第25話 不思議な空間
不動産屋に用件を伝え終えた一行は昼食を済ませて宿屋へと移動していた。
「ここが不動産屋のお奨めですね」
値踏みをするようなアルマの後ろでグレイスとローラの母娘が呆けたように宿屋を見上げている。
「高そうな宿ですね……」
「……本当にここに泊まってもいいんですか?」
前もって伊織たちと同じ宿に泊まると聞かされていたので、それなりの価格の宿なのだろうと内心で胸を高鳴らせていた二人だったが……。
目の前にした宿屋は彼女たちが知っているどの宿屋よりも豪華だった。
「安全を最優先させたからな」
と伊織。
宿屋は不動産屋に紹介をしてもらったのだが、条件として最優先したのが安全であること、だった。
伊織たちに財力があると判断したブリトニーが紹介したのがこちらの宿屋である。
富裕層向けの価格のなかでも高額な部類になるが、この都市を含めたマンスフィールド地方を治めるマンスフィールド辺境伯が経営する宿屋であった。
辺境伯家の経営する宿屋なので、騎士団の騎士や衛兵が立ち寄るという普通ではあり得ないことが行われる。
「領主が経営する宿屋ですから、騎士や衛兵が立ち寄らなくても問題を起こす人はいないでしょうねー」
アルマが先に立って歩き出すと、グレイスが馬車へと向かう。
「荷物を取って来ます」
「いや、いい……」
「ちょっと、待って……」
重なった伊織とアルマの言葉が途中で途切れ、馬車の扉を開けたグレイスが固まった。
「先に行っておくべきだったな」
「やっちゃいましたねー」
「モ、モガミ様! 荷物がもがっ」
駆け寄った伊織がグレイスの口を塞いで耳元でささやく。
「荷物は既にとあるところに運び込んであるから騒がないように」
口を塞がれたままのグレイスがコクコクとうなずいた。
「すまないな、先に言っておくべきだった」
「いいえ。私こそ取り乱してしまい申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる。
「こちらのミスだ、気にしないでくれ」
「あの、いつ荷物を運び出されたのでしょうか?」
心当たりのないグレイスが不思議そうに聞いた。
伊織とアルマが顔を見合わせる。
荷物は馬車を降りる際にアルマが
しかし、それを言うわけにも行かない。
「まあなんだ。そのうち色々と説明するから、いまは何も考えずに納得してくれないか」
「世の中には知らない方がいいことがたくさんあるんですよー」
「はあ……」
「ローラもそれでいいかな?」
「はい……」
グレイスとローラが釈然としない顔で承諾した。
◇
「港があるだけありますねー。魚が美味しかったです」
アルマが満足げに椅子にもたれた。
その向かい側でグレイスとローラが「ごちそうさまでした」と食事を終える。
食後のお茶を飲みながら伊織が言う。
「俺とアルマはこのあと徒歩で町をブラつきながら買い物をするつもりだが、二人はどうする?」
「ご一緒させて頂きます」
グレイスの返事にローラも横でうなずく。
「無理に付いてくる必要はないからな。長旅で疲れているだろうし、部屋で休んでくれて問題ない」
「荷物持ちをさせて頂きます」
引く気がなさそうなグレイスの様子に伊織が折れた。
「分かった。それじゃマジックバッグを一つずつ渡すからそれを持って付いてきてくれ」
「畏まりました」
伊織はテーブルの下にあったかのような振りをして、二つのマジックバッグを
一つは、ボストンバッグほどの大きさで、もう一つは小ぶりの手提げほどの大きさのバッグである。
「いまのは……」
グレイスの顔色が変わり語尾が消え入る。
未知の出来事に畏怖を覚えていた。
彼女の反応に伊織は自分が失敗したことを悟る。
内心で、どうごまかそうか、と考えながら言う。
「これからも不思議なことが色々と起こると思うけど気にしないでくれ」
「後継者様は高位の魔術師なので、あたしたち一般人に理解できないことを平然とやります」
アルマがまるで自分が一般人であるかのように補足する。
伊織はアルマの言葉を聞いて、全て魔法ということにしてしまえばいいのか、と閃く。
「実はいまのは魔法なんだ」
「魔法……なのですか?」
「魔法!」
震える声で畏怖するグレイスと興味を覚えて興奮気味のローラ。
そんな二人に伊織は芝居気たっぷりに言う。
「アルマは自分が一般人のような事を言っているけど、俺もアルマもとある賢者の弟子なんだよ」
「ブーッ!」
アルマが飲んでいた水を吹きだした。
「どうした?」
「い、いいえ。何でもありません」
額の汗を拭いながらアルマが先を続けてください、とうながす。
「その賢者から伝授された魔法の一つに、巨大なマジックバッグのような魔法があるんだ」
誰にも見えない不思議な空間に大量の荷物をしまったり出したりすることが出来るのだと説明した。
「賢者様ですか」
「凄いです!」
グレイスの視線が畏怖から畏敬へと変わる。
「もう想像は付いていると思うけど、馬車のなかにあった荷物は賢者から伝授された魔法で不思議な空間にしまってある」
「合点がいきました」
「モガミ様、すごいです!」
伊織は二人の反応に満足してうなずく。
「念のため言っておくがいまの話はとある国の国家機密なんだ。つまり、他言無用だ」
「承知いたしました」
「はい!」
承諾した二人に言う。
「いま渡したマジックバッグもその不思議な空間の魔法を知られないための擬装用だ」
「ぎそう?」
不思議そうにするローラに言う。
「ローラに渡したマジックバッグにしまう振りをして、賢者様の不思議な空間にしまえば、魔法だって誰も気付かないだろ?」
「モガミ様は頭がいいですね!」
ローラが尊敬の眼差しを向けた。
伊織はローラの頭をなでて話を再開する。
「実際に街中で買った品物は俺かアルマが魔法でしまうから二人はバッグだけ持っていてくれ」
「私たちがお供する必要がないことがよく分かりました」
「荷物持ちとしてじゃなく、服屋や不動産屋のときみたいにこの国の常識を教えてくれると助かる」
むしろそうして欲しいと思う。
「そのような役割と理解いたしました」
「あと、何か欲しいものがあったら言ってくれ。二人のために買った品物はそのマジックバッグにしまうといい」
その後、一通りの注意事項を説明し、伊織たちは街中へと繰り出した。
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