第36話 したくもなかった再会

「どうぞー」


 部屋の中から軽い声が返ってきた。

 伊織が捕縛チェーンで縛り上げた男に「いまのが責任者か?」と視線で問うと、男が無言でうなずいた。


「どうも、雑貨屋『ローラの店』からきました」


「おっじゃましまーす」


 明るい声で挨拶をしながらボスの部屋へと二人入ると、部屋の中には伊織の見知った男がいた。

 クラスメートの高萩である。


 異世界で再会した懐かしい顔がなんで高萩なんだ、と心の中で呪う。

 決して仲が悪いわけではないが、好んで話をしたいと思う男でないのは確かだった。


「高萩?」


「最上?」


 二人の声が重なった。


「高萩、なんでお前がこんなところで悪の親玉やってるんだよ……」


「いや、色々あってな。……って、お前よくここまでこれたな? 配下の連中はどうした?」


「悪人どもなら床に転がっているぞ」


「殺したのか?」


 高萩が険しい顔で椅子から腰を浮かせる。

 伊織が一人も殺していないことを伝えると、心底安堵して再び椅子へと腰を下ろした。


「色々と聞きたいことはあるがその前に俺の用件を済ませたい」


「そうだな。俺も色々と聞きたいこともあるし話したいこともあるが、大事な話というなら聞くぞ」


 伊織の申し出に素直に応じた。


 伊織は自分がこの世界で雑貨屋を経営しており、その雑貨屋にこの組織の連中がちょっかいをかけってきて迷惑していること。

 その迷惑行為を即刻止めて欲しいと頼んだ。


 そして、このまま続けるようであれば殺人も厭わないことを告げた。


「随分と物騒だな」


「物騒なのはそっちだろ? 現に話し合いをしにきた俺とアルマを殺す気で向かってきたぞ」


 小馬鹿にしたように笑う高萩に伊織は腹立たしさと苛つきを覚えていた。


「そいつは悪かった」


 心のこもっていない謝罪をしたあとで直ぐに聞く。


「あいつらを軽く伸したってことはお前もチート持ちなんだろ?」


「まあ、そんなところだ」


「こっちに来たのはやっぱり召喚か?」


 その言葉に伊織は不吉な予感を覚える。


「そうだ、召喚だ。やっぱり、ってことはお前も召喚なのか?」


「こっちはクラス召喚だけどな」


 鼻で笑いながら肩を竦めてみせた。


「クラス召喚だと!」


「ああ、3年2組の大半だ。いや、正確には二十三人だったかな。お前が休んだ翌日のことだよ」


「俺が休んだ翌日?」


 伊織はこれまで高校を休んだことがなかったので、恐らく自分が志乃によってターミナルに連れてこられた日だろう、と考えていた。


「俺たちが召喚されたことを知らないってことは、お前は休んだ日に召喚されたのか?」


「多分そうだと思う」


 曖昧な答えを返した伊織がなおも聞く。


「クラス召喚ってことは、陽介と詩織もこっちの世界へ来ているのか?」


 高萩が「二十三人」と言っていたので二人も例に漏れずにこちらへ来ているとは思っていたが、それでも確認をしてしまう。


「あの二人も召喚されていたな」


「それで二人は……、いや、他の皆はどこにいるんだ?」


「ふーん、やっぱりなにも知らないのか」


 高萩が探るような視線で伊織を見る。

 伊織はその視線に直感的に嫌なものを感じていた。


「教えてくれてもいいだろ?」


「そうだな、お前のチート能力を教えてくれたら教えてもいいぜ」


「それは割に合わないな」


 伊織はキッパリと断った。

 高萩がこの都市にいることを考えれば、周辺の国家――、都市であることは容易に想像がつく。


 二十三人もの学生が召喚されたのなら、周囲の国家の噂話を収集すればそれなりに情報は入ってくるだろう。


「なあ、そっちの可愛い子はお前の奴隷か?」


「いや、部下だ」


「部下ねえ……」


 値踏みするような視線をアルマに向けた。


「後継者様のお知り合いのようですが、とても失礼な人ですね」


 アルマはここまでの二人のやり取り見て、高萩が伊織にとって好ましい相手でないことを敏感に感じ取っていた。


「なあ、俺の部下にならないか? こんなやつのところよりも好待遇を約束するぜ」


「お断りいたします」


 にべもなく断るアルマに高萩が驚いた表情を浮かべた。


「おいおい、引き抜きに失敗したからってそこまで驚くことじゃないだろ?」


「そうですよ。後継者様と高萩様では天と地ほどの差があります」


 高萩がアルマを睨み付けた。

 日本人離れした端正な顔立ちの伊織に対して、見た目の良くない高萩はコンプレックスを持っていた。


 アルマの発した「天と地ほどの差」をそのまま容姿を指摘されたように受け取り、負の感情を湧き上がらせる。


「高萩、話を戻そう。お前のところのチンピラが俺の店にちょっかいを出して困っている。直ぐに止めさせろ」


「命令口調じゃないか?」


「元々、力ずくで止めさせるつもりでここまで来たんだ」


 不機嫌そうな高萩に伊織が静かに言う。


「チート同士がやりあったってお互いに損をするだけだからな。分かったよ、お前の店にはちょっかいを出させない」


「快諾してくれて俺もホッとしたよ」


「店の名前、もう一度言ってくれ」


「雑貨屋『ローラの店』だ」


 伊織はそう言うときびすを返してアルマと二人、部屋を出た。

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