第3話 青原 エリカに春が来た

 6月上旬、やっと梅雨が明けてまだ水溜まりが校庭に残っていた。

俺は、少し早く登校し教室の窓から外を眺めていた。


 すると、校門の辺りにいきなり人が増え、とある人を囲み始めた。よく見ると、囲みの中心にハーフの女子生徒がいた。




 お昼休み、俺は橋本と一緒に昼食をしに屋上に来ていた。梅雨の時期の屋上は、あまり人気がないため、二人のお気に入りの場所になっていた。

「春屋、俺トイレ行って来る」

と席を外した。


 橋本がトイレに行って数分後、誰かが屋上の扉を開けた。

今朝見たハーフの女子生徒だった。彼女は、フェンスに手をかけため息をついていた。

飛び降りられるといけないな…と思い、声をかけてみる事にした。

「何か、あったんですか?」

「君は…誰?」

「俺は、春屋菫。1年生。」

「私は青原あおはらエリカ。同じく1年。エリカって呼んでいいよ。」

エリカは明るい茶色のボブに、青みがかった瞳をしていた。

「エリカ、なんか悲しそうに見えたんだけど、何かあったの?よければ、話聞くけど?」

エリカは一瞬何か考えたポーズをしてから、再び口を開いた。

「そうね…私には昔から悩んでいることがあるの。長くなるかもしれないけど聞いてくれるかな………“春屋”くん?」





 私は昔から、『ハーフ』っていうだけで英語とかその他の外国語とか完璧だという偏見に苦しめられてきた。私は、生粋の日本生まれ日本育ち。外国には行った事がない。家では、日本語しか使われておらず、日常で英語に触れる機会がなかった。

 しかし、成長していけばしていくほど、英語は話せるよね?という目で見られ、逆に英語は話せないことを伝えると、ハーフなのに?と馬鹿にする人までいた。


そういう勝手な決めつけが一番嫌いだった。


そして中学に上がると、英語の授業が増えた。私は当然のように当てられる。その時間が一番嫌いだった。

嫌いだった理由はそれだけではない、ハーフなのに英語が話せない私をバカにしてくる男子生徒がいた。やがてそれは、いじめに発展していった。

私は、学校の先生にも両親にも言わなかった。この問題は、私の責任だと思っていたから。

高校に入ってもそのいじめの奴らはいて、日々何か嫌味を言ってきた。


まだ、ハーフだハーフだと顔目当てで寄って来る人の方がマシだった。


「…ってことがあって。」

「なるほど…君は“英語が話せないこと”が悩みってことか?」

「まあ…ね。話せるようになりたいって思いはあるのよ。」

「まずは、これまでのいじめを両親に話し、悩みを打ち明けてみるのはどうだろう」

というと、血相を変えて反論した。

「いじめは私のせいだから…!お母さん達には関係ない!」

「一生いじめを隠し通すつもりなのか?相談もされない親からすると悲しいと思うぞ?」

ううっと少し俯いた。


「それなら英語を話せる方の親から英語を習って、いじめた奴らを見返すってのはどう?」

いつの間にかトイレから戻った橋本が、聞き耳を立ててついに口を挟んできたのだった。

エリカも思わぬ人からの提案に驚いていた。

「確かに、身内に英語を教えてもらえる人がいるのは心強いな、どうだろう。」

と問いかける。

「そうよね、いつかは話さないといけないもんね。それが今日なのかもしれない…」

私、頑張ってみるね!背中を押してくれてありがとう!走って行った。

「俺、いらん事言ってないよなあ…」

少し不安げにチラッと見てきた。

「あの様子であれば大丈夫だ、きっと。明日会う時には何かしらの進展がある事だろう。」


翌日の登校中、目元を赤く腫らしたエリカに会った。

「あ…おはよう。」

「おはよう、あのね、昨日全部話したの。お父さんもお母さんも気づけなくてごめんねって泣いて謝ってたよ。あとね、お母さんから英語を習う事になったの。完璧に言えるようになるまで時間はかかると思うけど、話せるようになるまで頑張るんだ!」

彼女はニコッと整った顔で笑った。

「そうか……よかったな、頑張れよ!」

「うん、私に声をかけてくれてありがとう!」

と言って足早に俺の前を走っていった。


すぐにはいじめは解消されないかもしれないけど、彼女の直向ひたむきな姿を見れば、いじめはなくなるだろうなと感じた。

いつか君の前からいじめが完全になくなることを願っているよ

と、心の中で呟き、また歩き出した。

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