第32話 今後の展望
志乃との通信が切れたところで正気に戻ったアルマが聞いた。
「え? どういうことですか?」
「つまり、オペレーションエリアで寝て過ごすだけで俺たちは常にナンバーワンの成績を残せるってことだ」
それもぶっちぎりのナンバーワンだ! と伊織が得意げに言った。
通常、ダンジョンコアに蓄えられる魔力の源は、ダンジョン内に配置した魔物やダンジョンを訪れる冒険者から放出される魔力である。
しかし、公にはされていないがダンジョンマスターとサブマスター、或いは秘書が日常生活の中で無意識に放出する魔力もダンジョンコアに蓄えられていた。
他のダンジョンマスターの魔力量は1万~10万。
アルマの魔力量だけでも10倍以上、伊織に至っては100倍以上となる。
伊織の言葉を理解したアルマが瞳を輝かせる。
「あたしたちの出世は決まったようなものですね!」
「アルマ、将来は社長秘書にしてやろう」
「社長秘書! なんて甘美な響き……」
来年どころか果てしない未来の可能性にアルマがうっとりする。
半分上の空を覚悟でアルマに言う。
「ナンバーワンは約束されているし、次はありあまる魔力を使ってダンジョンを拡張する。そして自分たちの生活改善を図ろうと思う」
「素晴らしいです! で、具体的には何をするんですか?」
「第二オペレーションエリアを創造して、そこに畑を作ろうと思う」
「畑ですかぁ……。スローライフとか言ってましたけど、まさか農作業をするつもりですか……?」
あからさまに嫌そうな顔をするアルマ。
直前までのハイテンションは見事に消失しいている。
新鮮な野菜なら数多の異世界から取り寄せればよかった。
個人的に通信販売で購入したものは一旦ターミナルの本社での受け取りとなる。
その上で転送となるので業務で利用する物資よりも時間はかかった。
しかし、それでも十分に新鮮だった。
アルマとしては農作業の労力の方が無駄に思える。
「スローライフを本気でやるつもりはないさ。雰囲気を味わえればそれで十分だからな」
「というと……?」
「農作業はロボットにさせて、俺はたまに畑を見回るくらいかな」
スローライフを舐めきったことを口にした。
「そういうことでしたら、あたしもスローライフ大賛成です!」
同じように舐めきったことを口にしたアルマがさらに踏み込む。
「果樹園を作りましょう、果樹園! 果樹にハンモックを吊して、なっている果物をもいで食べるのが夢だったんですよー」
「まさにスローライフって感じだな」
ブドウ棚の木陰でハンモックに揺られながらブドウを食べる自分の姿を想像して口元が綻ぶ。
「毎日ピクニックをしましょう」
「さすがに毎日はあきるだろ」
「そうですねー。飽きるまで続けたらなんだか損した気分になっちゃいますよねー」
飽きる前に仕事をして気分転換しましょう、とアルマ。
「と言うことで、第二オペレーションエリアを創るのは決定として、ダンジョンももっと拡張したいよな」
「海辺の階層とかどうです? ダンジョン内プライベートビーチでカクテル片手にお昼寝なんて最高じゃないですか」
「俺たちまだ酒は飲めないだろ」
「イメージですよー、イメージ」
伊織とアルマの幸せそうな笑い声が響き渡る。
ひとしきりしたところで伊織が言う。
「オペレーションエリアの環境改善とダンジョンの拡張の他にも、現地での偽装身分の確立と現地拠点の拡充も必要だな」
この異世界に限らず、各地に派遣されたダンジョンマスターたちは現地での身分を確立していた。
領主となる者、大商人となる者、辺境の町で魔道具屋を営む者など様々であったが、ダンジョンマスターとは別の顔を持つ者が大半だった。
理由は派遣先の生活を楽しもうということである。
もちろん、ダンジョンマスターに専念している者もいた。
「後継者様も現地での生活を楽しもうというタイプですね」
アルマも同じ考えなのだろう、安堵した表情を浮かべて言う。
「それで、何を目指すんですか?」
「俺たちの場合、ダンジョンを長期間留守にするわけにはいかないからな。食べ物が美味い土地や温泉地に現地拠点を広げて、ときどき遊びに行ければいいと思っている」
現地の協力者には自分たちが滞在する間の身の回りの世話をしてもらうつもりだった。
しかし、急速な拡大は管理面に不安があるので徐々に拡充していくつもりでもある。
「まずはローラちゃんの雑貨屋さんを軌道に乗せるところからですね」
「そうだな」
伊織がうず高く積み上げられた木箱に視線を向けた。
その中には強化した武器や防具、ポーション類、魔道具が格納されている。
「やっぱり売り物はダンジョンの宝箱に配置したアイテムよりも数段落ちる者にするんですね」
店で買えるアイテムよりもダンジョンの宝箱から入手できるアイテムの方が性能が上であることがダンジョンの魅力になると考えていた。
「取り敢えず、あの強化アイテムをローラの店に運び込もう」
「せっかくですから、海の幸を楽しみましょう」
意気揚々とアルマが立ち上がった。
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