第21話 奴隷を選ぶ

 伊織とアルマが話をしたいと選んだ奴隷は、男性六人と女性二人の八人。


「ワクワクしないな……」


 伊織が退屈そうにつぶやいた。


「後継者様が言っていたアニメとかラノベ? でしたっけ?」


「奴隷には抵抗あるけどさ、物語のなかだと主人公が奴隷を買うシーンって結構ワクワクするもんなんだ」


 主人公だけが持つ鑑定スキル。

 奴隷商で安価に売られている傷病奴隷や未発現の有用なスキルを持った奴隷。


 その隠れた才能を鑑定スキルで見抜いて安価で買う。

 主人公の特別感と不遇な奴隷の真価を見抜いて配下にする優越感。


 そんなものがかけらもないことをぼやく。


「魔法が使える奴隷は一人しかいませんでしたからねー」


 魔法のスキルや先天的な特殊スキルを所有する者が一人しかいないことは、アルマの鑑定スキルで確認済みであった。

 そもそも鑑定で分かるのは魔法スキルや特殊スキルの先天的な才能だけで、読み書きや算術といった後天的な技能を見抜くことは出来ない。


「テオさんの話だと魔法を使える者が奴隷になることそのものが少ないらしいからな」


 その希少な一人が、金貨百二十枚――、日本円にして一億二千万円の奴隷である。

 火属性と風属性を所持する魔術師だった。


 魔法が使えるというだけで価格が跳ね上がるなら、まだ発現していない魔法スキルを持つ奴隷をさがすのもありだな、などと考えながら奴隷台帳と眼前の八人を交互に見る。


 識字率でも男女で差があるが、算術ができるとなるその差はさらに大きくなる。

 そして、算術と一口で言ってもレベルは様々であった。


 伊織の前に八人の奴隷たちが並ぶ。

 彼らの手には板切れと炭が握られていた。


「一キログラムあたり銀貨二枚の塩を三キログラム、一キログラムあたり銀貨一枚と銅貨五十枚の胡椒を四キログラム仕入れました。仕入れ総額は幾らでしょう?」


 アルマの声がとうとうと流れる。

 直ぐに答えを書き出す者、小さく筆算を行う者、戸惑い何も出来ずにいる者に分かれた。


「はーい。板を上に上げてくださーい」


 アルマが奴隷たちに答えを書いた板切れを胸元に掲げるよう指示する。

 この時点で四人の男性と一人の女性が脱落した。


 伊織は脱落した男性四人と女性の台帳に改めて目を通す。


 男性三人は、続く不作で借金が返せずに借金奴隷となった者たちであった。

 算術については、肥料の仕入れや作物の売買などの帳簿を付けられる程度には出来る、と書かれている。


「不作続きだけが原因じゃないよなー」


「絶対、売買でごまかされていますよ」


 もう一人の男性は代々雑貨屋を営む家庭の出身で、自身も別の町で雑貨屋を始めたが二年で借金奴隷となっていた。


「こっちも理由は察しがつくな……」


「実家で甘やかされて真面目に勉強しなかった口ですねー」


 最後の女性は、元々が針子だったが腕がよかったこともあり従業員を雇って商売を始めたのが一年前。

 こちらも瞬く間に借金奴隷となった。


「職人でいたら幸せに暮らせたろうに……」


「夢見ちゃったんですねー」


 ただでさえ奴隷落ちとなり、心身ともにダメージを受けている者に対して何とも無神経な発言を繰り返す二人。

 本人たちがこの場にいないのがせめてもの救いである。


 残った奴隷は三人。

 二十歳になったばかりの若者と三十五歳の落ち着いた風貌の男性、そして二十七歳の大人しそうな女性。


 自分とアルマにない大人の落ち着きをもった三十五歳の男性にしようか、などと考えながら台帳をパラパラとめくる。


「アルマ、次」


「はーい」


 アルマが二問目の問題を読み上げる。


「リンゴ百個を銀貨一枚で仕入れましたが、輸送中に二十個が腐ってしまいました。銅貨四十枚の利益を出すにはリンゴ一つあたり幾らで販売すればいいでしょう?」


 何れも正解だった。

 その後も単純な四則計算の問題が続くが、間違う者はいない。


 伊織もアルマもこの世界の算術を舐めていた。

 単純な四則計算を何回か繰り返せば優劣がハッキリするだろうと考えていのだが、現実は違った。


「大したものだな」


 感嘆する伊織にアルマが耳打ちする。


「後継者様、どうしますか?」


「二人のうちどちらかにしよう」


 そうささやいた伊織が台帳の二つのページをアルマに見せる。

 そこにあったのは、三十五歳の男性と二十七歳の女性のページだった。


「絞り込めたようだね」


 二人の様子を観察していたテオがアルマの背後から声を掛けた。


「ええ、こちらの二人のどちらかにしようと思います」


「両方はダメですか?」


 盗賊と馬の代わりに一人追加してくれる約束だったことをアルマが示唆する。


「借金奴隷ではあるが、どちらも年季が長いし算術ができる奴隷となるとどうしても高額になる」


 難しい、と断られた。

 テオの言った年季という言葉が気になって台帳にある詳細情報のページをめくる。


 男性の年季が二十年で、女性の年季が十五年と書かれていた。

 この期間、奴隷として過ごすか、金銭を貯めて自分を買い戻すか、何らかの功績を挙げて所有者から解放してもらうしか元の身分に戻る方法がないと言うことである。

 

「因みに、買うとなるとどれくらいですか?」


「金貨二十枚から三十枚と言ったところだな」


 日本円にして二千万円から三千万円である。


 この世界の平均寿命が六十年。

 そのうちの二十年の金額と考えると理不尽なくらいの安さだと思う。


「この二人と面接をさせて貰えますか?」


「むしろ、面接をせずに奴隷を買う者の方が少ないだろうな」


 そう言って豪快に笑った。

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