第6話 街道でのできごと

 緩やかな風が御者席に座ったアルマの美しい銀髪を撫でる。

 伊織とアルマは街道を目指して草原を馬車で進んでいた。


「ぽかぽかとしたお日様の下を馬車でのんびりと進むのってとっても幸せな気持ちになりますねー」


「進むのが何にもない草原というのもいいよな」


「牧歌的って言うんでしたっけ?」


「うん、何かそんなような感じだった思う」


 緊張感のかけらもない笑い声が風に乗って草原にたゆたう。


「さて、周囲の様子はどうなっているかなー」


 伊織が何もない空間から本型のコントロールデバイスを取りだした。


「わあ、すっかり使いこなしちゃってますね。さすが後継者様です」


 彼がたったいま行ったのは空間魔法庫パーソナルストレージに収納したアイテムを取り出すことだ。

 伊織のステータスを確認したアルマが真っ先に行ったのが、空間魔法庫パーソナルストレージの使い方を教えることだった。


 目的は重要アイテムの保全。

 多機能ブレスレットの異空間収納ストレージに納められていた重要アイテムを空間魔法庫パーソナルストレージに移すためである。


 多機能ブレスレットは故障の可能性があるし、盗難や紛失の恐れもある。

 しかし、個人の空間魔法に紐付いている空間魔法庫パーソナルストレージはそれらの恐れがなかった。


「これも可愛くて有能な秘書のお陰だよ」


「そう言うことはあたしじゃなくて魔王様に言ってください。あ、魔王様にお話しするときは「可愛くて」ところは抜いてくださいね」


「今度あったら言っておくよ」


 伊織はそう言いながら本型のデバイスを操作して周辺の地図を表示した。

 本に地図が表示され中央に二つの光点が表示される。


 さらに操作して監視衛星からのリアルタイム映像へと切り替えた。

 中央の光点を拡大すると馬車が映り、さらに拡大すると御者席に座る二人の男女が鮮明に映し出された。


「面白いな、これ」


「これならダンジョンでお昼寝をしながら世界中を観光できますね」


「上空からの映像しかないのが欠点だけどな」


 志乃からのプレゼントリストにあった人工衛星二十基。

 これらは既にこの惑星――、ジュノーンの衛星軌道上に配置されていた。


「せっかくですからダンジョンを設営する周辺の様子を見ませんか」


「いいね。温泉が湧くようだったし、眺めのいいところに露天風呂を作りたいな」


 監視衛星の本来の用途から外れた使い方をしながらひとしきり二人で盛り上がある。

 夢中になっているといつの間にか街道へたどり着いていた。


「街道ですね」


「時間が経つのが速いな」


「あとは街道沿いに進めば、五日後には第一の目的地です」


 馬車を進めようとするアルマに伊織が言う。


「馬車の操車を俺にもさせてくれないか?」


「後継車様に操車させるだなんて滅相もない」


「いや、面白そうだから憶えたいと思っただけだよ」


 そんなに大げさに考えるなと伊織が言う。


「え? もしかして馬車の操車経験がない、とか……?」


「馬車に乗るのもこれが初めてだ」


 赴任地――、このジュノーと呼ばれる異世界にある惑星ジュノーンで、商人を装いながらダンジョンマスターをする計画を立てていた。

 そのためにも馬車の操車や乗馬は必須となる。


「いまからファトノバ市に到着するまでに操車をマスターしてください!」


 ちょっとした退屈しのぎのつもりで口にしたことだったのだが、結果、目的地まで馬車を操ることとなってしまった。


 ◇


 街道に出て二日目の夕方。


「なあ、アルマ」


「なんですかー?」


 伊織が馬車のなかにいるアルマに話しかけると、ふかふかの布団に横たわったアルマが面倒臭そうに返事をした。


「そろそろ馬車の操作は覚えたから替わってくれ」


 多少の操車は出来るようになっていたが本音は飽きたからである。


「まだです。まだまだ危なっかしいですよ」


「お前、サボりたくて俺に馬車を任せているんじゃないのか?」


「そ、そんなことあるわけないじゃないですか! 偽装のために操車技術は必要なんですよ」


 伊織の疑いの目にアルマは布団の上で正座をして答えた。


「怪しい……」


「あ、怪しくありません」


 居住まいを正すアルマ。

 その反応と泳ぐ視線が「楽をするためだった」と物語っている。


「業務命令だ。次は乗馬の練習をするから馬車はお前が操れ」


「う、うう、至福の時間が……」


「よく聞こえなかったな」


「いえ、何でもありません。操車、頑張らせて頂きます」


「馬の用意を頼む」


 馬を馬車から一頭外すように頼み、彼自身はこの世界の革鎧を着込み剣を腰に帯びる。

 軽戦士と思われそうな格好をした伊織に馬の準備が整ったとアルマが声を掛けた。


「準備ができました」


「ありがとう。それじゃ馬車は任せる」


 そう言って、ぎこちない動作で騎乗した。


 騎馬を操ること三時間余。

 馬上でバランスとることにも慣れてきたころ、前方から人々の叫ぶ声や怒声、金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。


「前方で馬車隊が襲われています!」


 降り立った草原とは違い、左右に森が迫り街道が大きく曲がりくねっているため、目視できる距離まではまだある。

 しかしアルマが素早く本型デバイスに監視衛星のリアルタイム映像を映し出していた。


「盗賊か?」


「そうだと思います! 野営の準備をしようとしたところを襲われたように見えます」


 二人とも自然と馬と馬車の速度を上げていた。


「助けに行くぞ!」


「はい!」


 伊織の操る騎馬とアルマの操車する馬車がさらに速度を増す。


「襲われている馬車は五台です。盗賊たちは左手の森から仕掛けているようです」


 馬車を操りながら器用に本型デバイスから情報を読み取り、それを伊織に伝える。


「見えた! 馬車隊だ」


「あたしも確認しました」


「このまま突っ込むぞ!」


「了解しましたー!」


 伊織とアルマ、実戦経験のない二人が自信たっぷりに交戦中の現場へと突っ込んだ。

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