第26話 宝物

宿屋へ戻るとグレイスが不安げに聞く。


「随分と武器や防具をお買い求めになりましたが、そちらを店で販売されるのでしょうか?」


 武器や防具の質について造詣はないが、それでも伊織とアルマが然したる基準もなく買い集めていたことはグレイスにも分かった。

 店先に漠然と並ぶ武器や防具を想像して不安になる。


「いや、これは店では売らない」


「どうされるのですか?」


 武器は短剣、長剣、弓、槍と多種多様だった。防具にしても素材やサイズなどどこにも一貫性がなった。

 売らないなら誰が使うものなのか?


 不安は吹き飛んだが疑問が湧き上がる。

 武器と防具はダンジョンの宝箱に収めるお宝なのだがそれを正直に伝えるわけにもいかず適当に言葉を濁した。


「贈り物、かな」


「贈り物、ですか……」


 釈然としない様子のグレイスに伊織が言う。


「部屋に戻ったら二人はゆっくり休んでくれ」


「モガミ様とファティ様はまたお出かけになるのでしょうか?」


 察しがいいな、と伊織は思う。


「魔法で出かけるから二人を連れて行けない」


 表向きは宿屋の部屋に籠もっているが、二人とも魔法で外出するので部屋は無人となる。

 無人であることを宿屋の人間に悟られたくないので部屋には誰も入れないで欲しい、とグレイスとローラに自分たちが不在の間の仕事を与えた。


「畏まりました。宿屋の者には上手くごまかしておきます」


 グレイスの傍らでローラもうなずく。


「万が一部屋が無人だとしられたら、外出したようです、とでもごまかしてくれればいい」


 四人はそれぞれの部屋へと入っていった。


 ◇


 伊織が部屋に入って数十秒後、アルマが虚空から姿を現した。


「お待たせいたしました-」


 空間魔法による転移である。

 アルマが最も得意とする魔法であり、秘書――、近い未来のサブマスターとして採用された要因でもあった。


「それじゃ、ダンジョンへ戻ろか」


「はい」


 その言葉ととも二人の姿が部屋から消える。

 部屋から消えた瞬間、伊織とアルマの目の前に映ったのは掘りごたつのある畳敷きの和室だった。


「なんというか不思議な感覚だな」


 伊織自身、己の意思での転移をもう十回以上もしているのだが、それでもまだ慣れないようだ。


「そのうち慣れますよ」


「そんなことよりも、買ってきた武器や防具を強化しよう」


「そのまま宝箱に入れるんじゃなかったんですね」


 三階層までの初期ダンジョンなので排出する宝物も一般的な武器や防具で十分だ、と志乃からの手引書にある。

 アルマの知る数少ない常識でもそれは同様だっただけに驚きが隠せなかった。


「宝箱を開ける瞬間っていうのはワクワク感がピークにあるんだ。なのに出てきたのが街中で売っている剣だったら、ガッカリ感が半端ないだろ?」


「冒険者なんてどんなアイテムがでてきても喜ぶんじゃないですかー?」


 分かってないな、という表情で伊織が言う。


「ダンジョンは他にもあるんだ。期待を裏切り続けるダンジョンに何回も潜るようなお人好しはいない。俺たちが欲しいのは繰り返しダンジョンに潜って魔力を消費してくれるリピーターなんだ」


 重課金ならぬ、重魔力消費リピーターなのだと説明した。


「なるほど! さすが後継者様です」


「と言うことで、早速、武器と防具を強化しよう」


 手始めに、と伊織は二本の長剣を手に取って魔力を流す。


「合成!」


 別に言葉にする必要などないのだが、何となく口にしてしまう。

 伊織が使った魔法は「合成魔法」だった。


 二つの異なる物質を一つの物質へと変化させる。

 今回は、街中で購入した数打ちの鋳造同士を合成した。


 左手に持った剣が消失した。


 右手に残った長剣を鑑定すると「長剣 耐久+1」とあった。

 伊織と同様に鑑定をしたアルマが歓声を上げる。


「おお! なまくらが強くなりました!」


「まだまだ、これからだ」


 伊織は別の長剣をたったいま強化した長剣に合成すると、「長剣 鋭利+1 耐久+1」となる。

 キャッキャと上がる歓声に気を良くした伊織が合成を繰り返した。


「これで、「長剣 鋭利+3 耐久+5」になったぞ。初期ダンジョンだし、取り敢えずこいつは大当たりのアイテムってことにしよう」


「凄いですけど、見た目がショボいですね」


 見た目はどこにでもある鋳造の長剣だった。


「そこは失敗だったな。こんどは見た目が格好良い武器をベースに強化をしよう」


「早速失敗から学ぶとは、さすが後継者様です」


 アルマのヨイショをさらりと受け流す。


「俺は買ってきた武器と防具を強化するから、アルマはダンジョンに宝箱をセットしてきてくれ」


「配置はどうしますか?」


「どうせ低い階層だ、適当でいいよ」


「分っかりましたー」


 およそ一時間後、ダンジョンの各階層に宝箱が五個ずつ設置された。

 第一階層の宝箱の中にはポーション、第二階層の宝箱には防具類、第三階層の宝場には武器類が収められている。


 配置図を眺めながら伊織が言う。


「魔物を倒したときに手に入るアイテムもある程度の価値があった方が良いよな」


「ゲームみたいにアイテムをドロップするようなシステムはありませんけど?」


 ここ数日、伊織とアルマはどのようなダンジョンを作るのかを話し合っていた。

 その過程で伊織が地球のファンタジーを題材としたRPGやアニメ、漫画、ラノベなどを蕩々と語って聞かせている。


 聞かされた知識の中から思い当たる仕組みを口にした。


「違う違う。魔物が倒されたら持っている武器や防具、身ぐるみ剥がされるだろ?」


 配置される予定の魔物はゴブリンスケルトン、コボルドスケルトン、オークスケルトンなので武器は所持しているが、防具は盾くらいであった。


「追い剥ぎみたいな連中ですから持っていくでしょうね」


「だから、魔物に持たせる武器と防具もそれなりの強化をしておこうと思うんだ」


「なるほど!」


「階層主を用意して強力な武器を持たせるのも良いですね」


「低層だからほどほどの強さにしかしないけどな」


「じゃあ、魔物たちに武器と防具を持ってこさせましょう」


「どうせなら、魔物も強化するか」


「できるんですか?」


 驚くアルマに伊織が「知らないけど」と続ける。


「試してみて、ダメなら諦めるさ」


 伊織とアルマは配置予定の魔物たちを集めて、魔物自身を強化する実験と武器と防具の強化を図ることにした。

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