しあわせのダンジョン ~ポンコツ美少女と始める地下世界のスローライフ ダンジョンマスター初心者ですが異次元の超科学と別世界の魔法があるので余裕です~
青山 有
第1話 ダンジョンマスターへの誘い
「何だったんだ、今の光は……」
革張りの長椅子の上に高校の制服姿のまま横たわっていた少年が目を覚ました。
少年の年の頃は十七、八歳。
「俺は気絶をしていたのか? それにここはどこだ?」
少年の名は
伊織は状況を把握しようと辺りを見回した。
彼の視界に真っ先の飛び込んできたのは光を反射している真っ白な床。
そこは百畳はあろうかという大理石の広間だった。
広間の奥には
伊織の焦点が女性に定まる。
カラスの濡れ羽色の黒髪と白く透き通る肌、まだ二十代後半に見える美しい女性だった。
「
視界に入ってきたのは見知った女性。
いまから三年前――、彼の父母の葬儀のときに彼の父の妹だと名乗る彼女に初めて会った。
それが彼女――、
「あら、目が覚めたようね」
戸惑う伊織に向けて志乃が優しげに微笑む。
「どうして叔母さんが……?」
伊織は長椅子の上で身体を起こすと軽く頭を振った。
彼の脳裏に直近の記憶が蘇る。
「俺は……今朝、遅れて学校へ行ったはずだ。四時間目の開始直前、教室に入ろうとしたときに床から眩しい光が射して……」
そこから先の記憶が無かった。
「もしかして、俺は学校で倒れたの? それと、ここはどこです?」
「ここは私の執務室よ」
「学校で倒れた俺を迎えに来てくれたことは感謝するよ。でも、せめてベッドに寝かせるくらいはして欲しかったなあ」
ソファーに寝かされていたことに不満を漏らす伊織に志乃が猫なで声で言う。
「そう、怒らないでよ。ちゃんと説明をするから、ね」
「説明? 何の?」
「私は
何を今更、と思う伊織に志乃が続けて言う。
「最上伊織君、あなたの祖母よ」
父の妹――、叔母だと思っていた人が突然、祖母と名乗ったことに伊織の思考が鈍る。
「祖母って? え? だって、叔母さんだよね?」
「あなたの父親、
「いやいやいや、ちょっと待って、ちょっと待ってよ」
伊織の様子に『混乱しているのは分かるわ』と言い添えて念を押す。
「最上誠一郎の息子である伊織、あなたはあたしのたった一人の孫よ」
「えーと……、お祖母ちゃんである志乃おば、志乃さんが若いままの姿でいるってことは……。もしかして幽霊?」
伊織の言葉に志乃がクスクスと笑いながら言う。
「何でそうなるのかしら。安心しなさい、生きているから」
「本当に?」
「ええ、本当よ」
志乃は「まだ混乱しているとは思うけど話を聞いて」そう言って話をし出した。
「私は、とある異世界で貿易会社を経営しているんだけど、その後継者としてあなたを迎えたいと思っているの。もちろん、まだ後継者候補の域は出ないけどね」
「は?」
「あなたを後継者候補として迎えたいと考えている、そう言ったのよ」
突飛な申し出に益々混乱する伊織。
「あの、なぜ俺なの? 孫だから?」
「孫って理由だけで後継者になれるような甘い会社じゃないわ。あなたは魔力量が多く素質があるから呼び寄せたのよ」
「魔力量って……? それに異世界って言ってたよね? もしかして、ここは日本じゃない、とか……?」
思考力が戻ってきた伊織が恐る恐る聞き返す。
彼の脳裏に「異世界召喚」という単語が湧き上がる。
志乃は伊織の反応に「理解が早くていいじゃないの」と口元を綻ばせて説明を続けた。
「察しの通り、ここは異世界よ」
「そんな! じゃあ、俺はもう二度と日本に帰れないの?」
日本に特に未練はなかったが、それでも帰れないと思うと急に恋しさが湧き上がる。
「帰れるわよ。どうしても帰りたいなら今夜にも帰してあげるけど」
「帰してください」
即答する彼の反応に志乃はヤレヤレと軽く頭を振った。
「その前にあたしの話を聞きなさい。判断を下すのは状況を把握してからの方がいいと思うの」
(確かに短慮だった。それに志乃叔母さん、いや、志乃お祖母ちゃんは俺の肉親だし、これまでも面倒をみてくれたんだ。騙すようなことはしないだろう)
志乃の諭すような口調に、これまで叔母だと騙されていたことを忘れた伊織がうなずいた。
無言で首肯する彼に志乃は満足そうに微笑むと話を再開する。
「ここはターミナルと呼ばれる異世界で、地球をはじめとして幾つもの異世界に繋がる〝異界の門〟が無数にあるところよ」
「無数の異世界……? 異界の門?」
「あたしの会社はこのターミナルを拠点とし、異界の門を通じて幾つもの異世界と交易をしているの」
主要取り引き品目が魔力と魔力を使って作成された魔道具であること。
それらの品物を魔力が存在しない数多の世界へ輸出していることを話した。
「このターミナル呼ばれる異世界は、他の異世界への出入り口が幾つも存在しているってことですか?」
「数多の異世界……。異世界と交易……。幾つもある異世界を行き来しているってこと?」
志乃が語る世界に興味が芽生えた。
「早い話がそうね。知的生命体の存在しない異世界から、地球よりも高度な文明が発達した異世界まで多種多様な異世界と繋がっているのがこのターミナルなの」
芽生えた興味が急速に膨らむ。
これまでの十八年間、両親を事故で失うという大きな出来事はあったが、それ以外は平坦な人生を歩んできた。
何かに心躍らせるということもなかった。
志乃の語る世界にこれまで感じたことのない高揚感を覚える。
「俺がその後継者候補……?」
「あたしの血縁で残っているのはあなただけだからね。無理にとは言わないけど後を継いでくれると嬉しいと思っているわ」
「俺、平凡な高校生だよ。ってか、受験生でなんだけど」
「大学に行くよりも、あたしの跡継ぎ候補になったほうがいい目を見れるわよ」
「例えば?」
「後継者候補になれば魔法が使える」
「魔法?」
たった一つのワードが異世界ファンタジーものが大好きな伊織の琴線を震わせた。
本人も気付かず、伊織が身を乗りだす。
「あなたには魔法の素質がある。それも私の後継者として十分以上の素質よ」
魔法の素質があると言われて伊織の鼓動が速まった。
自身の心臓の音が彼の耳を打つ。
伊織が興奮しているのを見て取った志乃が、
「自分の魔法の素質を確認してみる?」
とささやく。
「どうやって?」
「自分のスキルを見たいと念じてご覧なさい」
伊織は言われるまま、自身のステータス、スキルを見たいと心のなかで願った。
「うわ! 出た!」
彼の眼前に文字と数字が浮かび上がった。
「土魔法、水魔法、火魔法、風魔法、光魔法に闇魔法……。空間魔法まである!」
そこには漫画やアニメで見知った魔法が並んでいた。
しかも、主人公クラスの魔法の数である。
「大切なのは空間魔法と呪縛魔法よ」
伊織が読み上げなかった魔法を志乃が口にした。
「なんだか怖そうな魔法だね」
「ダンジョン運営をするのに不可欠な魔法を二つとも持っている。それだけでも素質は十分なのよ。加えて、あなたには私を凌駕する魔力量がる」
伊織の視線が空間に表示されている一点に向けられた。
表示されている数値は『100,000,000』。
「1億って表示されている……」
「この界隈で最も魔力が多い私でも100万。魔力量は一般的には1万あれば優秀とされているわ」
そう告げた志乃の声はどこか震えていた。
志乃が知る限り、伊織はぶっちぎりで世界最大の魔力量の持ち主なのだがそのことは敢えて伏せた。
「叔母さん、志乃さんが素質があると言った意味がなんとなく分かったよ」
ただの文字と数値でしかない。
それでも目にした現実に伊織の心が大きく揺れ動いた。
「私の呼び方は、お祖母ちゃんでも、祖母ちゃんでも自由にしなさい」
そう言って志乃が再び説明を始める。
「長生きできる。しかも、百単位で若いままよ。本当は実年齢なんて口にしたくないけど、あたしはこう見えても七十歳なの」
二十代後半にしか見えない志乃が言った。
「あたしの後継者になれば、女性にもてるわよ。なんと言っても大企業の後継者、お金も権力も思いのままよ」
魅力的な誘いだ。
伊織の心の天秤が傾く。
「それで俺は祖母ちゃんの鞄持ちから始めればいいのかな?」
志乃は横に首を振る。
「とある異世界――、剣と魔法が支配する中世ヨーロッパ風の異世界に赴いて、そこでダンジョンを運営して欲しいの」
「ダンジョン運営?」
「平たく言うとダンジョンマスターね」
「何でまた?」
大企業の後継者候補がダンジョンマスターをする?
当然の疑問が口をついて出た。
「魔力を仕入れて欲しいのよ」
これから伊織を赴かせてようとしているのは魔法が存在する希少な異世界。
そこで魔力を調達して、それを魔力の存在しない他の異世界へ輸出するのためだと告げた。
「主要商品である魔力を仕入れるってことか」
「その魔力を集める手段がダンジョン。冒険者や魔物をダンジョンに誘き寄せて出来るだけそこで長期滞在、魔力の浪費をさそう。その魔力をダンジョンコアに貯めて、ある程度貯まったら出荷するの」
「ダンジョンとダンジョンコアのイメージが崩れるなあ」
「それが私の商売よ」
「数多の異世界をまたにかける貿易会社の後継者としてあなたを招きたい。地球なんてつまらない世界で何をするつもり? 地球で成功したところで未来なんて推して知るべしよ」
「魅力的だね」
伊織の心の天秤が大きく傾いていた。
それを見透かした志乃が甘い声でささやく。
「こっちの世界で、あたしの後継者という恵まれたポジションで力を振るってみない?」
異世界と魔法と言うだけでなく、未知の科学技術まで存在する数多の世界。
日本にいては知ることすらできない世界に伊織は大きな魅力を感じていた。
加えて、下積みをすっ飛ばして社長の後継者という好待遇である。
直ぐにでもOKの返事をしたいがそれでも不安がある。
「俺に務まるかな……」
「部下の中には野心家もいるから納得しない連中も出てくるでしょうし、後継者の地位を狙っている者もいるから妨害工作くらいしてくるかもね」
「怖いな」
「全員ぶちのめして、自分が後継者だと示してご覧なさい」
志乃の煽るようなもの言いに胸の高まりがさらに増す。
「優秀な秘書も付けるわ」
「秘書?」
伊織の女性の好みはリサーチ済みだった。
少なくとも見た目だけはドストライクの少女が彼の秘書候補である。
志乃が妖しく口元を綻ばせて言う。
「少し幼さの残る容貌ではあるけど北欧系の銀髪美少女よ」
「やります! 後継者候補として頑張らせてください!」
伊織の心の天秤が音を立てて振り切った。
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