第54話 相談(1)

 雑貨屋「ローラの店」の二階。

 執務机の書類をそっちのけで伊織が部屋に集まった生徒たちに呆れたように言葉を投げかける。


「お前ら暇なのかよ……」


 久しぶりに伊織が雑貨屋「ローラの店」に姿を現した途端、十人以上の生徒たちが押し寄せきた。

 生徒たちからすれば、伊織と連絡を取りたくても取れなくて困っていたのだ。


 滅多にない機会を逃すはずもない。


「お前がこの店に現れるのを交代で監視していたんだ」


 集まった生徒たちを代表して陽介が言った。


「やっぱり暇なんじゃないか」


「失礼ね、そんな言うほど暇じゃないわよ」


「結城、やめておけよ。暇してたのは事実だろ」


 伊織に抗弁しようとした結城詩織を陽介が半ば呆れた顔で止めた。

 伊織が生徒たちを見回して聞く。


「暇だったのか?」


「暇というか……、天気のいい日は街中をブラついていたかな」


「インターネットもゲームもないしな……」


「最上君が大人しくしていろ、って言ってたしね」


「そうそう、変に動き回って迷惑をかけるのもね……」


 ほとんどの生徒から似たような反応が返ってきた。

 考えてみれば、現代日本人がいきなり中世ヨーロッパの文明に放り込まれて精力的に活動出来ることの方が不思議である。


 金銭面での不安がないのだから尚更だろう。

 伊織にしても問題を起こされるよりはその方が遙かにマシだった。


 しかし、精力的に動き回った生徒たちもいた。


「高萩の組織と争ったヤツらはどうした?」


 一部の生徒が高萩が魅了スキルを使って乗っ取った裏の組織と衝突をした生徒たちのことを聞いた。


「知っていたのか?」


 大内が申し訳なさそうな顔をする。


 彼だけではなかった。

 他の生徒たちもバツの悪そうな顔をしている。


「噂くらいはな」


「噂になっているのか?」


「異国人の集団が裏の組織と衝突すれば、そりゃあ噂にもなるだろ?」


 大内の質問に伊織が、当然だろ、と返す。


 噂になっているのは事実だったが、異国の若者が裏の組織の一つを壊滅させた、と言う事実だけが広がっていた。

 異国の若者の正体やその能力に付いては憶測が飛び交っているだけである。


 当然、伊織はその辺りの情報もエメルト商会のテオから入手していた。

 奴隷商人をやっているだけあって裏社会の事情にも詳しいということもあったが、高萩の組織を壊滅させた小坂たちが何十人という奴隷を買い漁ったのもあってかなり詳しい情報を掴んでいる。


「実は、小坂を含めた八人が高萩に会いに行ったんだ」


「ふーん、会いにね」


 大内の説明に伊織は適当に相槌を打つ。

 高萩に会いに行ったのは小坂をふくめた男子生徒五人と女子生徒三人。


 何れも戦闘向きの能力を持った生徒たちだった。


「会いに行った後で何があったのかは知らないが、小坂たちが言うには高萩の命令でヤツの部下たちが襲いかかってきたそうだ。それで、しかたがなく戦うことに……」


「しかたがなく?」


「ああ、そうだ。正当防衛だったそうだ」


 伊織に事情説明をしている大内自身がそのことを信じていないのが伝わってくる。


「正当防衛で全滅させたのか?」


「そうだ……。高萩もそのときに死亡した」


「高萩にとどめを刺したのは誰だ?」


「どうしてそんなことを?」


 大内が不思議そうに伊織を見た。


「ただの興味だ」


 伊織自身、この世界の人間を手にかけることに抵抗がある。

 クラスメートを躊躇なく殺せたのは誰なのか、純粋な興味だった。


 大内がポツリと言う。


「小坂だ……」


「クラスメートを躊躇なく殺せるのか。小坂とそのグループは警戒した方がいいな」


 誰かが殺すかも知れないと予想して情報を渡し、この都市を潜伏場所に選んだ伊織がしれっと言った。

 伊織の言葉に生徒たちの顔色が変わる。


「実はそのことで相談したかったんだ」


「それだけじゃないわ、あたしたちの今後のことについてもう少し具体的に相談したいの。いいえ、相談に乗って欲しいの」


 大内と瑞希が伊織のことを真っ直ぐとみた。

 伊織は他の生徒たちを見回して言う。


「もしかして、話をしたい内容は事前に話し合いが終わっているのか?」


「終わっているわ」


「話を聞いた上で伊織に力を貸して欲しい。いや、正確に言うと志乃さんに力を貸して貰えるよう伊織から頼んで欲しいんだ」


 答えたのは結城詩織と陽介だった。


「前にも言ったけど、日本に帰すのに記憶を消さなかったり魔法を封印しなかったりというの出来ないからな」


 伊織の言葉を聞いた生徒たちの間に安堵の表情が浮かぶ。

 それを見て伊織がさらに言う。


「出来ないことをしつこく要求するようなら、頼みは一切聞かないからそのつもりでいろよ」


「分かっているつもりよ。無茶なことを頼むつもりはないわ」


 と瑞希。


「OK。じゃあ、話を聞こうか」


 伊織はそう言うと、アルマに人数分の椅子を用意するよう指示を出した。

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