第17話 ダンジョン解放

 オペレーションエリアにある古民家の居間の空中に半透明のモニターが幾つも浮かんでいた。

 半透明のモニターに映っているのは石造りのダンジョン。


 第一階層がリアルタイムで映し出されている。


「ようやくダンジョンを解放できるところまで漕ぎ着けたな」


「おめでとうございます」


「アルマの助けがあったからこそだ。感謝しているよ」


「いいえ、後継者様の努力のたまものです」


 二人が感慨深げにコントロールパネルに再び目をやる。

 そこには迷路のように入り組んだ石造りのダンジョンを徘徊するゴブリンスケルトンが映し出されていた。


「う、うう……。お肉を削ぎ落とすの辛かったです……」


 そっと目元にハンカチを当てるアルマの肩を伊織が優しく抱き寄せる。


「頑張ったよな……」


「はい、頑張りました……」


 散々文句を言いながらゴブリンの肉を削ぎ落とすアルマの姿と声が伊織の脳裏に蘇る。

 愚痴を溢していたのは伊織も同じだったので、そのことには触れずに話題を変える。


「解放予定の階層は第三階層までだ」


 空中に浮かんだモニターが第一階層から第三階層までの映像に切り替わる。

 いずれも石造りの階層である。


 最初に作成した、白い砂漠の第二階層、森と泉の第三階層との間に新たに第一階層と同じテイストの階層が二つ追加されていた。

 同じテイストの階層を白い魔物が動き回る。


 第一階層がゴブリンスケルトン、第二階層がコボルトスケルトン、第三回層がオークスケルトンである。


「取り敢えず、第三階層まで解放するとして、足りないのは宝箱の中身だな」


 ダンジョンに冒険者をおびき寄せるエサとして、素材や魔石を落とす魔物の存在以上に重要のが宝箱の中身だった。


「中身のない宝箱を設定するわけにも行きませんからねー」


「一応、ゴブリンたちが持っていた武器と防具を入れてはあるぞ」


 ゴブリンやコボルト、オークが所持していた武器や防具はもともとが冒険者たちの装備品である。

 品質としてはそこそこの代物だったものも交ざっていた。


「剣も斧も刃こぼれが酷いどころか、半分くらい錆びてたじゃないですか」


「せめて錆くらいは落とした方がよかったかな?」


 最初の何回かは空だったり、錆びた剣だだったりしても、ハズレだったか、で済まされるだろう。

 しかし、それが続くと訪れる冒険者が激減するのは間違いなかった。


「近くの都市に買い付けに行くか」


 商人に偽装して周辺の情報を集めたり観光をしたりする計画だったのでアルマも即座に賛成する。


「目星を付けていた商業都市があるんですよ。海に面しているので新鮮な魚介類が味わえますよ」


「新鮮な魚介類か」


 日本食に恋しさを覚えはじめていた伊織の脳裏に刺身が浮かぶ。


「それじゃ、カモフラージュ用の馬車を用意しますね」


 馬車の用意をしに駆けだしたアルマの背に向かって聞く。


「行き先はどこなんだ?」


「ミューレイ王国のハインズ市でーす」


 廊下を走り抜けたアルマの声が庭から響いた。


 ◇


 ハインズ市から馬車で一日ほどの距離まで転移魔法で移動すると、アルマが空間魔法庫パーソナルストレージから馬車と馬を取り出した。

 この世界の行商人が利用する箱馬車と二頭の馬が現れた。


「商人偽装用の馬車と馬です」


「生きている馬まで収納できるというのは凄いな……」


 感動する伊織の傍らで、アルマがさらりと返す。


「そうですか? 普通ですよ」


 異世界ファンタジー漫画やアニメの知識がベースになっている伊織には驚くことだったが、数多の異世界の科学と魔法が融合する世界にいたアルマからすれば当たり前のことだった。


「感動の基準が違いすぎるな」


「どうしました?」


 伊織は「何でもない」と話題を変える。


「馬車の積み荷も擬装用なのか?」


「穀物と麻布が大半ですが、塩と砂糖、雑貨類も積んであります」


 羊皮紙製の本に目を通しながらアルマが言う。

 端から見ると羊皮紙製の本に思えるが、いまアルマが開いているのは多機能ブレスレットの現地擬装用の外部デバイスだった。


 馬車のなかをのぞき込むと大きなカバンが八個無造作に置かれていた。

 それを見た瞬間、伊織はこのせかいにも異空間収納ストレージのような魔道具があることを思いだす。


 空間魔法を付与することにより鞄本来の収納量を大幅に上回る量の品物を収納することが出来る魔道具である。

 異空間収納ストレージ空間魔法庫パーソナルストレージと大きく異なるのは、生きている生物を収納出来ないことと鞄のなかで時間が経過することだった。


「商品はマジックバッグに詰めてあります。着替えなどの旅で利用するものは通常のカバンに入っています」


 ロックリザードの丈夫な革で出来ているのがマジックバッグで、ワイルドボア製のバッグが着替えと日用品だとアルマが言った。

 さらに、伊織の腰にあるウエストポーチと自分がたすき掛けに掛けているカバンもマジックバッグであることを付け足す。


「マジックバッグって高価なものなんじゃなかったか?」


「高価ですが、貴族や富裕層はそれなりに数を所持しているので問題ないと思いますよー」


 馬車に乗り込んだ伊織が御者席のアルマに号令する。


「それじゃ、出発するか」


「新鮮なお魚を食べに行きましょうー」


「それも重要だが、宝箱に入れるアイテムも忘れるなよ」


「任せてくださーい」


 アルマがウキウキと浮かれながら馬車を発車させた。


 ◇


 馬車で揺られること二時間余。


「あちらの街道で馬車隊が襲われています!」


 谷を挟んで平行に走る街道に土煙が舞う。

 距離は一キロメートルほど。


 目を凝らすと、五台の馬車と護衛と思しき騎馬が騎馬を操る別の集団から必死に逃げているのが分かった。


「盗賊か?」


「だと思いますが……」


 言葉を濁すアルマに聞く。


「どうした?」


「追われているのは奴隷商人です」


 アルマが襲われている側に対してあまりよい感情を持っていないことが声音から分かった。

 それは伊織にして同じである。


 それでも、襲われている人たちを見殺しにはしたくなかった。


「助けに行くぞ!」


「近くまで馬車を寄せます」


 最後は馬車を放置して谷を飛び越える必要があった。

 間にある谷の幅は十メートルほど。


 飛び越えるには反重力システムの助けを借りる必要があった。

 それを承知で伊織がうなずく。


「谷を飛び越えるのは俺だけで十分だ。アルマは谷を挟んで並走してくれ」


「分っかりましたー」


 返事とともにアルマは馬車の速度を上げた。

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