慢じゃないよ。いまでも十分に助けて貰っていると思ってるし感謝している」
冒険者になるために必要な事柄は陽介が中心になって既に調べていた。
さらに、街の外に何度も出かけて自分たちが持つ魔法やスキルを実戦で使用したことも白状した。
「実戦って、魔物と戦ったのか?」
「一番手強かったのはオークかな」
軽く答える陽介に伊織が呆れながら言う。
「随分と無茶をするな。オークって集団でいることの方が多い魔物だぞ」
「こっちも集団だ」
陽介はそう言うと生徒たちを見回して、「単独で出かけたヤツはいないよな?」と問いかけた。
全員が一斉に首を振る。
「最低限のことは守っているってとこか……。まあ、それでも少しは安心したよ」
男子生徒六人でオークのを狩れるとなれば冒険者としてやって行くには十分な戦闘力といえる。
しかし、不安はあった。
伊織が陽介に言う。
「冒険者をやるとなれば戦闘力だけじゃどうにもならないからな。生き残るのに必要なサバイバル知識も身につけろよ」
「当たり前だろ」
ニヤリと笑う様子に伊織も口元を綻ばせて言う。
「どうだか」
「俺はお前と違って無茶はしねえよ」
「いやいや、お前の方が無茶をしてきてるって」
久しぶりに陽介との会話を楽しんでいた伊織に瑞希が話しかける。
「ごめんね、最上君。こっちの話も聞いてくれる?」
「ああ、ごめん。働き口の紹介だったな」
「あたしたちも四人は冒険者をやるつもりだから、実際に働き口を紹介して欲しいのは女の子五人よ」
瑞希と結城詩織、その他二人の女子生徒が小さく手を挙げた。
この四人は男子生徒六人とともに冒険者をやるつもりだと言う。
瑞希は自分が冒険者をやると決めていたにもかかわらず他の女子生徒たちのために代表して聞いたのか、と伊織は彼女のことを少し見直した。
「瑞希って、やっぱり面倒見がいいんだな」
「性分なだけよ」
微笑む瑞希の顔が突然アルマの胸で隠された。
伊織と瑞希が会話する間にアルマが割って入ったのだ。
「後継者様、時間もあまりありませんし、こちらの女性たちのお話を聞いてあげた方が良いのでは?」
「そうだな」
伊織はアルマの機嫌を損ねたかな? と思いながらも冒険者を志望しなかった女子生徒五人に話しかける。
「それで、希望の職業とかはあるのか?」
「料理ができるから、食堂で働ければ嬉しいかな。あと、出来れば、五人が一緒のところではたければ嬉しいんだけど」
代表して要望を告げたのは笠輪明日香という少しぽっちゃりとした女子生徒だった。
五人は何れも日本に帰りたいと口にした少女たちであることを伊織は思いだす。
「五人を雇えるような大きな食堂はこの都市にはないし、食堂に伝手はもないから誰かの伝手を頼ることになるな」
少し時間がかかりそうだと言った。
五人の女子生徒たちも難しい要望だと思っていたのか、やっぱり、という空気で互いに顔を見合わせていた。
そこへアルマが言う。
「後継者様、エメルト商会なら食事と雑用で五人を雇うことも可能ではないでしょうか?」
「どこかあるの?」
箕輪明日香をはじめとした五人の女子生徒たちの顔に希望の色が浮かぶ。
「いま、アルマが話をしたエメルト商会は奴隷商人だ。規模が大きいから五人を一度に雇うことも可能かも知れない」
取って付けたように、「ある程度信用も出来る」と言った。
「奴隷商人……」
「奴隷はちょっと……」
互いに顔を見合わせて、「ねえ」などとつぶやきあっている。
彼女たちの反応は予想をしていたし、伊織自身も当然の反応だろうと思う。
「取り敢えず、エメルト商会に相談をしてみる。奴隷商人のところで食事係券雑用係として働けるかと、二人以上で働ける食堂がないか探して貰うようにするよ」
「ありがとう、それでお願い」
箕輪明日香に続いて他の四人の女子生徒もお礼の言葉を口にした。
「さて、それじゃあ次だ。他の街に移住したいって?」
理由の予想は付いていたが、複数の街に生徒たちが散ってはコンタクトが面倒になる。
出来れば突っぱねたいな、などと考えながら伊織は大内に視線を向けた。
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