第34話 アジト訪問(1)

ローラの店を出た伊織とアルマは五分ほど歩くと裏路地へと入り込むと辺りを見回して人目のないことを確認する。


「転移するぞ」


「はい」


 その言葉と残像を残して二人が消えた。

 次の瞬間、二人は汚らしい通りへと現れる。


「ここから五百メートルほど行ったところが本拠地です」


 本型デバイスに表示させた地図を見ながらアルマが通りの奥を指さす。

 伊織も隣から本型デバイスをのぞき込む。


「ここからは歩いて行こう」


 若い男女が高価そうな羊皮紙製の書物を見ながらスラム街を歩く。

 傍から見るとなんともシュールな光景である。


 当然、辺りの者たちの視線が二人に集中する。

 獲物を見るような視線を向けている男たちを見てアルマが身震いをした。


「うわー、気持ち悪い」


「全員、殺傷力の高い武器を持っているな」


 ハインズ市では街中であっても護身用の武器を所持している者が多かった。

 それでも、冒険者ならいざ知らず一般の市民が槍や斧、大剣、弓矢といった殺傷力の高い武器を持ち歩くことは少ない。


 だが、この通りを見渡す限り殺傷力の高い武器を装備している者がほとんどだった。


「物騒なところですねー」


「用がなければ近寄りたくないな」


「不潔で臭いですからねー」


「また臭いの話か?」


「衛生と臭いに気を配ることを疎かにするのは、ダンジョン運営に携わる者としては看過できません」


 伊織はアルマの言葉で、ダンジョンに配置する魔物を選ぶときの苦労を思いだしていた。


「アルマ」


「なんでしょう?」


「ゴブリンを捕らえ損ねたときみたいなドジは踏むなよ」


「あれは偶々ですよ! いやですよ、後継者様ー。ははははは……」


 アルマの力ない笑い声のなか、目的の建物の正面で足を止める。

 二人の見張りが面倒臭そうに言う。


「ガキども、ここに近付くんじゃねえ」


「あっち行ってろ!」


「そう邪険にするなよ。責任者に用があってきたんだ、取り次いでくれないか」


「はあ?」


「なに言ってんだ、こいつ」


 想像してもいなかった伊織の言葉に見張りの二人が面食らう。

 力ずくで追い払う気満々で一人が肩を怒らせて近付いた。


「テメー、正気か?」


「もう一度言う。責任者に用があってきた。取り次いでくれ」


「失せろ!」


 自分を見上げる伊織の顔面に男が拳を振り下ろした。

 伊織が身にまとっていた「自動防御スライム」が彼の皮膚からコンマ数ミリのところで男の拳を受け止めて衝撃を無効化する。


「な、なんだ? 畜生、動かねえ!」


 自動防御スライムが男の拳を捕らえてはなさないのだが、自動防御スライムなどしらない男は自分の拳が伊織の顔面に張り付いたまま動かなくなって半ばパニックを起こしていた。

 そんな男に向かって伊織は「失せるのはお前だよ」と穏やかな声で告げる。


 次の瞬間、弾き飛ばされた男はもう一人の男を巻き込み、扉を壊して家の中へと転がり込んだ。

 建物の一階は酒場のような作りの板張りのフロアが広がっていた。


 そこにたむろしている男たちは十人ほど。


「なんだ! 何があった!」


「殴り込みだ!」


「どこのヤツらだ!」


 伊織たちの訪問を対抗組織の攻撃と勘違いした者たちが慌てて扉の方へと敵意を向けた。

 現れたのは伊織とアルマ。


 彼らの敵対組織の人間とは大きくかけ離れた外見の二人である。

 扉ごと引き飛ばされてきた見張り二人と、伊織とアルマの二人とが繋がらなかったがそれでも凄んでみせる。


「ここはテメエらみたいなのが来るところじゃねえぞ」


「こんにちは。雑貨屋『ローラの店』から来ました」


 その場に似つかわしくない伊織の朗らかな笑顔にチンピラたちの反応が鈍る。


「雑貨屋だ?」


「さっさと帰りな」


「良心的な人もなかにはいるようですね」


「混乱しているだけだろ」


 アルマの言葉ににべもなく返した伊織が、床に転がっている見張りの男を蹴飛ばして道を空けた。


「どういうつもりだ?」


「テメエら、無事に帰れると思うなよ」


「責任者に会いたい」


 怯む素振りも見せずに不遜に言い切った伊織の態度にチンピラたちが即座に反応した。

 そしてチンピラの攻撃とともに発動する「自動防御スライム」。


「な! なんだ!」


 伊織の頬からコンマ何ミリかの距離で動かなくなった自分の拳にチンピラが慌てる。

 しかし次の瞬間、伊織がかざした右手の袖の下から放たれた小型ミサイルにより男が反対側の壁へと吹き飛んだ。


 伊織が放った小型ミサイルは、命中した瞬間敵にショックウェーブによる麻痺ダメージを与えてミサイルそのものは分解して空気中に霧散するという代物である。


「魔法使いか!」


「気を付けろ!」


「全員でかかれ!」


 科学知識のない者からはそれが魔法による攻撃に見えてもしかたがないだろう。

 伊織を魔術師と勘違いしたチンピラたちが一斉に襲いかかった。


「ハーイ! こっち見ちゃダメですよー」


 アルマが可愛らしい声を上げてスカートを太もものあたりまでめくり上げると、十数発の小型ミサイルがスカートの中から飛び出す。

 伊織が放った小型ミサイルと同系統のものだ。


 小型ミサイルは複雑な軌道を描いてチンピラたちを次々と捉えていく。

 命中した瞬間にショックウェーブで目標物を行動不能にして、ミサイルそのものは茎中に霧散した。


「一階の制圧を完了しましたー」


「一人くらい残しておけよ。責任者の所在が聞き出せないじゃないか」


「大丈夫ですよ、まだ上にいますから」


 下の騒ぎを聞きつけたものたちが動きだした。

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