第29話 拠点改修

ブリトニーが二枚の書類を伊織に向けて差し出す。 


「こちらが関係書類一式になります」


 書類は一枚が住居と敷地、一枚が店舗と倉庫及び敷地の所有権を認めるものだった。


「これで引き渡しが完了したという理解であっていますか?」


「はい、こちらの物件はイオリ・モガミ様の所有物となりました」


 そう言って住居と店舗、倉庫の鍵をテーブルの上に置く。


「良い取り引きが出来ました。ありがとうございます」


 笑顔でお礼を述べる伊織にブリトニーも笑顔で「こちらこそ、良いお取り引きをさせて頂きました。誠にありがとうございます」とお辞儀をした。

 顔を上げたブリトニーに聞く。


「ところで、補修工事などはどちらに頼まれるのでしょうか? もしよろしければ私どもで大工をご紹介させて頂けますが?」


「補修工事は自分たちでできるので問題ありません」


「はい?」


 伊織の回答にブリトニーだけでなくグレイスとローラの母娘も驚きの声を上げた。


「え?」


「え!」


「し、失礼いたしました。モガミ様は大工のご経験もおありなのですか?」


「魔術師なので魔法で修復が出来ます」


 魔術で修復をするなど聞いたことがないブリトニーを伊織の一言がさらに混乱させた。

 聞いたことがないのももっともである。


 この世界の魔術師でそんなことのできる者など一人もいないのだから。


「はい?」


「まあ、細かいことはこちらでやるのでご心配には及びません」


「そ、そう、ですか……」


 混乱したブリトニーをそのままに伊織たちは不動産屋を後にして宿屋へと向かった。

 馬車の御者席からグレイスが聞く。


「モガミ様、先ほどの魔術で家の補修をされるというのは……」


 本当の事でしょうか? と言う言葉を飲み込んだ。


「言葉通りだ。俺とアルマくらいの魔術師になるとそれくらいは造作ないことだ」


「いえいえ、あたしなんて後継者様の足元にも及びません」


「お二人とも家の補修ができるのですね……」


「凄い……」


 グレイスとローラ母娘があんぐりと口を開けて驚く。

 魔法の知識に乏しい母娘であったが、それでも伊織とアルマが尋常でない魔術師であることは理解できた。


 自分たちの主人の魔術師としての凄さと得体の知れなさに二人の伊織に対する畏敬の念が深まる。


 宿屋へ到着するといつものようにグレイスとローラ、伊織、アルマの三人がそれぞれの部屋へと消える。

 そして、伊織とアルマは文字通り消えた。


 転移した先は先ほど購入した住居のなかへと直接転移していた。


「さて、改修を始めるか」


 言葉とともに空間魔法庫パーソナルストレージから建築素材らしきものを床一面にうずたかく積み上げる。

 

 続いて、見た目はできるだけそのままにして、合成魔法で耐久や断熱、遮音などを強化して行く。

 合成魔法を使いながら伊織がアルマに言う。


「合成が終わった場所から順次、防犯用のカメラや各種センサーを設置してくれ」


「分っかりましたー」


 いつもののほほんとした口調の答えが返ってきた。

 口調からやる気は感じられないが、仕事は着実にこなしていく。


 時間にして二時間弱。

 居住用の建屋だけでなく店舗用の建屋まで、その外見はほとんど変わっていなかったが、機能面とセキュリティ面が大幅に強化された建物となっていた。


「侵入者用のトラップを付けませんか?」


「ダンジョンじゃないからな、やめておこう」


 楽しげなアルマの表情に、一瞬心を動かされたが小さく首を振った。


「少々面白みには欠けますが、これで偽装した身分での拠点ができましたね。おめでとうございます」


 微笑むアルマに「ありがとう」とお礼を言うと、


「次はこの拠点の護衛の確保と、本題であるダンジョンの拡張だな」


「グレイスとローラの服もそれなりに強化をされましたし、これで自動防御の腕輪でも渡しておけば護衛の必要もないと思います」


 アルマが言うように護衛の必要がない状況は簡単に作れる。

 それでも、母娘の二人だけで店を切り盛りしていてはよこしまな連中が目を付けないとも限らないと、伊織は考えていた。


「護衛がいれば、それだけでトラブルを避けられるから、やはり護衛は必要だ」


 伊織の言葉にアルマも納得した。

 感心するアルマに伊織が言う。


「偽装した身分の拠点はこれに護衛を用意すれば十分だろう。これで当面はダンジョンの拡張と強化に注力できるな」


「またスケルトンを増やすんですかー?」


 アルマが嫌そうな声を上げた。


「そうだな、今度は人間のオーソドックスに人間のスケルトンを作るか」


「え! まさか、墓荒らし……」


「違うよ。森で見かけた冒険者の骸があっただろ? あれを利用しようかと考えた」


「うーん……。やはりいくら異世界人とは言っても人間のスケルトンを作るのは抵抗ありますねー」


「確かになー……」


 と考え込んだ伊織が急に声を上げた。


「そうだ! 甲冑でビングアーマーを作ろう!」


「それ、臭くなくていいですね」


 こうして次の階層の魔物が決定した。

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