第33話 防犯グッズ

伊織とアルマ以外立ち入り禁止としている雑貨屋二階にある執務室へと転移した二人の耳に階下からの怒声が響く。


「てめえら、ぶっ殺すぞ!」


「俺たちにこんなことをしてただで済むと思うなよ! 必ず仕返しをしてやるからな!」


 二人が顔を見合わせた。


「聞いたか?」


「なんだか穏やかじゃありませんね」


 しかし、特に心配をしている様子もなく一階へと続く階段へ向かう。

 階段を下りながら伊織が声を掛けた。


「グレイス、なにか問題でもあったのか?」


「これはモガミ様、ファティ様」


 階下から階段を下りる二人に挨拶をして状況を説明し始める。


「実はこちらのお客様方が商品を無断で持ち出そうとしたところ、泥棒捕縛用の魔法に捕まってしまったのです」


「なんだ、ガキじゃねえか」


「おいガキ! ふざけた真似していると痛い目を見ることになるぞ」


 鎖でグルグル巻きにされて床に横たわった強面の男二人が伊織にすごんで見せた。

 傍らにはグレイスと……、棒きれで横たわる盗賊の顔をツンツンと突くローラ。


 二人とも慣れた様子で強面の男たちをまるで怖がる様子もない。

 むしろ、この状況で脅しをかける盗賊に呆れていた。


「お見苦しいところを」


「それよりも衛兵へは通報したのか?」


「いいえ。最近ではこのまま店の外に放置しておくと見回りの衛兵が声を掛けてくださいます」


 伊織のグレイスに任せている雑貨屋「ローラの店」はこの一月の間に衛兵の立ち寄り所となっていた。

 グレイスとしては声を掛けることなく回収して欲しいと思うのだが、『捕縛チェーン』の解除が出来るのが彼女と娘のローラだけ、ということになっているのでやむなく対応をしている。


「捕縛チェーン、大活躍ですね」


 とアルマ。


「もう少し、数を増やすか」


「どうせなら他の道具も試してみませんか?」


「それも一興だな」


 盗賊たちを縛り上げている『捕縛チェーン』はこの世界の魔道具ではなく、ターミナル経由で取り寄せた超科学アイテムである。

 悪意を持ったものが侵入してくると自動で襲いかかって縛り上げる。


「ここ二週間くらいは侵入者が随分と多いな」


「はい。既に二十人を超えています」


 伊織の質問にグレイスが、「困ったものです」とでも言いたそうな顔をした。

 随分と逞しくなったものだと伊織は内心で苦笑する。


 開店早々は客足も少なく、それこそ盗賊が忍び込むようなことはなかった。

 しかし、取り扱っている商品が魔法で強化された武器や防具ばかりか、塩や砂糖、胡椒などの香辛料、穀物などと知れ渡ると訪れる客も増える。


 そして、店の切り盛りをしているのがグレイスとローラの二人だと分かると好ましくない輩も現れ出した。

 しまいには連日盗賊が侵入する始末である。


 それらを撃退したのが「捕縛チェーン」だった。


「そのうち減るとは思うけど、念のため防犯グッズを増やしておくよ」


「お気遣いありがとうございます」


「いっそのこと元から絶ちましょう」


 アルマが耳打ちした。


「そんなことして大丈夫か?」


「ちょっと悪さをしようとした程度の住民だと後々トラブルになる可能性もありますが、チンピラや裏組織の連中なら殺さない程度に痛めつける分には問題ありません」


 この際なので鬱陶しい裏組織を壊滅させるのもありかと思います、と続けた。

 侵入した盗賊や正面から恐喝しようとした連中を「捕縛チェーン」で次々と捕らえては衛兵に引き渡していたが仕事に支障が出ている。


 なによりも、グレイスとローラを怯えさせたことは許せなかった。


「これまでに侵入したり恐喝した連中とそいつらが所属する組織のリストアップにどれくらい時間がかかる?」


「リストアップは終わっています」


 伊織の質問にアルマが期待に満ちた瞳で即答した。

 アルマは本型デバイスを開いて、そこに彼女が調べ上げたリストを表示して伊織に見せる。


 店で防犯システムが作動するとアルマに連絡が入る仕組みになっている。

 その連絡の数とタイミングの悪さに彼女も腹に据えかねるものがあったようだ。


「やっちゃいましょう」


 アルマの進言に伊織が静かにうなずく。


「グレイス」


「はい」


「俺とアルマはこれからちょっと出かけるが、三時間ほどで戻るつもりだ」


「畏まりました」


 グレイスの横でローラもお辞儀をする。


「アルマ、ちょっとお灸をすえにいくぞ」


「待ってましたー!」


 二人が揚々と店をでた。

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