第2話 アルマ・ファティ
志乃が左手のブレスレットに軽く触れると彼女の眼前数十センチメートルのところに半透明のパネルが浮き上がった。
「ステータスボード?」
「多機能ブレスレットの操作画面よ」
先ほど伊織が出したステータスボードとは異なるものでだった。
音声やテキストによる通信機能、スケジュール機の他、ちょっとした倉庫なみの収納量のある
「
説明の最初にあった機能はスマホにもあったので伊織にも想像はできた。
しかし、
「あなたが好きなファンタジーアニメによく出てくる〝アイテムボックス〟のような機能ね」
(魔法があるからもしや、と思っていたが、やっぱりあるんだ)
ファンタジー小説では定番となった、大量の荷物を異空間に収納するスキルのことである。
これにより大きな荷物を持ち運ぶ必要がなくなる。
「それも魔法?」
「これは魔法と科学の産物、複合アイテムよ」
高位の空間魔法を所持している者はアイテムがなくても同じようなことができる。
しかし、このアイテムを使うことで魔力すら持たない者でも似たような利便性を手にすることができた。
「数多の異世界と取り引きできるからこそできることよ」
一言で「魔法」と言ってもそれぞれの世界によって微妙に異なる。
複数の世界の魔法研究と地球よりも千年以上進んだ科学技術により様々なアイテムが作り出された世界。
それがこのターミナルなのだという。
自身が想像していたよりも遙か上の現実。
志乃の説明を聞くうちに伊織のなかで、これまで感じたことのない高揚感が湧き上がる。
「凄い……」
「男の子ならドキドキするでしょう?」
無言で首肯する伊織に言う。
「興奮で心拍数が上がり、発汗量が増えているのが丸わかりよ」
伊織からは見えないが志乃の眼前にある半透明のパネルには、まさに伊織の心拍数や発汗量、瞳孔の拡大縮小が数値としてリアルタイムで表示されていた。
「それって俺も使えるんですか?」
「もちろんよ」
そう言って伊織の傍らにあるローテーブルの上を示して、「そこにある多機能ブレスレットをあなたへのプレゼントよ」と告げた。
「え?」
「遠慮せずに装着してごらんなさい」
「はい!」
ブレスレットに手を伸ばす伊織の心拍数がさらに跳ね上がった。
志乃に倣って左腕にブレスレットを装着する。
「えっと、操作方法は?」
「ヘルプ機能で確認できるから後で確認しなさい。いまはもっと重要なことがあるからそっちを先に済ませましょう」
「はあ……」
多機能ブレスレットの機能を操作できると思い込んでいただけに何とも残念そうな表情を浮かべた。
伊織の目まぐるしい感情の変化を志乃がおかしそうに笑う。
「ブレスレットの機能は後でたっぷり試す時間を上げるからそう落ち込まないの」
「楽しんでます?」
と伊織が不機嫌そうに言った。
「孫の表情の変化は見ていて楽しいわよ」
「そんなことよりも重要な用件を先にお願いします」
志乃はクスリと笑って眼前のパネルを操作する。
「はい、アルマ・ファティです」
パネルの向こうから可愛らしい少女の声が聞こえた。
「新しいダンジョンマスターを紹介する。君の上司となる者だ。すぐに私の執務室へ来てくれ」
「ただいま伺います」
(話の流れからすると、俺の部下だよ、な……?)
先ほど志乃との会話に出てきた「優秀な秘書」のくだりを思い出していた。
通話が切れる音がすると志乃の視線が伊織へと向けられ、
「北欧系の銀髪美少女よ、楽しみね」
からかうように微笑んだ。
「からかわないでくれよ!」
内心は楽しみなのを隠して不貞腐れてみせる。
しかし、志乃の眼前にあるパネルには多機能ブレスレットに手を伸ばしたときよりも高い心拍数と発汗量が数値としてバッチリ表示されていた。
そのことを隠して志乃がからかう。
「またまたー。照れちゃってー」
「照れてない」
そう口にした瞬間、伊織と志乃の間の空間が陽炎のように揺らめいた。
不意の出来事に伊織の視線が揺らめきにクギ付けとなる。
揺らめいた空間から長い銀髪をサイドで束ねた少女がロングスカートを揺らして現れた。
伊織の位置からでは陽炎のような揺らぎ越しに後ろ姿しか見えない。
それでも、白いうなじと華奢な肩から細い腰へかけてのライン、ロングスカートから覗く足首の細さに視線がクギ付けとなった。
「キャーッ」
たったいま現れた少女が悲鳴を伴って盛大に転んだ。
スカートが膝下までずれ落ち、白い下着も顕わにお尻を伊織の方に突き出す形で前のめりに転んでいた。
状況はすぐに理解できた。
空間から抜けきる前――、スカートの裾を挟んだまま空間が閉じてしまったのである。
「いったーい」
「なんて格好しているんだい?」
「魔王様! し、失礼いたしました」
慌てて立ち上がろうとして再び床に転がる。
「フギャ」
器用なことに半回転して床に尻餅をついた。
真正面となった伊織と目が合う。
「え? ええー! いやー、いやー」
予想外の異性の存在に半ばパニック状態となってスカートを引き寄せるが裾は閉じた空間に挟まったままである。
「なんで、なんで、なんでー」
半べそでスカートを引き寄せようとする彼女に伊織は自分の上着を投げて後ろを向いた。
「取り敢えず、それで隠してくれないか?」
「あ、ありがとうございます」
半べそで伊織の上着を腰に巻くと立ち上がって「窮地を救ってくださり感謝いたします」、と丁寧にお辞儀をした。
そして、何ごともなかったかのように口上を口にする。
「魔王様、お召しにより参上いたしました」
続く、志乃の溜め息と声。
「伊織、もうこっちを向いても良いみたいよ」
振り向いた伊織の目に映ったのは叱られた子犬のように縮こまる少女と、そんな彼女に残念そうな視線を向ける祖母の姿であった。
(あれが優秀な秘書、俺好みの少女……? 何もかも間違ってるだろ)
心の声がしっかりと顔に出ていた。
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