第18話 魔法って便利だよな
「谷の向こう側へ飛ぶ。馬車は任せたぞ」
「はーい」
馬車から飛び下りるた伊織は、地面に着地すると直ぐに反重力システムを起動させる。
起動と同時に彼の身体が五メートルほど浮き上がった。
「高度を保ったまま時速三十キロメートルで平行移動」
伊織の身体が空中を移動しだすと、直ぐに加速して谷間へと迫る。
魔物捕獲をする際の移動手段として反重力システムは散々遊んで――、十分に使い慣れたつもりでいた。
しかし、深い谷を目の前にすると恐怖心が頭をもたげる。
高速で迫る谷に心拍数が上がり、全身に嫌な汗が噴きだす。
「大丈夫だ! 速度を五十キロメートルまで加速」
伊織は己を鼓舞して加速する。
熟練者ともなれば音声操作ではなく意思だけで操縦も可能なのだが、その領域にはほど遠かった。
「おお! 谷を越えた!」
谷を越えたことへの興奮と恐怖からの解放でアドレナリンが一気に上昇する。
伊織はさらに加速して追われる馬車隊へと迫る。
飛行する伊織に追う側も追われる側も視線がクギ付けとなった。
「と、飛んでるぞ!」
「魔術師か?」
「魔術師になると飛べるのか……?」
「新手の敵か?」
追う側と追われる側、双方から驚きと疑念の声が上がった。
その声は伊織まで届く。
「魔術師なら空を飛んでも問題なしってことだな」
一つ学習した、とほくそ笑んで反重力システムの速度をさらに上げる。
「矢を放て、射落とせ! 魔術師を近づけるなー!」
その声に弾かれたように、我に返った盗賊たちが伊織に向けて次々と矢を放つ。
矢を射かけてきたのは追う側だけだった。
「予想はしていたけど、先に攻撃を仕掛けてきたのはやっぱりお前たちか」
迫る伊織に向けて幾本もの矢が飛来し、そのうちの一本が彼の直ぐ横を掠めた。
背筋に冷たいものが流れる。
「当たっても無傷なのは分かっていても怖いな、これは……」
彼の祖母である志乃からの贈り物のなかに「自動防御スライム」なるものがあった。
それは魔法と超科学が融合した防護アイテムの最高傑作と評されているアイテムだ。
不可視のスライムを誰にも気付かれないほどの薄さで全身にまとって、あらゆる物理攻撃、魔法攻撃から身を護ることができた。
欠点は高額であることと耐用時間が1000時間と短いこと。
自動防御スライムを見たときのアルマの驚く顔が脳裏に蘇る。
呆然としながら、「国の要人が他国へ赴くときに身に着けるような代物ですよ」とつぶやいていた。
「矢がダメなら魔法だ! 攻撃魔法を撃ち込め!」
その声に続いて火魔法の攻撃が伊織に命中し爆煙が彼を包んだ。
「直撃だぜ!」
「やったか!」
彼らの期待は一瞬で裏切られる。
爆煙を振り払って伊織が先頭を走る馬車へと飛行する。
「バカな……」
「何者だ……?」
「呆けてる場合か! 次だ、次の攻撃を撃ち込め!」
盗賊たちが混乱をするなか、伊織が先頭を走る馬車へと追いついた。
そのまま並行して飛行する。
この間、馬車隊の護衛たちは飛行する伊織を目で追うだけで声を掛けることも、主人の乗る馬車から遠ざけることもしない。
矢も魔法も通用しない空を飛ぶ魔術師にただ畏怖していた。
「こんにちは」
「ヒーッ」
伊織に声を掛けられた御者が悲鳴を上げる。
「もしかしてお困りですか?」
「た、助けてくれー!」
必死の形相で馬に鞭を入れる御者に
「加勢が必要ですか?」
「助けてくれるのか?」
なおも悲鳴を上げる御者の代わりに反応したのは馬車のなかにいた中年男性だった。
窓から顔をだしたその中年男性に返す。
「必要なら」
「頼む、助けてくれ! 礼なら幾らでもする!」
「では、商談成立ということでよろしいですか?」
「わしの扱う商品のなかから好きな者を持って行って構わん! だから早く助けてくれ!」
「では、早速撃退します」
伊織はそう言うと身体を百八十度方向転換させて後方を視界に収める。
盗賊たちの間に緊張が走った。
「あの空飛ぶ魔術師は無視しろ! 馬車を狙え! 最悪でも檻馬車は確保しろよ!」
禿げ上がった盗賊が指示を出した。
すると、盗賊たちは三列目と四列目の馬車に向かう。
統制が取れているのが分かる。
「照準パネル展開」
伊織の眼前に浮かび上がった半透明のパネルに
「ターゲットロックオン」
馬車を襲っていた盗賊たちに次々と照準が合わせられる。
伊織が右腕を突き出した。
「発射!」
刹那、右腕の袖の下から複数の小型ミサイルが飛び出す。
ミサイルは的確に盗賊たちを捉えた。
死角となっている馬車の反対側のターゲットも複雑な軌道を描いて回り込むと次々と捉えていく。
着弾と同時に衝撃が空気を震わる。
盗賊たちは一瞬にして戦闘力を奪われ、騎乗していた馬もろとも地上へと放り出された。
「撃退完了です」
伊織は馬車のなかから呆然とこちらを見る中年の男性に言った。
「殺したのか……?」
「いまの魔法は気絶をさせるだけのものです」
空気を震わせた衝撃はショックウェーウ。
ミサイルは命中した瞬間に目標物をショックウェーブで無力化し、機器そのものは気化して空気中に霧散する。
科学兵器の証拠は何も残らない。
魔法、と言い切ってしまえば勝ちであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます