第35話 アジト訪問(2)

「次は一人くらい残してくれよ」


「全員やっつけちゃったらそのなかに責任者もいますよ、きっと」


「いや、ダメだろ。外出していたらどうするんだよ」


「その可能性を忘れいていました」


 伊織とアルマが作戦会議をしていると二階から人が下りてきた。


「なにがあっ……!」


「どうした?」


 先頭の男が階段の中腹で絶句して立ち止まると、あとに続く男が怪訝そうに聞く。

 しかし、絶句した男は答えることなく階段を転げ落ちた。


「おい、どうした!」


 後ろの男が慌て階段を下りると床に転がる仲間の姿とそのなかで泰然とたったままこちらを見ている二人の若男女が目に入った。

 伊織とアルマである。


「攻撃魔法で気絶させただけだ」


「大人しくしていれば」


 セリフの途中でアルマの姿が消え、次の瞬間、男の背後から声が聞こえる。


「命までは取らないわよ」


「いつの間に……」


 アルマの得体の知れない動きに男の心拍数が跳ね上がる。

 背中に冷たい者が流れ、額は瞬く間に脂汗が浮き出た。


「大人しくする?」


「わ、分かった……。大人しくするから殺さないでくれ……」


 背中に感じたチクリとした痛み――、ナイフを突きつけられたことなど些細なことだった。

 眼前に転がっている十人以上の仲間の姿と、階下にいたはずのアルマが一瞬で自分の背後に回っていたことに恐怖する。


「忙しいところ申し訳ないが責任者のところに案内してくれるかな?」


 無言で男が首肯する。


「ああ、言い忘れた。俺は雑貨屋『ローラの店』のオーナーだ」


「あの店の!」


「心当たりがあるようですよー。もしかして、こいつも後継者様のお店に迷惑をかけていたかも知れませんね」


「ち、違う! 俺はなにもしていない! ただ、他のヤツらが店に行っていたのをしっていただけだ!」


 アルマの言葉を男が慌てて否定した。

 しかし、男の言うことの真偽は二人にとってさほど重要ではない。


 伊織は軽く流して言う。


「それよりも責任者のところへ案内しろ」


「わ、分かった。二階の奥の部屋だ……」


 男を先頭にして三人が二階へと上がる。

 三人が責任者の部屋へと向かう途中、一人の男と廊下で鉢合わせをした。


「どうした? 客か?」


「……」


「侵入者だ! 侵入者がいるぞ!」


 三人の様子に違和感を覚えた男が即座に叫んだ。

 二階にいたチンピラたちが次々と廊下へ飛び出し、あっという間に伊織とアルマは囲まれてしまった。


「テメエら、何者だ!」


「逃がさねえぞ」


 狭い廊下で前後を十人以上の男たちに押さえられた状況に勝ち誇ったチンピラたちが残忍な笑みを浮かべる。

 しかし次の瞬間、驚きと憤怒の表情へと変わる。


「一階の連中がやられている!」


「本当だ! こいつら、下の連中をりやがった」


「テメエら、楽に死ねると思うなよ!」


「生かして捕まえろ! 情報を吐かせたあとでなぶり殺しだ!」


「ターゲットロックオン」


 男たちの声を無視して伊織が口にした。

 伊織の視界に複数の照準が現れ、男たちを瞬時にロックオンしていく。


「なにを言ってやがるんだ?」


「この中に責任者はいるか?」


「はあ?」


「アルマ、後ろの連中は任せる。全員行動不能にしろ」


 正面は俺がやる、そう続けるよりも早く背後で悲鳴が上がり床に倒れ込む音がした。

 そして伊織の耳に届くアルマの声。


「退路、確保しましたー」


「魔術師……!」


 前方の男たちが後退るなか、最後尾にいた男がチンピラたちをかき分けて前へと進み出た。

 年の頃は四十代半ば。


 防具は動きやすさを重視したような軽装の革鎧。

 狭い廊下での取り回しを考えてなのか二本の短剣を携えるのみである。


「アニキ……」


「お前らの手に負える相手じゃなさそうだ。ここは俺に任せろ」


 直ぐに動けるように身構えた。


「あんたがここの責任者か?」


「ナンバー2だ」


 伊織たちを魔術師だと分かっていてなお余裕がうかがえる。


「ナンバーワンは不在か?」


「いや、奥の部屋にいるぜ」


「そうか、ならお前に用はない」


 伊織が右手を挙げようとする矢先、ナンバー2と名乗った男の短剣が彼の腹部に突き立てられた。

 しかし、ここでも「自動防御スライム」が仕事をする。


「なに!」


 男は驚愕の声を上げると同時にピクリとも動かない短剣から手を放して大きく飛び退った。


「残念だったな」


 男は自分に向けられた伊織の右腕から――、攻撃魔法の射線から身体をずらした。

 しかし、伊織の放った小型ミサイルにはホーミング機能がついている。


 狭い廊下で逃れる術はなかった。

 全弾命中し、身動き取れなくなった男たちが床に転がった。


「念のためだ」


 伊織はナンバー2と名乗った男の上に「捕縛チェーン」投げる。

 すると、チェーンは瞬く間に男をグルグル巻きにした。


「さて、それじゃあ責任者と話し合いと行くか」


「話の分かる相手だといいですねー」


「相手のためにもそう願うよ」


 伊織が奥の部屋の扉をノックした。

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