22杯目 いざテーマパーク

「良い天気だなあ!」


 普段独り言はあまり言わない俺でも口にしてしまうほどの天候とテンション。


 よく伸びる絵の具で描いた水彩画のように鮮やかで透明感のある青空。来週から梅雨も本番で、こんな風に自由にでかけるのも難しくなるだろう。


 今日は6月6日、日曜日。俺の誕生日、そして夕映と伊月とデートする日だ。興奮と緊張でやや寝不足だけど、電車に乗って窓から陽の光を浴びていると体力も気力もソーラー発電される気になる。


『次は、倉針くらはり、倉針―』


 車内アナウンスが、俺の待ち合わせ場所を知らせる。改札を出て、真正面の自動販売機の横に立った。勢い勇んで9時半集合の20分前に着いたので、しばらく待つことになるだろう。


 家の近くから集合しても良かったものの、伊月が野暮用を終えてから直接ここに向かうということで、レーヴランドの最寄り駅であるここに集合になった。


 ううん、夕映に家の近くに集合して2人で行かないかって誘えば良かったかな……いや、でもさすがにそこまでは勇気が出ないな……。


「やっほ! 葦原、早いね!」

「ホントだ、私達待ってようと思ってたのに」


 2人が来たのは思ったより早く、集合の10分前だった。どうやら乗り換えの時にホームで会ったらしい。クッ、伊月ずるいぞ……!


「ふう、今日は暑いわね」


 そう言って、伊月はペットボトルのジンジャーエールを取り出してCMかと思うほど綺麗な姿勢で飲む。


 夕映も「ね、昼は暑くなりそう」と頷きながら手に持ったパインサワーのロング缶を飲んだ。ちょっと待って。


「え、坂隙さん、なんで?」

「だって350mlじゃ少ないじゃない。伊月ちゃんのジンジャーだって500mlよ?」

「分量の話じゃなくて」

 そんなピンポイントな質問しないでしょ。


「なんで朝からお酒飲んでるの?」

「そうそう、ワタシもさっき訊いたのよそれ」

「うん、伊月ちゃんにも聞かれた。休日だもの、みんなみたいに朝から飲みたいなって」

「朝から飲んでる20歳女子はそんなに多くない気がする」


 ツッコミに笑っている伊月が、「行きましょ」とパークの入り口に向かって歩き出した。


 夕映と伊月、2人で並び、乗りたいアトラクションについて話しているのを後ろから眺める。俺は本当に、女子2人とテーマパークに来たんだなあ。



 伊月は白い無地のTシャツに青いショートパンツ、上から腰下くらいまであるライトグレーのサマージャケット。黒い髪もぎゅっとまとめてバンスクリップで頭の後ろに留めている。水泳部らしいスポーティーさに、ジャケットでおでかけ感が出ていて素敵なコーディネートだ。Tシャツをびよんと伸ばしている胸と、泳ぎで鍛えた脚が眩しい。


 一方の夕映は白のブラウスに明るさを抑えたピンクのキャミワンピ。肩につくくらい伸びたダークブラウンの髪の上からストローハットを被っているのがオシャレだ。いや、多分今の俺は、彼女が何を着てもオシャレだ似合うと言うだろう。色恋の色眼鏡は盲目ではなく、見る相手を無限に輝かせる。その人に惹かれ寄せられ、今日の空みたいに心が澄んでいく。




「わっ、混んでるなあ!」


 チケット売り場の混雑を見て、伊月が驚いたような声をあげる。まだ開園して10年経たない、比較的新しいテーマパークだけど、電車でのアクセスが良いせいか、家族連れで賑わっていた。


「お次のお客様、どうぞ」

「はい。あ、あの、誕生日割で」

「ありがとうございます。生年月日が確認できるものをご提示いただけますか?」


 自分で誕生日割を申告するのは男子高生にとってはめちゃくちゃ恥ずかしいと思いつつ学生証を提示し、パスポートを3人分買って中に入った。


「久しぶりに来たわね。葦原君は?」

「ああ、俺も高校になってからは初めてかも」

「せっかく1日いられるんだし、楽しまないとね」


 夕映の声はいつものように落ち着いているけど、内心テンションが高いことはスキップするような足取りから伝わってくる。でもそれは俺も一緒。園内のマーチングバンドのようなBGMや、フランス語で夢を表す「レーヴ」の通り綺麗に彩られた建物、あちこちに飾られた花々に触れると、自然と童心に帰って顔も綻ぶ。今日は良い1日になりそうだ!



「じゃあまずはどれかスマートパス取ろう! 一番人気はスカイハイコースターだけど……葦原、どうする?」

 伊月に急に指名され、折り畳みの園内マップを渡される。


「え、伊月さん行き慣れてるっぽいから伊月さん決めていいよ?」

「今日は葦原の誕生日なんだから葦原が決めるに決まってるでしょ?」


 ちょっと怒っているような言い方でジョークにして、伊月が俺 を主役に立ててくれる。こういうさらりとした気遣いが男女ともに人気なんだろう。


「んっと……じゃあ2人とも絶叫系大丈夫ならスカイハイコースターにしようかな」


 二人とも大丈夫と頷いたので、入り口から南東方向にある一番人気の絶叫系ゾーンで、その中でも一番人気のアトラクションであるコースターのスマートパスを取った。3時間後に乗れることになった一方、乗るまでは他のパスは取れない。


 雨の心配もされていたからか、園内は休日にしては空いていたものの、やはり人気のアトラクションは家族とカップルが並んで70~80分待ちになっている。考えて動かないと、並ぶ時間だけでデートタイムが過ぎていくことになってしまうだろう。



「よし、じゃあそれまではどのアトラクションに並ぶかな」

「ちょっと待って葦原君」

 次に行くゾーンを決めようと園内マップを広げていると、夕映が肩を叩いた。


「何のためにテーマパークに来たの? お酒でしょ?」

「お酒じゃないでしょ?」

 目にジョークのトーンが一切ないのは何でなの。


「まぁそれは言い過ぎとしても、せっかく期間限定のキャンペーンだから参加したいわ」


 彼女が俺の見ているマップの裏面を軽快にパチンと指で弾く。ひっくり返してみると、そこには「アルコール解禁3周年記念! レインボーアルコールキャンペーン!」とポップなフォントで書かれていた。


「なになに、『園内7ヶ所にそれぞれ別の色のカクテルが売っています。買った場所で貰えるカラーチケットを全部集めるとレインボーグラスをプレゼント』へえ、面白そう!」


 伊月が読み上げた内容に、大袈裟なほど首を縦に振る夕映。期待を精一杯ごまかすように、唇がむにむにと動いている。


「で、一応聞きますけど、坂隙さんは何ヶ所行くつもりですか……?」

「7ヶ所行きたいわね! もちろん、今日は葦原君の誕生日だから決めていいけどね。7ヶ所行きたいわね」


 2回も繰り返したところに彼女の希望の強さが垣間見える。


 でもね、そんな風にハッピーな笑顔を見せられると、誕生日とか主役とかどうでもよくなって、君の願いが俺の一番の願いになるんだぜ。


「ってごめん、葦原君、冗談だから。あんまり気にしないでね」

「……坂隙さん、青いマリブサーフと、赤いジャックローズ、どっちがいい?」


 彼女はきょとんとした後、まだ咲くには少し早い、向日葵みたいな笑顔を見せた。


「マリブサーフ!」


 俺もつられて笑い、伊月も夕映に見えないアングルで、こっちに向かって指でオッケーマークを作る。


 こうして、すぐに乗れそうなアトラクションを探して乗りつつ、7つのお宝を探して園内を一周するカクテルデートが始まった。

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