第24話 雑貨
伊織たち一行が次に向かったのは服屋からおよそ五分のところにある不動産屋だった。
「不動産屋の店員もさっきみたいだったら、追加の奴隷を買うのは違う店にしよう」
さきほどの服屋もそうだが、いま向かっている不動産屋もテオの紹介だった。
店主である老紳士の対応は十分に満足するものだったが、最初に対応した店員の態度に腹を立てていた。
馬車の中でアルマと伊織が先ほどの服屋での出来事について語り出す。
「まあ、態度は悪かったですね」
「悪いなんてものじゃないだろ? 脅迫というか恐喝までしてきたんだぞ」
店員が勝手に失態と勘違いして金銭を要求してきたことを指摘し、「あの後、あの店員がクビになろうが叱責を受けようが自業自得だ」とバッサリと切り捨てた。
「あの、僭越ですがよろしいでしょうか?」
御者席でグレイスが小さく手を挙げた。
この世界に不慣れな伊織とアルマは、「気付いたことがあれば遠慮なく言うように」とグレイスに伝えている。
グレイスも最初こそ躊躇ったが、「この国の常識はもとより世間に疎いので色々と指摘されることは自分たちにとってプラスとなるから」との言葉に承諾をした。
「なんだ?」
「先ほどの服屋でのやり取りについて思うところがあるので発言をさせて頂きます」
「いいね」
と伊織が発言をうながした。
「モガミ様は年齢が若いこともあるのでしょうが、店員に対して下手にで済ました」
先ほどの伊織の態度や言葉遣いは、裕福な平民に雇われた使用人と間違われてもやむを得ないものだったという。
さらに、
「雇い主が貴族なら、平民の使用人であっても一介の服屋の店員に対してもっと上からものを言うものです」
と付け加えた。
「なるほどな。勉強になった」
アルマに知っていたか? と聞くと、アルマはブンブンとクビを横に振る。
「後継者様、次の不動産屋では練習を兼ねて高飛車な態度で臨みましょう」
「高飛車な態度か……、上手くやれる自信がないな」
「あのう……」
再び挙手をするグレイスに伊織が発言を許す。
「高飛車な態度は必要ありません。敬語を使うのはむしろ望ましいです。そのう、もう少し堂々とされるところから練習なさっては如何でしょう?」
「アルマもそれくらいなら大丈夫だろ?」
「え? あたしもやるんですか?」
「お前は当紹介のナンバー2なんだ。当然だ」
「ナンバー2! そうですよね、あたしってナンバー2なんですよね? 頑張りまーす」
アルマがやる気になったところで馬車が不動産屋の前に到着した。
「到着いたしました」
「さあ、行きましょうか!」
勢いよく飛び下りるアルマに続いて伊織が馬車から降りると、馬車で待つと思っていたグレイスとローラに一緒に来るように声を掛けた。
「二人も付いてきて、色々と意見を聞かせてくれ」
使用人でさえ店舗選びや主人の自宅選びに同席するなどグレイスも聞いたことがない。
まして、いまの自分たちの身分は契約奴隷である。
戸惑うグレイスと母親の対応を待っていたローラに言う。
「ぐずぐずするな。さっきのように、あとで色々と教えて貰いたい」
「畏まりました」
慌てて御者席から降りる母親にローラも続いた。
◇
伊織たち一行は、店の前に馬車を駐めて不動産屋の扉を潜った。
「いらっしゃいませー」
若い女性の声が明るく響く。
「物件を探しているのですが担当者の方はいますか?」
「ご用件は私がお伺いさせて頂きます」
伊織の言葉に若い女性がよどみなく応えた。
「私はモガミ商会のイオリ・モガミです」
「ブリトニー・グラントです。どうかブリトニーとお呼びください」
握手を交わすとブリトニーが四人に椅子を勧め、店の奥に向かってお茶を用意するよう声を掛けた。
伊織たち四人が椅子に座ったところでブリトニーが話を切り出す。
「もし、どちらからかの紹介状をお持ちでしたら頂戴できますか?」
「こちらです」
エメルト商会の商会長である、テオ・エルメルトのサインの入った紹介状を渡した。
「まあ! エルメルト様、直々のご紹介状!」
封筒の名前を見てブリトニーが驚きの声を上げたが、直ぐに気を取り直して「封を開けてもよろしいでしょうか?」と中身を確認する許可を願い出る。
「もちろんです」
「では、失礼いたします」
紹介状の中身を確認するブリトニーの顔から血の気が失せた。
それを見た伊織とアルマは不安に駆られて視線を交わす。
「お二人とも高位の魔術師でいらっしゃるのですね」
「ええ、まあ」
ブリトニーの変化から、魔術師だと書かれているだけでないことは直ぐに察せられた。
後でテオに文句を言ってやろう、と内心で思いながらも素知らぬ顔で伊織が言う。
「商人として身を立てるためにこちらの国へ来ました。魔術師であることは忘れて頂けますか」
「そ、そうですね。忘れさせて頂きます」
引きつった笑みを浮かべて快諾したブリトニーが、物件に対する要望を聞いた。
用途はもちろん、場所や広さ、構造で何か特別にこだわりがあればうかがいたい、と。
「店舗兼住居となる物件をさがしています。場所は大通りに面しているところで、女性や子どもが往来できるところが望ましいです」
大人の男性向けの店から離れたところが望ましいと遠回しに告げる。
そして、「広さは住み込みの従業員を考えているのである程度の広さがあれば助かります」と付け加えた。
「店舗ですか。ところでどのような商品を販売されるのでしょう? 差し支えなければ教えて頂けますか?」
「主に日用品などの雑貨類です」
「そうするとあまり近いところに雑貨屋さんがないところがいいですよね」
ブリトニーがハインズ市の地図を広げ、雑貨屋に向くと思われる物件台帳を積み上げながら、「一口に雑貨といっても多種多様ですよね。どんなものが多いのでしょうか?」と聞いた。
この都市にはは大小様々な雑貨屋があるのだと言う。
「いま馬車に積んでいるもので言うと、穀物と麻、それに塩と胡椒ですね」
「は……?」
何か信じられないものでも聞いたような顔で呆けるブリトニーをアルマが追撃する。
「ガラスや陶器の食器類、鉄製のナイフやフォークも持ってきました」
「気が利くじゃないか」
品揃えは多い方がいいからな、と笑顔の伊織。
対照的にブリトニーは困惑していた。
「え? ええ?」
「今後は薬品類も取り扱おうと思っています」
「……それ、雑貨じゃありませんから」
ブリトニーが積み上げた物件台帳を傍らに押しやった。
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