第20話 転売はやめよう

 檻馬車の前まで来たテオが近くの者に指示して布を取り除かせる。

 一つ目の檻の中には女性の奴隷が、二つ目の檻の中には男性の奴隷が詰め込まれていた。


 奴隷たちから漂う臭いに伊織とアルマが顔をしかめる。

 あつかいも粗雑であることが直ぐに分かった。


 檻馬車の床は糞尿で汚れ、その汚れた床に絶望の目をした奴隷たちが詰め込まれている。

 ある者は寝転び、ある者は座り込んでいた。


「搬送中の奴隷を見るのは初めてだったかな」


「ええ……。少し驚きました……」


「初めてみる人はだいたい君のような反応をするよ」


 この奴隷たちは店に着いたら身体を綺麗に洗い、十分な食事を与えた上で着飾らせて商品となるのだと説明した。

 昔は不衛生なままの奴隷を販売していた奴隷商も多かったが、ここ数十年で随分と変わたのだと言う。


 テオが「ところで」と伊織に別の話題を持ちかける。


「君たちが捕らえた盗賊と馬だが、あちらをワシに譲っては貰えないだろうか?」


 テオの言葉に彼に付き従っていた護衛たちが緊張する。

 伊織は緊張する護衛を不思議に思いながら聞き返した。


「どうしてですか?」


 驚いたのはテオと護衛の方だった。

 

 アルマが本型デバイスを操作して伊織にメッセージを送信した。

 伊織がそれを本型デバイスで確認する。


 そこには『盗賊を捕らえて騎士団や衛兵に引き渡すと、報奨金がでますし、護衛や商人として名声や評価があがります。この場合、商人としての名声と評価を上げるのが目的だと思われます。なお、護衛の名声や評価を上げるのと馬は余録でしょう』と書かれていた。


 伊織が思いだしたように言う。


「ああ! 護衛の皆さんの評価を気にされてのことですね」


「そ、そうなんだよ。彼らも損害をだしているから、その……分かるだろう……?」


 バツが悪そうに護衛の二人が俯き、その傍らでテオが言葉を濁す。


「そう言うことでしたら、盗賊も馬もお譲りします」


「おお、そうかね。助かるよ」


 破顔して再び伊織の手を取ったテオが言う。


「お礼と言ってはなんだが、奴隷をもう一人付けよう。ただし、二人目は高額なのは勘弁してくれよ」


「はあ……」


「さあ、それじゃ、奴隷を見てもらおうか」


 伊織とアルマはテオに背中を押されて檻の前へと進んだ。

 奴隷を貰う決心はしたものの、それでも不衛生ななかすすり泣く彼女たちを目の当たりにすると罪悪感が頭をもたげる。


「売られたばかり、奴隷に落ちたばかりの者だから辛気くさいのは我慢してくれるかな」


 伊織の心情を読み取ったようにテオが言った。


「何分、初めてなもので」


 女性の奴隷は見るのが辛いと感じた伊織は男性の奴隷へと視線を向けた。


「ご希望は男の奴隷ですか?」


「近々、店舗を構えたいと考えているので店番を任せられる者が望ましいです」


「なるほど。しかし、読み書きだけでなく算術も出来るとなるとなかなか限られてくるな」


 テオはそうつぶやくと、近くにいる従業員に奴隷台帳を持ってくるように命じる。


「奴隷台帳?」


 首を傾げる伊織に、それが奴隷の履歴書のようなもので、そこには奴隷たちの経歴や特技、賞罰の履歴などが記されているのだと説明した。

 

「それは助かります」


「いやいや、奴隷を選ぶのなら目を通すべきものだよ」


「勉強になります」


 内心では奴隷を見学させる前に準備しておけよ、と思うがそれを顔に出すことはない。


「なんだか、華がありませんね」


「華のある奴隷なんているのか?」


 奴隷になる状況を考えると華やかな奴隷というのはありえなさそうに思える。

 まして、仕入れ長後であればなおさらだろう。


「あたしも奴隷を目の当たりにするのは初めてなのでよく分かりません」


「アルマもなのか?」


「そもそもここへ来るのも初めてですよ」


「そうだった……。忘れていたよ」


 自分たちが新米コンビであることを改めて痛感する。

 二人が生産性のかけらもない会話をしているところにテオが話しかける。


「こちらが奴隷台帳だが、見方は分かるかね?」


 伊織とアルマが渡された奴隷台帳をパラパラとめくってなかを確認した。


「大丈夫だと思います。もし分からないことがあれば都度質問する形でよろしいでしょうか?」


「うむ、構わんよ」


 テオが鷹揚にうなずいた。

 

 奴隷には見向きもせずに、しばし、台帳に見入る二人。


「読み書きが出来るだけならともかく、算術ができるとなる極端にすくないな」


「算術の知識あり、とは書かれていますがどの程度のものかは確認しないとですねー」


 思案しながら台帳を見ること二巡目。


「目先を変えて力仕事兼護衛と考えたらどうですか?」


 読み書き算術ができる者は別途雇うなり、改めて技能のある奴隷を購入すればどうか、と提案した。


「確かに奴隷にこだわる必要はないよな」


「この奴隷、メチャクチャ高くないですか?」


 台帳には仕入価格も記載されているのだが、他の奴隷と桁が二つほど違う者がいた。

 記載されている金額は金貨120枚――、日本円にして約一億二千万円。


 金額に息を飲む伊織にアルマが耳打ちする。


「これを貰って売り払いましょう。そこそこの奴隷が五人くらい買えますよ」


「いや、それはどうかと思うぞ」


 金銭的な余裕はあるのにそこまでケチなことはしたくない、との思いもある。


「せっかく商人っぽいことが出来ると思ったのに……」


「商人っぽいことは後で幾らでもさせてやるからいじましいことはやめろ」


「はーい」


 残念そうにするアルマからテオに視線を移す。


「この算術ができる人たちと少し会話をさせてください」


 気を取り直した伊織がテオに声を掛けた。

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