第37話 クラス召喚(1) ー別視点ー
朝の登校時間。
教室の生徒もホームルームまでの空き時間を思い思いにすごしていた。
「陽介、寂しそうじゃないの」
教室の窓から登校する生徒たちを見ていた精悍な顔つきをした男子生徒に声を掛けたのは、活発そうな雰囲気をした少女だった。
陽介と呼ばれた男子生徒が女子生徒の方を振り向くとつまらなそうに言う。
「なんだ、結城か」
「なんだはご挨拶ね、可愛い幼なじみが心配して声を掛けてあげたっていうのに」
「心配されるようなことなんてない」
不貞腐れたように再び登校する生徒たちに目を向ける陽介。
少女がクスクスと笑いながらからかうように言う。
「伊織が休んでて寂しいんでしょ」
双方の幼なじみである詩織としては休んでいる伊織のことも心配だったが、それ以上に好意を寄せている陽介が塞ぎ込んでいることの方が心配だった。
どうしても気になってつい、からかってしまう。
「なんだよ、それ」
「仲いいもんね、陽介と伊織」
一部の女の子たちの間で噂になるほどだよ、と詩織が耳打ちした。
「お前ら、本当に暇だよな」
「いやー、野性味溢れる精悍な陽介と耽美系の伊織の組み合わせだからね。想像力をかき立てられる娘は多いんだよ」
「ばっかじゃねえの」
「でも心配だよね。伊織、風邪かな? 具合、どうだって? 帰りに家に寄ってみる?」
詩織として伊織のことも心配だったし、陽介と一緒にいられる時間が作れるから一石二鳥の提案だった。
「連絡が取れなくなっているから心配しているんだ」
「志乃さんのところへ行ってるのかな?」
伊織の両親が他界してから彼の保護者となっている伊織の叔母である志乃は二人にとって共通の知人だった。
陽介も同じことを考えてはいた。
それでも不安はある。
「そうだとしてもスマホの電源も入ってないって普通じゃないだろ?」
「え? 一晩中電源が入ってないってこと?」
異常事態と受け取れる状況に詩織も不安をかき立てられる。
「ああ、昨日の昼間からだ」
「一人暮らしの高校生が一晩中スマホを切ったままって異常事態だよね?」
「やっぱりそう思うか?」
詩織は陽介の言葉に首肯する。
その瞬間、二人の足元で光が発した。
「え? なに?」
「詩織!」
陽介は戸惑う詩織を抱き寄せると、直ぐに動けるよう椅子から立ち上がって窓際へと身を寄せる。
足元の光は魔方陣のような不思議な文様を描いていた。
「やだ、怖い!」
「俺から離れるな」
陽介は詩織の肩を抱く手に無意識に力を込めた。
二人の視界に異様な光景が映し出される。
教室の床に幾つもの光の線が走った。
陽介と同じように反射的に数人の生徒が椅子を倒して席を立つ。
『魔法陣』そんな単語が陽介と詩織の脳裏に浮かぶ。
「キャーッ、な、なに?」
「ヤダッ、気持ち悪い!」
「何これ?」
「文字みたいなのが光っているぞ」
「何だよ、この変な幾何学模様は?」
「これ、魔法陣みたいじゃないか?」
続いて幾つもの声があちらこちらから上がり、床に現れた光の文様はその輝きを一気に増した。
「うわっ!」
「
「な、何だよ!」
「目が!」
そんな叫び声の中、陽介は右腕で詩織を抱き、左腕で顔を覆い目を固く閉じた。
突然平衡感覚を失い、浮遊感が襲う。
続いて背中が固いなにかに衝突する衝撃と痛みを覚えた。
続いて、胸に柔らかな感触と圧迫感。
陽介が衝撃と痛みを感じていたとき、彼の周囲では人が地面に倒れた様な鈍い音と叫び声や痛みを訴える声が上がる。
自分が仰向けに倒れたことは分かったが、同時に違和感を覚えた。
石のような床の感触。
そして大人の声が反響する。
「成功だ! フィーネ様の召喚術が成功したぞ!」
「異世界からの来訪者様だ」
「夢のようだ」
「フィーネ様、おめでとうございます」
クラスの生徒たちの戸惑いと呻き声に交じって耳を疑うような言葉が陽介の耳に届く。
異世界? 来訪者様? 耳に届いた単語に軽い混乱を覚える。
固く閉じていた目をゆっくり開けると、ヨーロッパの宮殿か神殿のような造りをした大きな空間が視界に飛び込んで来た。
さらに辺りを見回すと、三年二組の生徒たちだけでなくファンタジー世界の神官を連想させるような衣装に身を包んだ人たちがいた。
「大丈夫か?」
陽介は自分の上にうつ伏せに乗っている詩織に声を掛けた。
「あ、ありがとう」
陽介が側にいることに安堵したことで詩織も周囲を見回す心の余裕が生まれた。
しかし、状況を受け入れる余裕はない。
「なに、これ……」
「静かにしろ、目立たないようにするんだ」
「うん……」
陽介が詩織に回した腕を放して、互いに寄り添うようにして周囲を警戒する。
見慣れた制服姿の人数を数える。
自分たちを含めて、男子生徒十二人に女子生徒十一人。
床に光り輝く魔法陣が発生した三年二組の教室にいた者全員がこの場に居るであろうことを確認した。
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