第8話 マルコ・ミュラー
伊織が昏倒させて二人の襲撃者を騎馬にのせて街道にでると、既にアルマが隊商と合流していた。
アルマが護衛の何人かに街道右側の森を示す。
「そちらの森の浅いところに襲撃者が五人転がっているので捕縛をお願いします」
「本当にこっちの森にも盗賊がいたのか?」
護衛の一人が疑わしそうに聞き返した。
「あたしが魔法で攻撃した人たちです。一時的に動けないだけなので気を付けてくださいね」
森のなかに転がっているのは、アルマが携帯用ホーミングミサイルで行動不能にした襲撃者たちである。
若い護衛が直ぐに動かないでいると年配の護衛がアルマに言う。
「あれはあんたの攻撃魔法だったのか」
「はい」
「俺が行ってくるよ」
ミサイルを視認したわけではなかったが、複数の何かが森のなかへ飛び込んでいくのを見ていた。
彼はそれをアルマが放った攻撃魔法だと納得したようだ。
「お願いします」
「アルマ、怪我はないか?」
「あたしも馬も問題ありません。後継者様の方は大丈夫ですか?」
アルマも伊織と同様に「自動防御スライム」を装着していた。互いに怪我がないのは分かっていても自然と口にしてしまう。
「俺は問題ないが馬が細かい傷を負った。申し訳ないが治癒魔法を頼む」
「承知いたしました」
騎乗していた騎馬をアルマに預けると、馬車隊の責任者と話をしてくる、と言い残して未だ混乱している馬車隊の人たちへと歩を進めた。
歩いてくる伊織に気付くと二人の男性が彼に向かって歩いてくる。
一人は商人風の四十代半ば、もう一人は三十歳ほどの護衛と思しき格好である。
この隊商のリーダーとその護衛と判断した伊織が話しかける。
「私はイオリ・モガミ。連れの女性は私の部下のアルマ・ファティです」
「加勢してくれて助かったよ」
丸い顔に計算高そうな笑みを浮かべていた男性はマルコ・ミュラーと名乗った。
ミュラー商会の二代目で、交易目的でファトノバ市へ向かっているのだと言う。
もう一人はライマー。
ミュラー商会の専属護衛の部隊長を務めていた。
「奇遇ですね、我々もファトノバ市に向かっているところなんです」
「二人だけで、かね?」
少し驚いたようにマルコが聞いた。
というのも、五つの国の国境が複雑に入り組んでいるだけでなく、互いに牽制しあって緩衝地帯になっていることから、騎士団や軍隊が容易に入り込めない地域となっている。
そのため犯罪者が隠れる格好の場所となっていた。
加えて魔物も多く生息している。
そんな地域を護衛も付けずに二人旅である。
「よくここまで無事だったな」
途中、魔物と遭遇したり盗賊から襲撃にあったりすることがなかったのかとライマーが不審の目を向けた。
「とても平穏な旅路でしたよ」
「君たちはよほど運がいいんだろう」
怖くはなかったのか、とマルコ。
「私もアルマも魔法が使えるので魔物や盗賊のことは気にしていませんでした」
アルマの方を振り返ると騎馬に治癒魔法を掛けているところだった。
それを見たマルコが驚く。
「あの少女は攻撃魔法だけでなく、光魔法も使えるのかい?」
(そう言えば、治癒魔法って光魔法のなか一つだっけ)
光魔法という大きな枠の中に治癒魔法が存在していたことを伊織が改めて思いだす。
「貴重な光魔法を馬に……」
唖然とするライマーに伊織が言う。
「馬が怪我をしたままでは我々が困りますから治療するのはあたりまえでしょ」
「それは、そうだが……」
納得しかねる表情を浮かべているライマーに、「この異世界では家畜に治癒魔法を使うのは奇異な行為なのだろうか?」と確認事項を一つ心のメモに追加する。
そこへ森の中で倒れている襲撃者を捕らえに行った一団が戻ってきた。
「本当に五人が倒れていました」
襲撃者五人は全員縛り上げられていたが、誰一人として大人しくはしていない。
悪態を吐いて反抗する彼らを護衛たちが槍の石突きや剣の鞘で小突いて強制的に歩かせていた。
「あの女の子の攻撃魔法は一級品だな」
「気絶だけさせるなんて大した腕前だ」
襲撃者を連れてきた護衛たちが一様にアルマの攻撃魔法の腕前に感心している。
そこへ騎馬の治療を終えたアルマが戻ってきた。
「後継者様、馬はもう大丈夫です。直ぐにでも出発できますがどうしましょう?」
マルコの馬車隊も野営の準備をしていたように、既に陽が傾いていた。
どうしたのもかと考える伊織にマルコが勢い込んで言う。
「我々と一緒にここで一泊してはどうだろう? お礼も兼ねて是非ともご馳走をさせて貰いたい」
「ご馳走ですか……」
助けはしたが好感を持てないと感じていた彼らと行動をともにすることに迷う伊織にマルコが言う。
「旅の途中なのであまり期待をしないで欲しいが、それでも外国の珍しい食材を振る舞わせて貰うつもりだ」
「分かりました、ではお言葉に甘えさせて頂きましょう」
「実はその前にお願いがあるんだが」
伊織の反応を探るような表情のマルコが話を続ける。
「ご覧の通り怪我人を何人も出してしまってね。その、言い難いんだが彼女の光魔法を我々に使って貰えないだろうか」
マルコの言うとおり、死者こそでていなかったが護衛、商会の従業員を問わず半数以上の者が怪我をしている。
伊織もそれは分かっていたので頼まれるまでもなく治癒魔法をかけるつもりでいた。
しかし、こちらの出方を探るようなマルコの物言いに疑問と軽い不快感を覚える。
「そうですね……」
「光魔法の程度に合わせて謝礼をさせて貰うつもりだ」
未熟な治癒魔法であれば謝礼を出し渋る可能性があることを
(この男は好きになれそうにないけど、怪我人を目の前にして治療をしないという選択肢はないよなー。それに怪我を治して距離が警戒心が薄れれば色々と情報も聞けるだろう)
「分かりました。アルマ、怪我人の治癒を頼む」
「分っかりましたー」
揚々と怪我人たちの集まっているところへとアルマが歩き出すと、マルコが近くの女性に指示を出す。
「マーヤ、彼女の案内だ」
「はい」
年配の女性がアルマへと駆け寄った。
その様子を見ていた伊織にマルコが聞く。
「ところで、彼女が君のことを後継者様と呼んでたが、どちらかの商会の跡取りかな?」
「旅の商人ということで、そこは納得して貰えませんか?」
詳しい出自や身分は言えないと遠回しに言うと、事情があるのだろうとマルコもすんなりと受け入れた。
「それじゃ、私も野営の準備をするので」
「人手が必要なようならうちの者に手伝わせるが」
「配慮をしてくださりありがとうございます。ですが、自分たちでやれますから」
「そうか……」
残念そうな顔をするマルコをその場に残して伊織は自分たちの馬車へと戻っていった。
十分に離れたところでライマーが小声で言う。
「旦那様、あの小僧をどう思います」
「二人とも手も肌も綺麗なものだ。どこぞの貴族の道楽息子とその護衛というところだろうな」
それにしては護衛が少なすぎるとも思うがそれは口にしなかった。
「貴族として対応しますか?」
「本人が隠しているのだからそうもいかんだろ。そうだな……。従業員と護衛の間に、ある程度の大きさの商会の跡取りとその従者という噂をながしておけ」
「承知しました」
マルコの真意を測りかねるような表情で返事をした。
「興味を持った連中が勝手に詮索を始めたり、直接本人に聞いたりすれば、小僧どもも言い訳をするだろ? そうなればどこかでボロをだす」
利用できそうなら利用させて貰うさ。
そう独り言をつぶやくと口元に怪しい笑みを浮かべた。
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