第56話 相談(3)

「小坂たちのグループと同じ都市にいたくないんだ」


「正直、怖いの」


 真剣な表情の大内と少し震えている瑞希。

 見回せば男子生徒たちからは嫌悪の雰囲気が強く伝わって来たが女子生徒たちからは伝わってくるのは恐怖の色合いが強い。


「高萩のことか……」


「あいつら、高萩を殺してヤツの組織を乗っ取った後、この街の裏組織の掌握に乗りだしたんだ」


 伊織の問いに大内が即答した。


 小坂たちの次のステップとして高萩の組織を潰した後、自分たちがそれに取って代わろうとするくらいはやるだろう、くらいは伊織も予想していた。

 しかし、早々に他の組織にまで手を出したことに驚く。


「随分と精力的だな」


 感心するようなことを口にしたが、内心では足元も固めないうちに他の組織にまで手を伸ばすのは考えが足りないな、と思う。


「のんきなことを言うなよ。あいつら何をしでかすか分からないぞ」


「人数はこっちの方が多いんだから、いざとなったら止めればいいだろ?」


「止めるって、小坂たちと戦えってことか?」


 大内が気色ばむ。

 彼に続いて他の生徒たちからも、小坂たちと戦うことに対する否定の言葉が出てきた。


 唯一違ったのは陽介だ。


「必要なら、俺はあいつらを殺す覚悟がある」


「ちょっと、陽介」


「バカなことを言うんじゃない」


 結城詩織と大内が声を荒らげた。


「じゃあ聞くけど、小坂たちのことを放置して自分たちだけ他の都市に移住したとするよな? この都市を生活基盤にしている伊織はどうなるんだ?」


「最上なら何とかできるんじゃないのか?」


 皆が黙り込むなか、大内が言いづらそうに口にした。

 陽介が問い詰めるように聞く。


「何とかっていうのは、自分たちの代わりに戦ってくれるってことか? 自分たちの知らないところで伊織に小坂たちを殺してくれるだろう、ってことか?」


「最上君なら上手くやるんじゃないかな? 眠らせるとかしてから日本に送り返すとか……」


 一人の女子生徒が恐る恐る口にした。

 その顔は自分の言っていることが現実離れしていること、逃避でしかないことが分かっているようだ。


 静まりかえったところで伊織が口を開く。


「手助けはするつもりだ。でも、肩代わりをするつもりはない」


「小坂たちは放置するのか?」


「必要以上の干渉はしないつもりだ」


 口にはしなかったが、邪魔をするようなら排除をする用意はあった。

 伊織は近い将来、小坂たちと自分とがぶつかることになるだろう、という漠然とした予感もある。


「小坂たちの矛先が俺たちに向いたら手助けをしてくれるか? 戦うにしても話し合うにしても俺たちが中心になると言う前提でだ」


 大内の言葉に戸惑いを見せる女子生徒も何人かいたが、それでも彼の判断が妥当だと認める者の方が多かった。


「本来なら中立の立場を貫くところなんだろうけど、俺もそこまで人間は出来ていない。陽介と結城がいるグループと小坂がいるグループだったら前者に肩入れするさ」


「サンキュー、伊織! やっぱり親友だな」


「ありがとう、伊織」


 陽介と結城詩織の感激の言葉に続いて、大内が言う。


「それを聞けて心強いよ」


「あまりあてにはするなよ」


「それで、他の街への移住はダメってことだよな?」


「ダメだ」


 大内の質問に伊織がキッパリと言い切った。

 しかし、伊織の言葉に反発や失望を抱く生徒たちはいない。


 ここまでの話の流れで自分たちが甘えていたこと、逃避しようとしていたことが十分に分かった証左でもあった。


 室内に沈黙が訪れたタイミングで伊織が最後の懸案事項を口にする。


「ノースレイル王国の様子を調査したいってことだったな」


「あいつらに復讐するためにも絶対に情報は必要なんだ。何とか認めてくれないか?」


 予想に反して真っ先に反応したのは陽介だった。

 続いて瑞希が言う。


「容貌が目立つから変装というか、変身できるような道具があれば貸して欲しいんだけど、持っていない?」


「あるには、ある……が……」


 光により周囲の者の視覚に誤った認識をさせる道具――、変化の指輪があった。

 言葉を濁す伊織に陽介が聞く。


「何か問題でもあるのか?」


「まさか、整形をするとかじゃないわよね?」


 瑞希の言葉に何人かの生徒たちが身を強ばらせた。


「変化の指輪というのがって、魔法と科学で一時的に外見を変えられる。整形のように本人の顔や身体をいじることはないから安心してくれ」


「じゃあ、何が問題なんだ?」


「融通できる数が四個しかない」


 伊織とアルマがそれぞれ身に着けているものを除くと予備として用意された四個だけがあった。


「四個でも十分だ。それを貸して貰えないか?」


「ちょっと、陽介。その前にどんなものか確認しない?」


 結城詩織が興奮している陽介を止める。


「そうだな、ちょっと使ってみるか。アルマ、何パターンか変化してみてくれ」


「分っかりましたー」


 アルマが左手の指輪に触れると、たちまち日本人の容貌を持つ二十代半ばの女性へと変わった。

 もちろん、着ている服もそれに合わせて変わっている。


 驚きの声が上がるなか、さらに姿を変える。

 東欧風の老婆へ、さらに褐色の肌の少女へと変わった。


「この指輪のなかに五つのパターンをあらかじめ登録しておいて、その姿と衣装へ瞬時に変わることが出来る」


「これって、性別も変えられるのか?」


「動物に変化出来るのかな?」


 生徒たちの間から上がる質問を伊織はジェスチャーで制して説明をする。


「性別を変えることも出来るし動物に変化することも出来るが、身長や声、動作を変えることはできない。つまり、女性に化けても声は男のままだし、トラに化けても四つん這いになって歩かないとならない。それもかなり不自然にな」


「動物は無理なのね……」


「外見だけでも美少女になれるんだな!」


 落胆する女子生徒とは裏腹に男子生徒の一人が伊織に食いついた。


「外見だけだぞ、それでもいいのか?」


「問題ない!」


 伊織の両肩を掴んで目を輝かせているのは松平達樹。

 男子生徒たちは若干引き気味になだけだったが、女子生徒たちは彼から物理的に距離を取っていた。

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